2004年10月30日

男のロマン詰まった娯楽の王道

「隠し剣 鬼の爪」(日)

 「もう、あなたを放さない。どこにも行かせないし、誰にも渡さない」。リアル度ゼロの甘いセリフを連発するヨン様が女性に浮世離れした夢をみせてくれるのが「冬のソナタ」なら、この「隠し剣 鬼の爪」はおじさま世代にとっての冬ソナ。「おそばにいてはいけませんか?」「それはだんな様のご命令ですか?」。はかなくも凛(りん)と咲くすみれ草のような女性に尽くされるストイックな剣豪に、ハードボイルド願望が重なる。男のロマンが詰まった夢の世界だ。

 藤沢周平原作。東北地方の貧しい剣豪、ひそかに想う女性、藩命による果たし合い…。「たそがれ清兵衛」と同じじゃないかという声もあるが、そこは“寅さんがまた女にフラれた”という話で「男はつらいよ」を48作も手掛けた山田洋次監督である。寅さんとは別の形で男のロマンを表現できるライフワークの場を藤沢ワールドに見つけ、娯楽映画の王道をいっている。

 パターンは同じでも、登場人物や相関関係が違えば、別の人間交差点がある。永瀬正敏演じる主人公・片桐が果たし合いの末に秘剣「鬼の爪」を抜くまでの怒り、殺気はこの作品独自のものだし、松たか子が演じる村娘・きえとの純愛や、人生をかけたラストの選択も心を打つ。

 ただ…。きえに託した「女はこうあってほしい」という男性の理想があまりに優等生的で、“控えめなすみれ草”願望についていけない。働き者でひたむきで、口答えせず、男の事情を察して笑顔で一芝居打つ聡明さも持っている。感情移入できる女性は、よほど自分に自信があるのだろう。男性向け冬ソナだと思えば納得できるが、スクリーンからダメ出しされた気分でヘコんでしまった。

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2004年10月23日

カーウァイ・マジックにあ然

「2046」(香港)

 今年のカンヌ映画祭が最も盛り上がったのは「2046」の上映日だったかもしれない。何しろフィルムが届いたのが、公式上映の2時間前。ウォン・カーウァイ監督がぎりぎりまで編集作業を続けたことが原因だったが、まさに「誰も知らない」状態。現地取材していて、カーウァイ監督の映像へのこだわりを実感させられたものだ。

 どんなに多くの女性と関係を持っても過去の傷を埋められない男の現実と、小説で描く理想の世界…。というと何か小難しく聞こえてしまうが、そこはカーウァイ・マジックである。

 例によって、まずは視覚的に見る者をグイグイと誘い込む。仕掛けの1つは、これでもかというほど登場する美女たち。チャン・ツィイーらアジアを代表する大物女優があでやかな衣装に身を包んで、幻惑してくる。その輝きと対極にある、トニー・レオンの心の闇。2つのコントラストを独特の色調でスタイリッシュに表現していく。

 かくて見る者は無意識のうちにマジックにからめとられ、得体の知れない“何か”をその心に植えつけられている。

 もう1つのマジックもあった。実はカンヌで披露されたものと今回公開されるものは、全く別の作品といえる。例えば公開版では木村拓哉の出演シーンが増え、ストーリーもより明確になった。カンヌ版をお蔵入りにし、追加撮影まで行って完成させたこだわりの一品。2つの作品を見た者は、ただただ、あ然とするしかなかった。

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2004年10月16日

解き明かされる30年前の謎、闇

「エクソシスト ビギニング」(米)

 思い返せば、30年前に公開された第1作「エクソシスト」は謎だらけでした。よくもまあ、ストーリーの基本になりそうなディティールを、謎のままほっとけたもんです。それも30年! モヤモヤしたまま30年をすごしたファンにとって、この「エクソシスト・ビギニング」は、待ってましたと叫びたいほどの作品でしょう。

 エクソシスト(悪魔払い)をするメリン神父って何者? からはじまり、神父は何でそんなことができる? なぜそんなに物憂げなの? 悪魔に取りつかれた少女リーガンの部屋に浮かぶ奇妙な像は何? などなど、ディレクターズカット版(00年)でも分からなかった疑問が一気に氷解です。タイトル通り「そもそもね…」という、お話なのですから。

