2007年07月24日
必見!ムーア監督「シッコ」で医療保険告発
あのアポなし突撃取材で有名なマイケル・ムーア監督が、ブッシュ政権を批判した前作「華氏911」から3年ぶりとなる新作「シッコ」で、今度は米国の医療保険制度に鋭いメスを入れています。
「シッコ(Sicko)」とは、スラングで「病気」という意味のほか、「いかれた」という意味もあります。つまりこのタイトルには、いかれた制度を守ろとするいかれた人たちを皮肉る意味合いもあるのです。
米国は国民健康保険がない、唯一の先進国。あくまで自己責任で民間の保険に個人で加入しなければならない。そのため、個人では高額の保険料を支払えなかったり、保険料の高騰で企業も負担できなくなるというのが現状で、国民の15%以上、実に5000万人が保険未加入と言われています。
しかし、この作品はそんな保険未加入者問題を暴く映画ではなく、年間数十万円もする高額な保険に加入しているにも関わらず、いざ病気になっても保険が使えない中産階級層に焦点を当てた作品です。
入っているから安心と思っていたのに、病気や怪我をしても治療費を支払ってもらえない。保険適用の除外が多すぎて、結局は保険に入っていても高額な医療費は自己負担という現実が明るみに出されています。治療を拒否され死に至るケースや高額治療費が原因で破産するケースなど、一般庶民に起こっているトラブルが暴かれています。事故で指2本を失った男性は、1本の指を接合するのにいくら、もう1本はいくらと提示され、医師から「どちらか1本の指を選んでください」と選択を迫られました。夫婦で病にかかり、医療費を支払えずに家を売り、娘夫婦の家に厄介になる老夫婦。病院が治療費を支払えない患者を、うば捨て山のように捨てる。ドナーが見つかったのに、移植手術を受けられずに亡くなる。そんな恐ろしい現実を次々と突きつけられ、まるでホラー映画を見ているような恐ろしい気分になってきます。
涙なしでは見ることができなかったのは、9・11テロのヒーローとなった元消防隊員や救助に参加した人々が、大量の粉塵を吸い込み、呼吸器疾患を患ったにも関わらず、充分な治療が受けられずに苦しんでいる現実。ムーア監督は、テロリストが無料で高額医療を受けているキューバにある米軍施設で、治療を受けさせるために彼らを連れてキューバに渡る。当然ながら、そこで治療を受けることはできなかったが、一行はキューバに上陸して、そこで意外な現実を目のあたりにする。米国では保険会社が使用を認めず、自己負担を強いられてきた1本125ドルの薬が、キューバではただ同然で購入できることに驚愕する。さらに、外国人であっても、キューバ人と同様の医療を無料で受けることができ、彼らは涙を流して喜び、感謝する。
なぜそんなことが起こるのか。それは、医療費抑制を目的に保険会社が医師を雇い、治療法や投薬など全てを管理するHMOというプログラムがあるから。つまり、保険会社に治療法の選択権があるため、患者が望む治療や検査を受けることが出来ないというケースが増えているのです。さらに、持病や過去の病歴などを理由に保険加入を拒否される人も多く、決められた病院以外で治療を受けることはできないことから、救急車で搬送されても治療を拒否され死に至るケースまであります。
「華氏911」を発表した3年前、ムーア監督にインタビューする機会がありました。その時、「日本には国民健康保険という素晴らしいものがあるのに、アメリカを真似てばかりいるとロクなことにならない。アメリカには病気になっても治療が受けられない人がたくさんいるんだから」と語っていたことを思い出しました。そして今回、この作品を見て初めて、ムーア監督が言ったことの本当の意味がようやく理解できました。
日本でも国民健康保険制度の見直しや、アメリカのような医療制度の導入を求める声も出ていると聞く。でも、この映画を見たら、絶対に反対することでしょう。人間の命が、まるで物のように扱われる。お金がない人は治療は受けられず、死ぬしかない。儲けるのは保険会社だけ。誰がこんな怖ろしい国に住みたいと思うのでしょう? 日本は、アメリカの真似なんてしている場合じゃない。日本の保険制度を守っていかないといけいないと、本気で思います。
今回もトレードマークの突撃取材は健在。キューバでは、船の上から拡声器でグアンタナモ米軍基地に向かって、「ここに9・11のヒーローがいます。病気になり、医療費に苦しんでいます。収容者が受けている高度な医療を彼らにも受けさせてあげて下さい」と叫ぶ。キューバだけではなく、お隣カナダ、フランス、イギリスにも出向き、丹念に医療保険制度を取材しています。
しかし、前作に比べて政治色が薄く、若者よりも年配の客層が目立つとの指摘も多い。さらに、前作同様に、「誇張が多い」との批判的な意見も目立っています。
それでも、この作品の影響で今や、テレビでは医療問題に関する論争が日増しに強まっています。米CNNテレビでは、医療担当記者による「シッコ」の検証レポートが放送され、それに反論したムーア監督とトーク番組「ラリー・キング・ライブ」でバトルも繰り広げられました。
来年の大統領選でも、医療問題は大きな論争の鍵となりつつあります。特に、クリントン政権時代に、ヒラリー・クリントンが国民健康保険制度を作ろうとしていたことに触れているだけに、多くの観客が彼女が大統領になってくれたら医療制度が変わるかもしれないと思ったことでしょう。
打倒ブッシュには失敗したムーア監督ですが、この作品で米国に国民健康保険を作ることができるか。来年の大統領選まで、まだまだこの人から目が放せません。【千歳香奈子】
(このコラムの更新は毎週火曜日です)
July 24, 2007 09:38 AM
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