2004年07月31日
宮沢りえの得意パターン
「父と暮せば」(日)
ここ数年、時代劇の宮沢りえしか見ていない。モスクワ国際映画祭主演女優賞を受賞した香港映画「遊園驚夢」、映画賞総ナメの「たそがれ清兵衛」、ドラマ「初蕾」(山本周五郎原作)。貴乃花との婚約破棄以降、演技派女優への足がかりをつかんだ「青春牡丹灯籠」は時代劇と幽霊役という“別世界”のダブルだったし、最近のお茶のCMも時代劇仕立て。すでに往年の名女優のような風格と演技力を備えた31歳。ビッグネームになりすぎてすっかり浮世離れしてしまった感のある彼女が今回演じたのも、終戦から3年後の世界だ。
原爆投下の広島で生き残った若い娘。彼女の得意のパターンだが、けなげでひたむきな女性を演じると本当にうまい。広島弁による父娘の会話はあたたかく「うち、生きてるのが申し訳のうてならん」と泣きじゃくる横顔に、生木を裂くような胸の痛みがにじむ。一方で、その美しさに圧倒されて、原爆のむごさが遠い昔のフィクションのように見えてしまい、そんな自分に落ち込んだ。スイカにふる塩の効果のように、美しさが「痛み」を際立たせてくれてもいるのだけれど。
海外を見ても、ソフィー・マルソーなど時代を先取りするスーパーアイドルとして突然トップに立った女優は、その時代が過ぎた時に必ず時代モノに転じて演技の幅を広げる。13世紀のイングランドを描いてアカデミー作品賞を受賞した「ブレイブハート」でヒロインを務めたりしながら、また“今を生きている役”に戻ってくる(別世界から戻れずにうつろな万引き事件を起こしているウィノナ・ライダーのような例もあるが)。そろそろ、今を生きる女を演じる宮沢りえを見てみたい。
【梅田恵子】
2004年07月24日
ただのヒーローものじゃない!
「キング・アーサー」(米)
英国のアーサー王伝説。ディズニーのアニメ映画「王様の剣」で岩に刺さった剣を抜く少年を覚えているぐらいの知識しかなかったが、この映画を見て欧州で最も有名な伝説のとりこになった。もっと知りたくなった。主人公アーサーだけの物語なら、ただのヒーローもの。カリスマを支える6人の「円卓の騎士」たちがあまりにも魅力的に描かれているから、多彩な人間模様に引き込まれる。日本でいえば、忠臣蔵や真田十勇士といったところだ。
名誉や理想のために命を賭ける-。そんな高尚な騎士道精神など、ここに登場する騎士には感じられない。少年時代に強制徴用され、支配下のブリテンに赴任したローマ帝国軍司令官アーサーのもとで故郷に帰る日を夢見て、ひたすら戦う。
15年間の兵役を生き延び、やっと自由を手に入れるが、放棄してしまう。理屈じゃなかった。単純に男として男にほれたからだ。そしてほれた男のために死んでいく。大物俳優はいないが、等身大の人間像が、決して絵空ごとの世界に終わらせていない。英雄、伝説の裏面には必ず、実直な人間たちの犠牲があることを教えてくれる。
アーサーは5世紀ごろの人物とされるが、詳細は不明。現在知られている魔法使いマーリンや宝剣エクスカリバー、聖杯などをまじえた壮大な物語は、伝承や後世の作家がつくり上げたものだ。それでも、この実直な男たちが、その存在を確かに思わせてくれる。
【近藤由美子】
2004年07月17日
冴えない日常でもシアワセはある
「アメリカン・スプレンダー」(米)
地味に静かに誰にも知られず公開されて、一部のインディーズマニアだけが楽しんで、いつの間にか次のロードショーに代わられている。そんな小品だ。内省的クモ男も、思春期の魔法使いも出てこない。38度線を挟んだアッチッチ戦争ドラマもない。夏休み的娯楽大作もいいけれど、寄り道気分で見て欲しい。あなたがヒト科の生き物ならば、暖かい気持ちになれることを約束しよう。
主人公はハービー・ピーカー。しかっめ面で猫背でダミ声で薄毛の男。病院の書類係をしながら、自分の日常を原作にしたコミック「アメリカン・スプレンダー」で米アングラ界の旗手になった実在の人物だ。ピーカーと妻と同僚たちの20年。彼らを演じる俳優と本人、コミックのイラストや過去の映像が交わる斬新な構成だ。
