2005年07月30日
カラオケのあの高揚感がよみがえる
「リンダ リンダ リンダ」(日)
【20代記者】ブルーハーツがブレークしていた80年代後半は中高生。「リンダリンダ」は、カラオケのラストソングの定番だった。みんなが知っていて、ライブみたいに盛り上がる。楽しい時間が途切れないよう、無意識にこの曲を選んでいたのかもしれない。文化祭ライブに向けて練習に取り組む姿を淡々と描く手法は、ドキュメンタリーのようでもある。そのせいか、カラオケで味わったあの妙な高揚感が生々しくよみがえってきた。
女子高生がジャズバンドに取り組む「スウィングガールズ」みたいな楽しいドラマでもなく、テンポの良さにも欠ける。だが、楽譜を食い入るように見つめて演奏するひた向きな姿にはうそがない。何かを信じながら、面白く過ごすことしか頭になかったあのころの自分が、スクリーンの片隅にたたずんでいそうな錯覚を覚えた。【近藤由美子】
超時代的「行間」にムズムズした
【30代記者】「行間」がある映画。ブルーハーツ風に言うなら「写真には写らない美しさがある」映画。青春の真ずいは行間だ。表現できない空気。もどかしく、じれったく、ムズムズする空気。落ちこぼれ女子高生バンドに韓国人留学生が加わることで化学反応が起きる。片言日本語のじれったさ。言葉じゃないコミュニケーションが「行間」をかもし出す。
大学生のころ、深夜のコンビニで立ち読みしながら有線放送のブルーハーツに聞き入った。バブル青春世代がかかえる「不満がない不満」。その甘ったれたムズムズ感を突かれてドキッとした。21世紀の少女の歌声が、美しいドブネズミでありたいと願った、かつての自分の息遣いに似ていなくもない。音楽だけでも小説だけでも伝えきれない超時代的行間。映画の魔力に没入し、久しぶりにムズムズした。【高田博之】
心の奥に眠る“あの歌”を思い出す
【40代記者】あなたも「リンダリンダ」を歌っていた時の自分を思い出すはずだ。韓国人留学生の「ヘタウマ」だけどささやかな喜びに満ちた歌声が、それぞれの心の奥に眠る、あの歌を呼び覚ます。
入社数年目。少しの自信と大きな不安を抱え、いろんなコトや感情をごまかしながら時間が猛烈な勢いですぎていた。街角で聞こえていたあの歌。斜に構える大人もどきの自分と、無意識にリズムをとる子供の自分。等分の同居に気づき、落ち着かなかった。
現実(または大人)と理想(子供)の間で揺れる高校時代。この女子高生も次々現実にぶつかる。でもその子供はまだ大きい。体が反応したからブルーハーツを選んだ。子供とはごまかさ(せ?)ないもの。等身大の演技がストレートに訴えてくる。やけくそで歌い、ごまかしていた自分に苦笑いした。【久保勇人】
2005年07月23日
柳楽優弥の“目ヂカラ”は無限
「星になった少年」(日)
「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭男優賞をとった柳楽優弥の1年ぶりの登場である。あらゆる意味で難問山積の題材なのだけれど、ひたむきに役に立ち向かった。えらい。
主役を食う「動物」との共演は俳優にとって1つの試練だが、柳楽はゾウと心を寄せ合っていい雰囲気(ゾウと一緒に海をながめるシーンがいい)。カンヌの審査員をとりこにした“目ヂカラ”は、涙を流すゾウさんのつぶらな瞳に負けていない。意思の強い瞳が「ゾウの楽園をつくる」という主人公の思いに合っている。2カ月間のタイでのロケでどんどん精かんになる柳楽を通し、15歳あたりの男の子にとっての2カ月の重みを実感。主人公がどんなスピードで人生を駆け抜けたのかがよく分かる。
母親の愛情を得られず、基本的に笑わない少年、というところは「誰も知らない」と似ている。“デリケートな少年の目”を演じるとやはり抜群の光を放つが、あの目ヂカラの可能性は無限なはず。次はもっと違う設定での彼を見たくなった。
そもそもこの映画、登場人物全員が笑わない。それぞれがのどに刺さった骨のように微妙な不幸を抱えていて、ゾウとのかかわりで癒やされていく動物セラピー。ひねくれ者の私は、必死に笑ってそれでも不幸で…、という古いイタリア映画のようなせつなさの方が好きなのだが、感動のツボは人それぞれ。
ゾウさんの映画ということで、ホール試写には親子連れが多かった。レッサーパンダと違い、表情の読みとりにくい巨大生物には子供の食いつきが悪い。(タイ編は字幕なので小さなお子さま連れは注意)。子供と大人には食い足りないが、そこは文科省推薦映画である。主人公と同世代の中高生たちなら、きっと何かを感じ取れるはずだ。
【梅田恵子】
2005年07月16日
ありがとう…これからもヨロシク!
