2005年04月30日
てっとり早く元気になれる
「ドッジボール」(米)
ドッジボールがこんなにおもしろい競技であると分かっただけでも、マイナー志向の私には掘り出し物だった。小学校でやったヤワな球技とは違い、世界規格(?)は6人ずつの対戦で6つのボールが飛び交うパワーゲーム。荒唐無稽(むけい)な魔球をぶつけられて顔面がゆがむマンガ的な展開が、つぶし合いの競技によくなじむ。よくある“ドシロウト大逆転モノ”だが、登場人物のイカれっぷりとマイナー競技のショーアップのうまさが奇妙な相乗効果を発揮して、これはこれで立派な人間賛歌になっているから笑ってしまう。
本当に米国でこんなドッジ世界大会が行われているのかは不明だが、専用スタジアムでは“戦場”を覆う強化ガラスのすぐ向こうで、観客が歓声を上げたりブーイングしたり。楽しそうで、マイナーのショボさはない。同国にはパラシュートを広げないと止まれない超高速スキーとか、動物のサーフィンとか、マイナースポーツばかり専門に放送する番組もある。どんな競技にも必ずファンがいて、選手も観客もメディアも楽しみ方を知っている。五輪でのメダル獲得数より、そんな国民性にこそスポーツ大国の成熟度が出ていて、うらやましい。
敵役の筋肉バカ、ホワイト役を演じるトップコメディアン、ベン・スティラーのドMぶりが素晴らしい。登場人物の中で唯一まともな存在である女子選手を演じるクリスティーン・テイラー(かわいい)は、実生活ではベンの奥さん。舞台裏のチームワークが伝わってくるようなノリだ。てっとり早く元気になりたい時は、ワンパターンだろうとこんなB級映画がいちばん。ボールをぶつけたい顔、顔、顔が浮かぶ!? 無性にドッジボールがしたくなった。
【梅田恵子】
2005年04月23日
キアヌだもん、笑うわけない
「コンスタンティン」(米)
救世主ネオを演じた「マトリックス」3部作で笑ったのは、たった1回(1作目、ぎこちない片ほお笑い)だったキアヌ・リーブス。これでもかとばかりに、さわやかなほほ笑みを見せてくれた「恋愛適齢期」ではサブキャラだったから、そろそろ笑顔のある主役キアヌが見たいな~、なんて思っていたんですが。
ネオから脱却したいと思ったんでしょう。「次のハマリ役」に選んだのが、このジョン・コンスタンティン。役柄はかなり…カブってます。笑顔なし、黒ずくめ、生まれながらに与えられた特別な役割。もう「キアヌだもん、笑うわけないよな」という刷り込みが完成しそうな作品です。
仮想現実と現実の戦いがどんどん哲学的になって、分かりにくくなっていった「マトリックス」よりは、天国と地獄に、天使と悪魔と、単純明快。あの世から人間に取り付く悪魔たちを、元の世界に帰す、要は悪魔払いのお話。悪魔払いものって、キリスト教に裏打ちされた世界観がないと入りにくそうな感じもしますが、大丈夫です。こ難しく語られてしまう作品ではなく、純粋に娯楽映画として見られます。
コンスタンティンのキャラも、崇高な感じだったネオよりは、親近感がわくかも。チェーンスモーカーで、飲んだくれで、言葉遣いも悪くて、多少は友達もいる。レイチェル・ワイズ演じる女性刑事も妙に生々しくて、血が通ってる感たっぷりです。
ただ、スタイリッシュな映像が売りのようですが、既視感にとらわれ続けてしまったことも確か。見たかったのは、キアヌの笑顔もだけど、新しさだよ! 続編もありそうなので、期待しましょう。
【小林千穂】
2005年04月16日
生死テーマでもすがすがしい…
「海を飛ぶ夢」(仏、スペイン)
なぜだろう。見終わって、ずっと疑問がつきまとっている。「尊厳死」と真正面から向き合い、生と死がテーマだが、重苦しさはない。決して肩のこる映画ではない。見終わった後には、すがすがしさ、温かささえ感じた。家族の死に直面した時、どんな状態でも生きているだけでいいからという思いを味わった人は多いはずだ。そんな家族の気持ちを置き去りにして死を選ぶなんてエゴじゃないかという思いもあるだけに、この物語を受け入れている自分が不思議だった。
たぶん、カギは時間なのだと思う。主人公のラモン・サンペドロは25歳の時、事故で四肢まひになる。26年間寝たきりの生活を送ってきて、尊厳死を決意する。「他人の助けに頼って生きるしか方法がないと、自然に覚えるんだ。涙を癒やす方法をね」と。
