2006年01月28日

“芝居”に見えない涙

「単騎、千里を走る。」(中、日)
 寡黙、不器用、愚直。スクリーンの高倉健はいつも硬質だった。愛想笑いなどしない。人前で涙も流さない。感情をそのまま出さない。健さんが望んだのか分からないが、観客はそうした姿を求め続けてきた。

 さて本作。健さんが柔らかい。舞踊家に会うため中国の奥地を訪れる主人公。言葉が通じない。状況は遅々として進まない。いらだち、戸惑い、困り果てる。ありのままの感情表現。

 極めつけは涙。自分の思いを必死に伝えようとした時、抱えた思いがあふれ出す。ほおをゆっくりと伝う涙。感情そのままに流れ出る涙。そんな印象だ。驚いた。こんなに自然で柔らかな涙を見せるなんて。

 実は3度泣く。そのどれもが“芝居”に見えない。

 答えは環境にあった。共演者はみんな地元に住む素人。スタッフも中国人。日本語は話せない。健さんに聞くと、言葉は話せないが自分たちの気持ちを分かってほしいという必死さは伝わってきたという。心を開かせるまっすぐな思いがそこにあったという。「だから泣いたりしたくなかったのに、涙が出てきた」。

 日本のトップ俳優の意外な魅力。引き出したのは素朴な中国人。日本ではなぜ無理だったのか。少しさみしかった。

【松田秀彦】

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2006年01月21日

独特の声、せりふに引き込まれる

「博士の愛した数式」(日)
 なんか別の映画のタイトルのようだが、どうか耳をすませて見てほしい。これは寺尾聡のための、もっといえば、その声のための映画だ。

 思えば、あの低く抑制のきいた、穏やかな声を聞くと、つい鼻の奥がツーンとしてしまう。これまでに刻み込まれた記憶による条件反射も手伝って、急に切ない気持ちが高まってくる。「半落ち」の妻殺しの理由を語ろうとしない刑事。武芸の達人だが生き方は不器用な侍を演じた「雨あがる」。今や、哀愁ただよう男を演じさせたら右に出る者はいないが、そのポジションを支えているのは、あの独特の声だと思う。

 だからこそ、今回の「記憶が80分間しか続かない」博士役は、ハマリ役になった。せりふがとても美しいからだ。「見てごらん、この素晴らしい一続きの数字の連なりを」「友愛数は神の計らいを受けた、きずなで結ばれた数字なんだ」。数字が天敵の文系人間でも、その言葉の響きに思わず引き込まれてしまう。

 あたかも詩のようなせりふの数々は、小川洋子氏のベストセラー原作から忠実に抽出されたが、寺尾が口にすると、黙読しているときとはまるで違う世界が頭の中に広がるから不思議だ。まるで良質の朗読劇のようでもある。メガホンは「雨あがる」「阿弥陀堂だより」で組み、映画各賞を受賞した小泉堯史監督。納得の演出だ。

 原作と違うのは、数学教師になった家政婦の息子(吉岡秀隆)を語り手にしているところ。数学教師が博士に教わった数式を口にすると、どうしても数字アレルギーが出てきてしまう。寺尾の声をもっと聞いていたかった。

【近藤由美子】

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2006年01月14日

演技賞戦線に復帰パルトロウ

「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」(米)

 原題はシンプルに「proof」。それをわざわざ「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」とした邦題は(お節介な愚題と取る向きもあろうが)意外に深いタイトルかも。我が人生の証明…実は、どんな物語にも当てはまる。「仁義なき戦い」は抗争にしか生きる価値をみいだせない「プルーフ・オブ・マイ・暴力団ライフ」。「ドラえもん」は未来に夢をはせた現実逃避気味な「プルーフ・オブ・マイ・小学生ライフ」。つまり本作は、私たちの人生もまた小さなプルーフの連続なのだと、気づかせる物語だ。

 天才数学者の父の死をきっかけに引きこもってしまう女性。発見された世紀の証明は、父の遺作か彼女のものか。サスペンスの要素も入り交じった会話劇はスリリングで油断できない。

 この難役に挑戦したグウィネス・パルトロウ。「恋に落ちたシェイクスピア」のオテンバ娘も33歳。心の病におびえる不幸顔がハマっている。ベッドでの喜びとも苦悩ともつかない艶技は、相手役がEDになるのではと心配になるほど(失礼)。数学的でない矛盾だらけの真理を表現している、といえばいえる。でも、どこか辛気くさい。再生の物語なのに元気がわかない。逆説的だが、それゆえにウマい。月見草は月見草なりの生きざまがあるんだと納得させられるからだ。

 その演技は既にゴールデングローブ賞にノミネートされた。26歳でオスカーを手にしてから7年。最近、アート系映画への出演が目立っていたが、演技賞戦線に復帰した。深謀遠慮な「プルーフ・オブ・マイ・演技派ライフ」。やはり深い邦題だ。

【高田博之】

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2006年01月07日

2時間のリアルタイム人情喜劇

「THE有頂天ホテル」(日)

 魔法とか死者がよみがえるとか、何のひねりもない奇跡に頼る感動路線がブームだけれど、魔法で解決できれば奇跡でも何でもない。奇跡は、生身の人間の中にある。人とのちょっとした化学反応で、さえない自分が生まれ変わったり、色のない日常の風景が少しだけカラフルに見えたり…。ささやかでも、必死に生きる人間だけが引き寄せられるドラマこそが奇跡なのだ。そんな奇跡の使い手、三谷幸喜氏の3作目となる監督、脚本作品。

 ホテルという限られた空間でさまざまな人生が交錯する、映画「グランドホテル」(32年)形式。新年のカウントダウンを2時間後に控えた高級ホテルを舞台に、お人好しの副支配人、政治生命のピンチに立つ汚職国会議員、死にたがる演歌歌手らが、2時間にわたり「24」のようなリアルタイム人情喜劇を展開する。主な登場人物だけでも20人。それぞれのストーリーに張り巡らせた伏線が最後にあざやかにはまり、全員が「来た時とは違う自分」になって輝く。

 20人もいれば、おすすめキャラも、不要と思われるやり過ぎキャラもいるが、私にとっての珠玉はYOUが演じる売れない歌手、桜チェリー。浅田次郎氏のコメディー小説「プリズンホテル」にも売れない歌手のいい話があったけれど、ラストの彼女の歌を聴くだけでも映画館に足を運んでほしいくらいだ。フェアチャイルド時代の彼女も本当はこんな歌が歌いたかったのかな。YOUとチェリーに自分を重ねて、もうあの笑顔が切なすぎ。

 そして、全編通しての伊東四朗。設計図のようにち密な計算で笑わせる三谷ワールドにあって、顔だけで客席をノックアウト。こんな喜劇俳優の底力こそが、リアルな奇跡だ。

【梅田恵子】

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