「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」(米)
こんなに長い間私たちを楽しませ続けてくれた映画があったでしょうか。いつもどこかで「スター・ウォーズ」のことを思っていました。何だか、遠い昔の恋みたいに。思いはいつまでも褪(あ)せることなく、スクリーンにタイトルバックが現れ、音楽が流れただけで、あっという間にその時の気持ちに戻ることができるのです。
だから無条件に許せるんです。残り30分で「つじつま合わせ」とも思えるエピソードが怒濤(どとう)のように押し寄せる? 機械の下敷きになったオビ・ワン(ユアン・マクレガー)がいかにも人形? グリーバス将軍はほとんど機械なのに、気管支炎がリアルすぎる? そんなの全く問題ナシ! 物語に戻れることそのものが素晴らしいんです!!
「完結編」と言われたって、全然さみしくありません。これからも、ずっとずっと楽しませ続けてくれることが分かっているからです。「エピ3」を見たら旧3部作を見ずにはいられないし、それを見たらまた新3部作に戻ってしまう(愛が冷めそうだった「エピ1」はどうしようかと思いましたが…)。永遠に続くメビウスの帯、なのです。
あんなにも激情の人だったオビ・ワンがみせる、「エピ4」(78年公開)での優しい目と穏やかな表情。彼が送ってきた辛苦の年月を思わずにはいられず、アナキン(ヘイデン・クリステンセン)の思い詰めた目は、運命の残酷さを知った旧3部作でのルーク(マーク・ハミル)の目とシンクロします。「ありがとう」と「これからもヨロシク!」の意味を込めて、★10個でございます!!
【小林千穂】
2005年07月09日
オヤジは勇気づけられる
「フライ,ダディ,フライ」(日)
まず、この映画の効能から。(1)バスをやり過ごして歩きたくなる(2)高い木に登りたくなる(3)「燃えよドラゴン」を久しぶりに見たくなる(4)夏の暑さが快く感じるようになる(5)ジェットコースターに乗って風を切りたくなる(6)子供のころのように深く深く眠れるようになる。
娘をキズモノにされて黙ってられるか。ごくフツーのサラリーマンが、無敵の在日朝鮮人少年に鍛えられて、拳闘高校王者にタイマン勝負を挑む。「飛べ、オヤジ、飛べ」。赤面しちゃう青くさいメッセージが、心も体も汗をかくことが少なくなったオヤジ真っただ中の私(まだ38だけど)の背中をポンッと押してくれた。
これまた傑作な原作シリーズ(「レヴォリューションNO・3」)の中で、主人公の高校生が口にする箴(しん)言。「幸せとは欲望が停止し、苦痛が消滅する負の状態である」。まぁこのへんでと限界を決めてしまう。上司の言ってることは納得できないけれど、我を張れば先に進まないからな。負の状態であるけれど幸福な日常…。本作のナイスな登場人物たちは、それを認めない。ジャスト2時間のどこを切り取っても、楽しむ欲望に限界がない。「前向きな不幸せ」の金太郎アメ。
オヤジ役の堤真一がいい。原作のイメージより二枚目すぎるが、情けないオヤジっぷりにビシビシ共感。クライマックスの決闘シーンは「ロッキー」に(及ばないまでも)通じるカタルシス。岡田准一(同じく二枚目度過多)演じる在日少年との擬似親子関係だけはジメッとして気に入らないが、暑くてやってられない外回りを、映画館で涼むべく、ちょっとさぼって見るにはふさわしいカラッとしたオヤジ応援映画。勇気づけられるぞ。
【高田博之】
2005年07月02日
手作り感に満ちたローテクSF
「宇宙戦争」(米)
「SF超大作」だが、実は「偉大なローテク映画」と言えるのかもしれない。「未知との遭遇」「E.T.」「ジュラシック・パーク」など超ハイテクを駆使してきたスティーブン・スピルバーグ監督(57)。もちろん、今作にも最先端技術がふんだんに使われているのだが、あくまで「縁の下の力持ち」として利用しているだけ。スクリーンから迫ってくるのは、群衆パニックの圧倒的リアリティーとスケール感だ。
物語はいたってシンプル。異星人が地球侵略を開始し、平凡な男(トム・クルーズ)が子供2人を守るべくひたすら逃げまどう。ヘタな映画なら、どう見ても主人公の周辺だけが大変なことになっていて、地球規模でやばいとは思えない設定だ。
巨匠ならばCGを使えば難なく表現できるはずだが、映画史上最大級とされる2億ドル(約220億円)もの製作費を、あえて数千人のエキストラや巨大セットに投入した。異星人が旅客機を住宅地に墜落させるシーンでは、ボーイング747を購入し、バラバラに解体して炎上させた。こうしたこだわりが、群衆の恐怖感、血や汗のにおい、そして地球の危機を確かに伝え、息苦しいほどの緊張感を生み出している。
同時期に公開される「スター・ウォーズ エピソード3」(7月9日公開)が「ザッツCG」ならば、こちらは人肌のぬくもりや手作り感に満ちたSF。「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」などヒューマンドラマ系の名作も手掛けてきた巨匠が、金をかけなければできなかった超大作だと思う。公開前の試写会で財布の中身までチェックして守ろうとした、異星人の正体など数々の極秘事項は、ハリウッド慣れした目にはちょっと拍子抜け。この作品の本質からすれば、そんなことに期待させるべきじゃなかった。
【近藤由美子】