2003年11月28日

CG離れ…車200台クラッシュさせ撮影

「バッドボーイズ2バッド」(米)

 見どころは冒頭のカーチェイスシーンだ。マイアミ市警の刑事コンビ、マーカス(マーティン・ローレンス)とマイク(ウィル・スミス)がマイアミ市内のハイウエーで、麻薬取引組織と壮絶なカーチェイスを繰り広げる。フェラーリに乗った2人は、逃げる車両運搬車から次々と投げ落とされる車を間一髪でかわしながら猛スピードで追跡していく。銃弾が飛び交い、車の窓ガラスは粉々になって辺り一面に飛び散る。まるでジェットコースターに乗っているかのようなスピード感とスリルが味わえる。

 「高速で衝突するシーンの迫力は、高速で衝突して撮影すればいい」というマイケル・ベイ監督の発想から、マイアミのハイウエーを4日間封鎖して撮影された。3台の車にカメラを積み、実際に200台以上の車をクラッシュさせたという。カーチェイスシーンといえばCG(コンピューター・グラフィックス)を使うのが常識だったが、今回はあえて原始的な方法を追求した。製作費100億円がこの方法を可能にした。

 ジャッキー・チェンの生身アクションが人気を呼ぶなど、このところハリウッドはCG離れが少しずつ進行している。コンピュターがつくり出した仮想現実に観客が慣れ、飽き始めているのだろうか。今回のカーチェイスは確かにリアルだったが、2人の刑事の掛け合いがもう少しリアルだったら、と惜しまれる。

 【大越慈】

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2003年11月21日

舞台は電話ボックスだけ

「フォ-ン・ブース」(米)

 ガラス張りの衆人環視の電話ボックス。だが、外に音は聞こえず、中にいる人間が電話で脅されていたとしても誰も分からない。この「開放された密室」は、サスペンスの絶好の舞台だった。

 鳴り響く公衆電話のベルに思わず受話器を取ってしまったために発信者に脅され、生死のはざまに追いやられる男が主人公。映画を見ている人は「早く電話を切ればいいじゃん」と思うかもしれない。だが、声の主は電話を切らせない事実を男に次々と突きつけてくる。妻のこと、狙っている女性のこと、声の主は男のすべてを知っている。

 主人公スチュを演じるコリン・ファレル(27)のひとり芝居のような映画だ。登場する舞台は電話ボックスだけ。ボックスの内外の動きと電話の会話だけでストーリーが展開していく。ストーリーを書けばそれだけの映画なのだが、ファレルの演技力にいつの間にか引き込まれ、観客もスチュと一緒に声の主に操られているような錯覚に陥る。上映時間の81分間、スクリーンから目が離せなかった。しばらくは、会社の机にある電話に出たくない。

 【近藤由美子】

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2003年11月14日

八千草薫の清純さが“阿修羅”を際立たす

「阿修羅のごとく」(日)

 誰だって、人に言えない本音や秘密を持っています。それでも何食わぬ顔をして生活しなければならない時もあります。「阿修羅のごとく」は、そんな人間の心にスポットを当てた作品です。

 「阿修羅」とは、古代インドの神のこと。表面的には、仁義礼智信を掲げながら、実は闘争を好み、猜疑心(さいぎしん)が強いという悪神です。少しきつい言葉ですが、どんな人間にも潜んでいるダークサイドではないでしょうか。

 堅物で年老いた父に愛人がいた。意外な事実を知った4人姉妹の視点で話は進んでいきます。

 今どきのドラマや映画ですと、夫に愛人がいると知ったら、妻は離婚届をたたき付けるか、自分もさっさと愛人をつくり、仮面夫婦を演じ続けるという展開になりそうなものです。ところが、この映画の舞台となった79年ごろは、そんな急展開する夫婦はまだ珍しかったはずです。

 4人姉妹は母に知られまいとすったもんだする。何も知らずに、今まで通り父に尽くし続ける母。このままでいいのでは、と思いかけた時、娘たちは実は母が事実を把握していたことを知ります。ほほえみの裏にあった強い嫉妬(しっと)心を知った娘たちは、母はやさしくて強かったが、やはり「女」だったことを知り、安心した笑顔を見せながら、そして涙します。

 母を演じた八千草薫の清純で包容力あるというイメージと、阿修羅という言葉の持つ響きは一見、違和感を覚えるかも知れません。映画の中でも、きつい言葉は一切言わず、最後までほほえみを絶やしません。ところがこれが逆に、人間は阿修羅な部分を持っているという事実をさらに強調することにうまくつながっていました。やはり女優はイメージも大切なんですね。

 【松田秀彦】

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2003年11月07日

キアヌだけでなく女性陣もカッコいい!

「マトリックス・レボリューションズ」(米)

 「どんな偶然にも原因がある」とか何とか、ユングの独り言のような禅問答的世界観で世界のマニアをわしづかみにしたシリーズの完結編。「神」によってプログラムされているこの世界から、自由意志の現実世界を取り戻そうと時空をまたいで戦う主人公ネオ(キアヌ・リーブス)たちの反乱が、怒とうの結末へ向かっていく。

 設定を理解しようと字幕をにらんでいたが、途中からどうでもよくなった。爆笑スケールのアクションと視覚効果に圧倒され「無の境地」で楽しめる。パワーアップしたスミス(ヒューゴ・ウィービング)とネオの決闘なんて、まるでドラゴンボールの天下一武道会。これに「甲殻機動隊」や「風の谷のナウシカ」の要素も入れて3億ドル(約330億円)で映像化したらこうなる、という見本のよう。迫力映像でねじ伏せるような終わり方は不完全燃焼で、いつもの「正義は負けない」式のハリウッド的発想も暑苦しいが、それぞれの人間関係の行方は感動的で泣ける。

 うれしいのは、女性たちが勇敢で有能でカッコいいこと。主人公ネオも含め、土壇場で決断に迷う男たちとは対照的に、肝が据わっている。抜群の操縦術で巨船をぶっ飛ばす女船長や、バケモノだらけの空間で少年兵を援護する一般市民の女…。そりゃあ失敗もするけれど、監督のウォシャウスキー兄弟が描く女性たちはいずれもそう明で、冷静でしぶとい。切り株につまづいて追っ手に捕らえられ「私のことはいいから逃げて」なーんて、時代劇的足手まといな女の描き方にはうんざりという人は、必見です。

 【梅田恵子】

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