2005年11月26日

光の温かさ感じる短編集

「大停電の夜に」(日)

 スクリーンを見ながら、屈辱的な記憶にスイッチが入ってしまった。昨年のイブは夜勤で、おやじデスクとコンビニのケーキをつついて終わった。今年も身辺に大きな変化はなく、手帳の12月24日は空白だ。我が身を振り返り、むしょうに人恋しくさせる。とっても罪な映画だ。その強力な魔法に対して、ついいじわるな気持ちになり、評価をからくしてしまった。

 魔法の正体はまず、光。無数のキャンドルの炎、地下鉄構内を照らす懐中電灯、エレベーターの非常灯…。どれも光輪のはしっこがほどよくにじみ、停電の暗やみにとけ込んでいく。光の温かさを確かに感じさせる。その1つ1つが、人が大切な人に寄せる思いを象徴している。

 そんな光の中で、10~70代の男女12人の思いが交錯する。昔の恋人への気持ちを断ち切れないバーのマスター、好き勝手に生き大切なものを失った元ヤクザ、長年連れ添った夫に対して秘密を抱える主婦…。それぞれが心の痛みと折り合いをつけ、1歩前に進もうとする。

 「東京タワー」の源孝志監督は、この空中分解しかねない設定を、無駄をそぎ落としながらも、スキのない丁寧な人物造形でまとめあげた。さながら、極上の短編集のようだ。

 複雑な思いも覚えたけれど、「いろいろあるけど、もう少し自分と相手を信じてみようよ」という励ましももらった。究極のクリスマス・デートムービー。今度は絶対、誰かを誘って見にいこう。きっと、素直にあったかい気持ちになれるはずだから。【近藤由美子】

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2005年11月19日

「ブス美人」と「ブス美男子」

「エリザベスタウン」(米)

 「絶世の美男子」オーランド・ブルーム(愛称オーリー)主演の後味グッドな青春佳作。カギを握るのは「ブス美人」だ。

 主人公を超ポジティブに励ます女の子を演じるキルスティン・ダンスト。「スパイダーマン」のヒロインといえばお分かりの人も多いかと思う。23歳なのにオバサン顔だし、少しエラ張ってるし、実は歯並びも悪いし、形は良いがペチャパイだし。「絶世のグラマー」ぞろいのハリウッドで引く手あまたなのはナゼか。

 カワユさがにじみ出るのだ。見ているだけで元気が出るのだ。(例は古いが)ランちゃんより、スーちゃん。河合その子より、新田恵利。クララより、ハイジ。ゴマキより、ゴマキの弟の元相棒(EE JUMP)ソニン。皆さん「絶世」ではないが、リアルに親しみやすいファニーフェイス。ダンスト嬢のキャスティングも「学校一の美女が学校一モテるわけじゃない」という、マーケティングの結果に基づいている(かもしれない)。

 仕事で天文学的失敗をした青年。追い討ちをかけるような父の死。遺体を引き取りに行った小さな美しい町で恋に落ちる。「ロード・オブ・ザ・リング」などコスプレ物でスターになった旬俳優の現代劇初主役。ジーンズをはいた等身大のオーリーに寄り添うのは、リアルな魅力のダンスト嬢以外に考えられない。

 極めつけは、彼女が彼に贈る癒やしの手製道路地図。ネタばれ警報のため詳しく書かないが、過去映画を見てきた中で最も心がこもった贈り物だった。おかげでオーリーが、リアルな「ブス美男子」に見えてくる。(例は古いが)トシちゃんよりヨッちゃん、モッくんよりフッくんという女子にも共感必至の展開は「学校一の美男子が学校一モテるわけじゃない」というマーケティングに基づいている(かもしれない)。【高田博之】

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2005年11月12日

組み立てられないたけしと武

「TAKESHIS’」(日)

 以前にたけしからこんなことを聞いた。「芸人として、笑ってもらおうとみんなに媚(こ)びているところもあるから、せめて映画ぐらい好きなようにさせてよって」。その言葉のままの映画といっていい。

 お笑いスターで、著名な映画監督という今の自分を主人公に据えた。自分で自分を撮る。これってスター監督だから成立する芸当。普通の映画監督にはできないし、やろうとも思わないだろう。

 冒頭、スターのイメージの再現が続く。尊大な態度をとるたけし。ドキュメンタリーのように感じる人もいるはずだ。そんなたけしが偶然、自分とそっくりな売れない芸人に出会う。あり得ない。ところが、流れもあって自然に入り込んでしまう。

 直後にたけしは、夢を見始める。ここからぶっ飛び始める。当たり前だ。だって夢なんだもん。唐突な出来事の連続。現実世界で付き合っている人たちが、立場や姿を変えて何度も出現する。理解不能な言動が繰り返される。

 事態は複雑化する。たけしが見ている夢のはずが、売れない芸人の武の現実世界の行動も合わせて見せられていく。たけしが武の生活を想像した映像にも見える。すると今度は、たけしにあこがれる武が見ている夢も登場。2人が見る奇想天外な夢の羅列。時間の流れも一切無視。ストーリーで映画を見る人は、つじつまが合わないといって、ここでギブアップするはずだ。

 まだメカニズムが解明されていない「夢」という難解なモノを使った、たけしの挑戦状だ。映画を見ながら、自分でもう1つの映画を組み立てる。パズル映画といってもいいが、組み立ての説明書はない。クライマックスで「感動」というカタルシスも与えてくれない。見終わった後「さあ、どうする」とニヤリと笑うたけしの顔が浮かんだ。【松田秀彦】

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2005年11月05日

CGで再現された“思い出”

「ALWAYS 三丁目の夕日」(日)

 「ニューシネマパラダイス」から「クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲」まで、ノスタルジーものの名作には共通点がある。スクリーンの子役の笑顔や泣き顔が何年経っても記憶に残っていること、そして、そんな子供を中心にベタないい話を照れずに描き切ること、である。今作もその1つ。エッジの効いた路線を狙っていく時代に、ベタのパワーに胸が温まる作品だ。

 昭和33年の東京の下町。みんながビンボーだったころの日本人の、あったかい人情話が丁寧につむいである。貧乏といっても、終戦直後のリアルなそれではなく必要なもの以外は何もないという意味。中途半端なブランド品をローンで買うような今の時代の貧しさを思えば、痛んでいるシュークリームを食べるかどうかで丸1日悩める家族の輪の方がよほど豊かに思える。

 告白も別れ話も業務連絡もメールという、無表情な現代とは明らかに違うニッポンのお話。過去の美化もはなはだしいファンタジーなのだけれど、生身同士の「ありがとう」や「ごめんなさい」が繰り出す豊かな表情は、紛れもなく懐かしい日本人のそれである。

 サンタなんて1度も来なかった少年が、安物のプレゼントに跳び上がる笑顔。集団就職の少女が列車から手を振る笑顔。カラの結婚指輪をもらって「きれい」と泣くマドンナの笑顔。一生懸命生きる人たちの笑顔がいい。子役が素晴らしいし、小雪も堤真一も、俳優は体温のある役をもらうとこんなに輝くのかと思う。

 オート3輪が現役で走り、茶の間にテレビが来て大騒ぎする昭和33年当時を私は知らないが、日本人ならDNAに刻まれた原風景。きっと誰の心にも響く。軍事やアクションなどに使われることの多いCGだが、思い出の再現という温かい表現も得意分野なのだと、再認識させられた。【梅田恵子】

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