2005年05月28日
アウトローでも最後は“勝つ”
「ミリオンダラー・ベイビー」(米)
イーストウッド作品は圧倒的に男性ファンが多いけれど、分かる気もする。主人公は自分に課した高い理想のせいで「痛み」を抱えた者たち。痛みで身動きがとれないにもかかわらず、愛する者(または価値観)のためにさらに自分にムチを打つ。「こうせざるを得なかった」という悲しいアウトロー精神が、不器用な男心をしびれさせるのかもしれない。今作もそんな映画だ。
実の娘に絶縁された老トレーナー、フランキーと、家族の愛に恵まれない31歳の女性ボクサー、マギーの絆(きずな)を軸に「本当に生きるとはどういうことか」を描く。
前半は普通のスポ根快進撃で「なぜこれがアカデミー賞?」と不思議だったが、後半にガラリと内容が変わる。人間の愛情もダメさ加減もスクリーンからダダ漏れ。CGのない手作りの映像に、イーストウッドの体温が重なるように展開する。
イーストウッド作品らしく、主人公はアウトロー人生に自分なりの落とし前をつける。最後まで救いのないように見えて「自分を偽ることなく、生きたいように生きた」という意味で“勝ち”の余韻を残す。
「女は指導しない」というフランキーに「泣かない」「反論しない」を条件に入門を許されたマギーが、1度だけ約束を破って泣く。あの涙がこの映画のすべてだろう。パンフレットには「ラスト30分、涙を抑えられない」と書いてあるが、展開に見入ってしまってさっぱり泣けなかった自分に残念。師弟愛、親子愛、男女のラブストーリーなど受け取り方は人によってさまざま。私は「幸せになりましたとさ」で終わるおとぎ話と解釈したが、ドライすぎるだろうか。
【梅田恵子】
2005年05月21日
生きるってことはエロくて痛い
「クローサー」(米)
最近一部で話題を集めている小中学生向けのアブナイ啓発本「正しい保健体育」は、示唆に富む(しかも笑える)言葉てんこ盛りだ。著者みうらじゅん氏(ポップカルチャー界のコメント王)は序章でこう宣言している。「エロなことを考えたりすることこそ人間にとって本業です」。紫式部の昔から渡辺淳一氏の現代まで語り継がれる、ホモサピエンスの本質をエグる名言である。
本当にエロい映画だ。みうら氏が言う「本業」を、本作の男女2組の登場人物は涙ぐましくも実戦する。ぬれ場はない。オッパイもない。たすきがけ四角関係を、基本的にはトークだけで成立させた物語なのだが、男たちは女たちの浮気をこと細かに問いただす。「いつ、どこで、誰と、なぜ、どのようにやったんだ」。5W1Hの質問攻め。燃焼材は妄想なのだ。脳みそでエロいことを考えることこそがバイアグラなのだ。
思いやっているようでジコチューな男(ダメダメ君が似合うロウ)思慮深いようでだらしない女(赤面発言多数ロバーツ)正直者のようで計算高い男(秘めたる暴力性オーウェン)幼いようで一番したたかな女(清純派が何とストリッパー役ポートマン)。ふと気付く。4人の心の闇は、どこかが少しずつ自分と当てはまるじゃん。妄想しない人間はいないのだから。
それにしても、私たちは大切な人の心を理解しているのだろうか。ウソをついてはいないか。ウソをつかれてはいないか。この映画のラストで突然明かされる秘密に直面するにあたり、考え込んでしまう。少ない人生経験ではあるけれど実感している。生きるってことはエロくて痛い、と。それを愛する人と分かち合いたい。カミさんに問いただす勇気もないけれど。【高田博之】
2005年05月14日
自分を重ねてしまう青春実話
「プライド 栄光への絆」(米)
高校生スポーツものというと、弱小チームの優勝への軌跡とか挫折からの再生物語あたりを思い浮かべますが、これはレベル高いですよ~。米国の田舎町の高校アメフトチームとはいえ、テキサス州大会の優勝は当然狙うでしょ、みたいなところからスタートするんですから。開幕前に地元テレビ局にバンバン取材されるようなチームですから、もちろん「スクール・ウォーズ」のようにイソップも泣き虫先生も出てきません。
だからといって感情移入できないかというと、そうじゃないんです。親との確執、友達との付き合い、自分の将来、故障を抱えた体…。いつの間にか彼らのだれか、だれかのどこか1つに自分を重ねてしまうんだな。自分とは遠い世界を舞台にしている話ですが、心情的にはそんなに遠くない青春映画でした。
超個性派俳優ビリー・ボブ・ソーントンも見もの。寡黙で熱いコーチを演じてます。「君たちは完ぺきになるんだ!」なんて熱すぎるセリフもあるんですが、押しつけがましくありません。実生活で元妻の名前をタトゥーしたことなんてすっかり忘れるほど、静かな演技です。あまりにも静かで、過去の栄光にしがみつく飲んだくれオヤジの方が目立つくらいでしたもん。
ちなみにこれは実話ですが、それだけで過剰な感動を求めないようにしてください。ソーントンの演技そのもので、淡々としています。お涙ちょうだいの「実話ジャンル」からは1歩引いた感が、逆に実話っぽいのかもしれません。
【小林千穂】
2005年05月07日
“想定外”のスピンオフ企画
「交渉人 真下正義」(日)
正直言って“想定外”だった。ハル・ベリーのラジー賞(その年の最悪映画)受賞作「キャットウーマン」をはじめ、スピンオフ(サブキャラクターに焦点を当てた続編)企画は期待外れが多かった。「踊る大捜査線」の真下は、おっとりしたなごみキャラ。主役として作品が成立するのかと疑問視していたが、脱帽させられた。
真下が、妙に格好いいのだ。犯人が次々と仕掛けてくる謎を、どんどん解いていく。人の良さ丸出しは変わらないが、決して取り乱さず、的確に部下に指示を下していく冷静な態度。犯人との息詰まる攻防が続く途中で、デートの約束をした恋人に「必ず行くから待っててね」と電話をかける余裕ぶり。織田裕二の青島刑事のように「事件は現場で起きてるんだ!」と熱く叫ぶのもいいが、真下のように地味ながら堅実な言動の方が庶民には親近感がわく。あくまで脇役キャラなのだけれど「人生は一人ひとりが主役」というどこかで聞いた定型句を、しっくり胸に納めさせてくれるのだ。
大ヒットした米ドラマ「24」のように時系列順に進んでいくテンポの良い展開も、心地良い緊迫感を生み出し、見ていて疲れない。「踊る-」を見ていなくても問題はない。やはり、スピンオフ企画の第2弾「容疑者 室井慎次」(8月公開予定)も見なければと思わせる結末だけはもやもや感を残すが、これも考え方によっては「したたかな仕掛け」といえる。
【近藤由美子】