スペインの巨匠アレハンドロ・アメナーバル監督は、ラモンと家族や周囲の人々の日常生活を丹念に淡々とつむいでいくことに重きを置いた。兄、その妻(つまり義姉)、おい、父親、弁護士…。みんなラモンのことが大好きで、こまやかな愛情のやり取りがちりばめられている。26年間、家族らはラモンに無償の愛を注いだが、ラモンから与えられたものも少なくなかった。ラモンの最後の最大のわがままを受け入れた周りの人たちの胸には「長い間ありがとう」という言葉があったと思う。
非日常的な設定に頼ることなく、普遍的な人と人のつながりを描きだした佳作。米アカデミー賞外国語映画賞の受賞も納得だ。
【近藤由美子】
2005年04月09日
涙誘うビターな味付け大人系
「コーラス」(仏)
「フランスの8人に1人が泣いた」という宣伝コピーのまんま、恥ずかしながら導入部から泣いてしまった。
パブロフの犬状態。つまり条件反射ですな。ジャック・ペランの顔を見ただけで涙腺がゆるむ。それ誰や? 「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストで、検閲フィルムをつなぎ合わせたキスシーンを見てむせび泣いていた「トト少年成長後役」のオジサンだ。死ぬ前に見る最後の映画を1本挙げろと問われれば、私はこの感傷過剰イタリア産名画を迷わず選ぶ。
ことごとく、あの映画と符合するのだ。ノスタルジックなプロローグ。葬式で帰郷する成功した男。何十年ぶりの再会。恩師の遺品。少年時代の追憶。貧困。戦争の影。カワユイ子供を使って泣かせようという見え見えの魂胆。主人公の成長後を演じるジャック・ペラン…。のっけからパブロフ犬になるはずである。
片田舎の寄宿舎になかば「捨てられた」少年たちと、さえない音楽教師のココロの交流。駄目生徒を音楽で再生させる構図は「スクール・オブ・ロック」(未見の方はDVDで)と同じ。昨年のNO・1映画を選べと問われれば、私はこの米国産痛快感涙作を迷わず選ぶ。またまたパブロフの犬状態なのである。
3作を比べて面白いのはお国柄が出るところだ。ベタな熱血系イタリア産と、自己主張全開なオレさま系米国産に対し、フランス産の本作はビターな味付け大人系。敵役の少年は最後まで更生しないし、クライマックスもさりげなく奥ゆかしい。そこがまた、涙を誘うんだな。ウッ、思い出しただけで…。パブロフ犬映画がまた増えてしまった。ワン! ワン!
【高田博之】
2005年04月02日
レオ様、アイドルから演技派へ
「アビエイター」(米)
ホリエモンが絶賛した。「すげー! 感動した。ベンチャー魂も政府の規制に敢然と立ち向かうところも。こうやって道を切り開いていく人のエネルギーとはすごいものだ」(ライブドア堀江貴文社長の社長日記より)。
そりゃそうだ。主人公ハワード・ヒューズは実在の大富豪。父親の財産を引き継ぎ、テキサスからハリウッドに乗り込み、既得権益を守ろうとする大手に立ち向かい、大作映画を製作させて大ヒット。その後、飛行家リンドバーグの航空会社を買収。国際線市場を独占するパンナムを相手に真っ向勝負を挑む。まさに反逆の経営者。プロ野球界参入に失敗、放送業界進出に向け、現在必死のマネーゲームを展開中のホリエモンが興奮するのも納得だ。
だが2人には決定的な違いがある。ホリエモンにはソフトバンク孫正義社長を「錬金術がすごい」と尊敬する「金への執着」が漂う。映画で描かれるヒューズを見て感じるのは「夢実現への執着」だ。誰よりも速い飛行機に乗りたい。飛行家としての冒険心のあまり、命を失いかけても突っ走る。事実、大富豪でありながら、当時から庶民の圧倒的な支持を受ける人気者だった。
夢を何でも実現させる豪腕の半面、強迫神経症に悩む精神的な脆(もろ)さを併せ持っていた男を、ディカプリオが熱演している。アカデミー賞で、レイ・チャールズ役のジェイミー・フォックスと“ものまね対決”で敗れたが、繊細な心の持ち主の内面を、大げさなしぐさや表情に頼らず、丁寧に演じてみせた。
全財産を担保に入れても映画完成を目指す狂気をはらんだ目や眉間(みけん)に深く刻まれるしわ。強迫神経症のため全裸で部屋に閉じこもった時、全身から発するけん怠感。アイドルを脱して演技派を目指すレオ様のなりきりっぷりは、作品最大の見どころと言ってもいい。
【松田秀彦】