描かれるのは冴えない日常日常日常日常日常日常日常日常…。鏡を見ては「俺はもてない」と思う。レジで店員に抗議する婦人に「早くしろ! ババア」と思う。飛行場で荷物を待ちながら「何で俺だけ遅いんだ」と思う。愛する妻がそばにいれば「一緒にいるっていいな」と思う。筆者も毎日、善かれあしかれ同じことを思っている。
かつて、おフランスのハイソな哲学者は「我思う。ゆえに我あり」なんてお言葉を残したが、ハイソとは言えない私たちの生活も、局面局面で「我思う。ゆえに我つつましく生きている」。そんな地道で複雑なシアワセがリアルに迫ってくる。
【高田博之】
2004年07月10日
とにかく楽しむ!青春時代
「69 sixtynine」(日)
主人公の股間ボ○キシーンで映画は始まる。同級生たちに、あたかも体験話のように自分の妄想を話して聞かせる。つまらない現実より、楽しい想像の方がよほどいいと開き直る。バカ話で盛り上がり、ハチャメチャやって何が悪い。そんな「青春時代の特権」が、全編に流れている作品だ。
1969年。ベトナム戦争は泥沼化。世界中で若者が「ラブ&ピース」と訴えた。国内も、大学闘争の象徴東大安田講堂の攻防戦が激化した。闘う相手を失った現代に比べ、ハードな若者像が色濃い時代だった。村上龍氏の原作小説は、そんな先入観をユーモアを交えて軽やかに飛び越えた。自分をモデルにした主人公に叫ばせる。「人生は楽しんだ者勝ちだあ!」。
あこがれの子の気を引くために校舎をバリケード封鎖。校長室に大便をまき散らし、夜中に女子更衣室に侵入。教師を逆なでするフェスティバルも実行。大人から見ればバカだと思えることが平気にできる。とにかく、今を楽しみたい。女子の前でいいところを見せたい。友情を確かめたい。わき目も振らず、ひたすら突っ走る。恥ずかしくなるエピソードの連続かも知れないが、いつの間にか高校時代の仲間に会いたくなる懐かしさを感じた。「69年」「自分の青春」「今」。時代を超え、あっという間に3点がつながった。
青春は、文字通り人生の中で春に例えられる。映画を見終わると、散ることを知りながら、満開に咲いてみせる桜の花のように、潔い時間だから、そう呼ぶのかなと思った。
【松田秀彦】
2004年07月03日
不器用なケビンにドキドキしっぱなし
「ワイルド・レンジ 最後の銃撃」(米)
復活バンザイ! ハチャメチャすぎた「ウォーターワールド」以来、薄毛にしか目がいかなくなってしまっていたケビン・コスナー。今回の監督作品も期待していなかったんです。でも思いっきり裏切られました。あの女心を見事にくすぐってくるケビンが帰ってきたんです。
カウボーイのチャーリーを演じるケビンは、無口で不器用で優しくて、自分を許せない過去も背負っていて、悲劇のヒーロー然としたところも、正義の味方ぶるところもない。ポーカーの札をのぞき見た仲間を、1日経って馬から蹴落とす(マジ蹴り)という、ちょっとウジウジしたところもあったりするんです。
もう1人の主人公は、ロバート・デュバル演じる、ボスと呼ばれる牛追いのリーダー。ケビンがまた彼を立てる。「あれこそが本当のカウボーイ。ああはなれない」と。かっこいいところを全部持っていこう、という欲がみじんもありません。「オレがオレが」がないだけに、こちらもつい感情移入しちゃうんです。
悪徳牧場主一味に狙われ、けがを負った仲間を手当てした医者の姉スー(アネット・ベニング)に好意を抱いても、この感情って何? どうしたらいいの? ってな感じです。デュバルに促され、やっとあいさつするケビン。なんと不器用なことか。もどかしくなるくらいです。
こんな調子だから、物語が静かに静かに進むのと反比例するように、こちらはドキドキしっぱなし。そして、クライマックスの20分以上に及ぶ銃撃戦で、ドキドキは苦しいほどになる。だって、こんなケビンに、ホントに幸せになってほしかったから。
【小林千穂】