 メリン神父の原点、つまり初めてのエクソシストをたどるのです。メリン神父が心の底にしまい込んだ傷、苦悩、信仰とは…などが丁寧に描写されているところが、オカルト映画を超えて評価された第1作に通じています。メリン神父の心の旅が中心ですが、ショッキングな映像も満載。ぐるりと回る首や浮き上がる体、ブリッジのまま歩く「スパイダーウオーク」が衝撃を与えた第1作に負けていません。ホラー映画に定石の、スタッフやキャストへの災難も話題の1つですが、これは、そんな〝チープな〟話題なんて必要ない仕上がり。

 最後に気になったことを1つ。ヒロインが、レニー・ハーリン監督の前妻(ジーナ・デイビス)に似ているんだな、大味な感じが。

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2004年10月09日

南米発、正しい青春映画

「モーターサイクル・ダイアリーズ」(英米合作)

 とことん正しい青春映画である。何が正しいかって「青年の行き当たりばったり」を斜に構えず真っすぐに描いている。「青年の理想主義」を恥ずかしがることなく正面から描いている。必要以上に刺激が多くなければ、人間を描けないハリウッド。その対極に位置する南米発の静かで熱い思索に満ちた物語だ。

 キューバ革命の指導者チェ・ゲバラ。彼が医大生時代に友人と2人でバイクで南米縦断の旅をした。そのてん末が語られる。ゲバラって誰? まず浮かぶのは、軍用ベレー帽をかぶったヒゲづらポートレートのプリントTシャツ。カストロの親友で、南米のどこかのジャングルでゲリラのリーダーとして捕まり殺された…。漠然とした知識はあったが、その仕事や思想は何ひとつ知らなかった。面倒なことを「ダサい」とみなす平和ニッポンで、理想自由主義者ゲバラの何たるかを語ることは一見、非現実的なことだ。

 実はそんな日本人でも、この映画を十分楽しめる。チェ・ゲバラがチェ・ゲバラになる前のお話だからだ。「できれば南米中の女を抱いてみたい」と思う、名もない23歳の青春ならば共感できる。

 舗装されていない真っすぐな道。アンデスの山深い国境。アマゾンのハンセン病寮養所。搾取されるインディオの顔に刻まれたしわ。行き当たりばったりの旅の途中で見て聞いて変わっていく青年に革命家の萌芽を見たとき、政治家のレトリックに導かれて戦争に「参加」した日本の危うさを思う。やはり、とことこん正しい青春映画だ。

 【高田博之】

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2004年10月02日

「何が大事?」考えてみて

「僕はラジオ」(米)

 「一番大事なことを思い浮かべて。それ以外はほっといてもいい」。

 シンプルな言葉ですが、実践するのは限りなく難しいと思いません? 欲張ってなのか、要領良くなのか、あれもこれも、そこそこ(ここポイント!)うまくやりたい、と思っちゃうんですよね。ほかをうっちゃってまで、大切にできるものって何だ、一番大事にしたいことって何だ、とハタ、と考えてしまいました。実践したのが、ここに出てくる人々。

 物語は、70年代半ば、地元高校のフットボールが一番の話題という米国南部の田舎町が舞台。知的障害を持った音楽好きの黒人青年“ラジオ”(キューバ・グッディングJr.)とフットボール部コーチのジョーンズ(エド・ハリス)ら、町の人々との交流が描かれています。

 フットボール部を手伝うことで、外の社会に目を向けたラジオの成長物語であるのと同時に、ラジオから「大事にしたいこと」を考えさせられた人たちの成長物語とも言えます。一番大事なことを忘れなかった人、立ち止まって考え思い出した人、なかなか気付かない人…。実話を元にしているだけに、小さなエピソードの1つ1つが、時にキラキラと輝いて見え、時に残酷さにたまらなく悲しくなったり。

 そしてそのまま、スクリーンのこっち側の私を立ち止まらせたのですよ、「何が大事?」というシンプルな質問を投げかけて。スクリーンをぼやかした涙は、もしかしたら、ちょっと立ち止まって考えてみて、というサインなのかも。

 【小林千穂】

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