2004年11月27日
嫌われたくないから記事ねつ造
「ニュースの天才」(米)
スクープ連発の若手男前記者、米誌「ニュー・リパブリック」のスティーブン・グラス(ヘイデン・クリステンセン)の、記事ねつ造の理由は、実はこんなんだったのでは…。
僕をもっと愛して!
こんなストレートなセリフはありませんが、「怒ってる?」「聞いてくれてた?」「つまんない話なんだけどさ」と、相手の出方や顔色をうかがっているのは、周りの人間に嫌われたくない一心。スクープへのギラつきが見えないのは、そもそも「愛されたい」が一番大事だから。顔が見えない多くの人々から賞賛を受けるより、隣にいる人から「あなたってスゴイわね」という言葉をもらいたい感じ。
周りも、ねつ造記事を書く男だなんてちっとも思わない。年上の同僚女性をわざわざ呼び止めて「その口紅、似合ってるよ」と声を掛けたりする。客観的に見たらうっとうしい男だけど、この笑顔にダマされちゃったんだろうなあ。ちなみにこれ、実際にあった事件で、クリステンセンがあまりにもグラス本人に似ていて、気持ち悪がられたとか。
新編集長チャック(ピーター・サースガード)が記事の真偽を突き止めようとして、ねつ造がバレていく過程は痛々しいの一言。うそを塗り重ねて、その重ね方がどんどん雑になって、子供みたいに駄々こねて。「愛されたい」願望満載ですから、仲間の心が離れるのを恐れて憔悴(しょうすい)するグラスだけは本物っぽい。あ、こう思わせるのが彼の作戦かも。
ジャーナリズム何ぞや、と見るもよしだが、私は、人の心ほど怖いものはない、と再確認しました。
2004年11月20日
ハウルよりかかしのラストシーン
「ハウルの動く城」(日)
長年の宮崎アニメのファンから見ると「もののけ姫」あたりからヒーロー、ヒロインが輝いて見えなくなった。キャラクターよりも「反戦」「自然回帰」のテーマが主題になって、その壮大さにすべての登場人物がのみ込まれてしまった。興行収入308億円の日本記録を樹立した「千と千尋の神隠し」も、ヒロインの印象を聞かれると、思い出せなかったりする。
ちょうどNHK教育で、宮崎駿初監督アニメ「未来少年コナン」(78年)の再放送が始まった。核戦争後の地球で、自然児コナンが機械都市まで友達の女の子を奪還しにいくお話。窒息寸前の海底で真っ赤な顔をして奮闘するコナン、おどけて女の子を励ますコナン、がつがつ食べるコナン。記憶に刻まれたコナンが生き生きとそこにいる。コナンと一緒に走り、泳ぎながら、武力を競うことの愚かさや、土と暮らすことの尊さが自然に胸に落ちる。理屈じゃないのだ。
コナンから26年。物語の根底にあった宮崎アニメの不変のテーマはいつしか“主役”になり「ハウル」ではめいっぱいダイレクトになっている。街を救う名目で飛ぶ軍用機を見たハウルが「どっちだって同じだ。人殺しめ」。分かりやすく反戦、反戦とアジられているような気もする。
「ルパン3世 カリオストロの城」のラストは「連れて行って」と抱きつくクラリス姫を、ルパンが万感の思いを込めてあきらめる。大泥棒でも手に入れられないもの。何も言わないからこそすべてが伝わる、見る人に託した名場面。説明過多のハリウッド的豪華版より、古い欧州映画のようなこんなシーンの方が、いつまでも胸に残っていたりする。ハウルより、語らないかかしのラストシーンに心動かされた。
2004年11月13日
「?」からの大どんでん返し
「オールド・ボーイ」(韓)
「驚がくの大どんでん返し」。そんな表現すら生やさしい。ミスリードもヒントもタネも一切なし。予断すら許さない。「どんでん返し」すら、成立させない物語なのだ。
全く理由も分からないまま突然何者かに小部屋に監禁され、15年経つとまたも唐突に解放される。???…。主人公の無限のハテナマークが観客の頭にも、容赦なく刻み込まれていく。焦燥、絶望、痛み、怒り…。我々には非日常になった「復しゅう」がいやでも理解できる。
ラスト。衝撃の種類は十人十色だろう。だが度合いは同じはずだ。重要な小道具として使われているハンマーで、頭をかち割られたような気持ちになるに違いない。無数の「?」だった、登場人物のすべての言動、映像が突然意味を成し、パズルのようにピタリと収まっていく。異様な全体像が浮かび上がる。不条理から一転してたち現れる現実。その重さに、主人公とともにあえぐしかない。精密機械のようなシナリオに脱帽するしかない。
今年のカンヌ国際映画祭で審査委員長を務めたタランティーノ監督は「できればオールド・ボーイにもパルムドールを与えたかった」と話し、最高賞に次ぐグランプリを贈った。同監督にも「キル・ビル」という連作復しゅう劇があるが、その言葉は「完敗宣言」だったに違いない。
原作は土屋ガロン氏の同名漫画。なぜ日本で映画化されなかったのかというハテナマークも浮かんでくる。これに目をつけ、見事完成させた韓国映画界。あらためて底力を見せ付けられるとともに、悔しいような複雑な思いも残った。
2004年11月06日
史上最凶のホラー親父たけし
「血と骨」(日)
決して見習いたくない自己チュー親父の孤立人生を描いた怒とうの物語。観賞後、頭をよぎったのは「スター・ウォーズ」のダース・ベーダー親父だった。映画史上最凶の父親キャラといえば、銀河の平和を乱す黒覆面だと思っていた。しかし、認識をあらためなくてはならない。本作の主人公と比べれば、胸中に父性を秘めたダース・ベーダーがマイホームパパに思える。
1920年代に済州島から大阪に渡った金俊平。妻も子も愛人も友もかえりみず、強欲に貪欲に、財欲と肉欲のおもむくまま生きるさまを描く。
金俊平役のビートたけしが不気味だ。息子とのトークは「ひねりつぶしてやる」のみ(背筋ヒヤッ)。うじ虫うじゃうじゃ生肉を食らい(ゲェ~)、妻ですら犯し(京香迫真)、娘を自殺に追いやる(葬式にも乱入)…。夜中に突然現れて、こん棒で黙々と家を破壊する「13日の金曜日」ばりのホラー親父を、リアリティー全開の存在感で演じきる。クリスタルレークには実際にジェイソンなんていないと知っている観客に、金俊平は実際にいたんだなと思わせる説得力。たけしの「無表情な表情」が、実話ベースの大河ドラマに「血」と「骨」を与えている。
最後に本音を少し。硬のドン・コルレオーネ&星一徹から、軟の磯野波平&バカボンのパパまで、数ある父親像から逸脱した金俊平を、ちょっとだけうらやましく思うのは、自分を殺し気味のパパである筆者だけではあるまい。でも、真似しちゃいけないよ。哀しい末路が待ってるよ。