2007年02月13日

スミスの「パーフェクト・ストーム」な人生

 「PLAYBOY」誌のモデルで一世を風びしたアンナ・ニコル・スミスの突然の死は、大きな衝撃となっています。フロリダ州のホテルで意識不明の状態で発見されたスミスの死因を巡って連日、テレビ局各社は激しい報道合戦を繰り広げています。解剖後も死因は不明で、「窒息死」や「自然死」「薬物使用によるもの」など、様々な説がささやかれています。

 ストリッパーから人気モデルとなり、89歳の億万長者と結婚、その石油王が残した1900億円の遺産をめぐる泥沼裁判、長女出産直後に息子が不審死、100キロを越える激太りと、その波乱万丈な人生は、まるで映画のよう。死後も、生後5カ月の娘の父親をめぐって、3人の男性が裁判で争うなど、マスコミがネタにこと欠くことはありません。早くもハリウッドが自伝映画制作に乗り出し、「パーフェクト・ストーム(100年に1度と言われる伝説の大嵐)」のような人生だったと米マスコミが論じる、スミスの半生とは…。

 1967年にテキサス州ヒューストンで生まれる。幼い頃に父親は家族を捨てて蒸発。母親と叔母に育てられたスミスの夢は「第2のマリリン・モンローになること」だった。高校中退後、17歳の時にウエートレスとして働いていたレストランのコック(16)と結婚。翌年、長男ダニエル君を出産するが、わずか2年で離婚。幼い子供を抱え、スーパーやレストランで働いたものの、結局はストリッパーに転落。そして23歳の時に客としてお店を訪れた石油王のハワード・マーシャル氏と知り合い、交際が始まる。2年後の94年に89歳の同氏と結婚したが、わずか14ヶ月後に亡くなり、1900億円の遺産を相続することに。年の差63歳の結婚は当初から、「莫大な遺産目当て」とバッシングを受けていました。そして同氏の死後は、遺産をめぐって、息子ら遺族と法廷で争うこととなり、今だにその泥沼裁判は決着がついていません。

 PLAYBOY誌の創設者ヒュー・ヘフナー氏の目にとまったスミスは、92年3月に同誌の表紙を飾ってモデルデビュー。グラマラスなボディー、ブロンドの髪、白のドレスがトレードマークだったスミスは、すぐに「モンロー再来」としてマスコミから注目を集めることに。翌年には「プレイメイト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、ゲス・ジーンズのモデルに抜擢されるなど、モデルとして一世を風びする。

 しかし、私生活はいつもスキャンダルまみれだった。遺産をめぐる裁判の決着がつかない中、昨年9月7日にバハマで長女ダニエルリンちゃんを出産。父親の名前は非公表だったため、その存在をめぐって様々な憶測が流れる。さらに4日後にお見舞いに訪れていた息子ダニエル君が、スミスが寝ている間に病室で死亡しているのが発見される。司法解剖の結果、3種類の薬物が発見され、他殺説も浮上するも、今もその死は謎に包まれたまま。

 ダニエルリンちゃんの父親をめぐっては、交際中の弁護士ハワード・スターン氏、元恋人の芸能記者が「自分が父親だ」と名乗りを挙げて裁判ざたに発展。スミスの死後、今度は女優ザ・ザ・ガポールの夫フレデリック・フォン・アンハルト王子が、「自分こそが父親だ」と宣言。子供の親権をめぐる壮絶なバトルが繰り広げられています。さらに、一部では子供は亡くなったハワード氏の冷凍保存した精子を使って妊娠した可能性もあると報じられ、ダニエルリンちゃんが相続するであろう莫大な遺産と共に裁判の行方に注目が集まっています。出生届けには父親として恋人のスターン氏の名前が記されているというが、裁判でDNA鑑定が行われることになるでしょう。

 スミスはハワード氏と出産直後の昨年9月末にバハマで船上挙式をしたと、USウィークリー誌がスクープしたが、結婚証明書が提出されていないために、法律上は婚姻関係は認められていなません。息子が死んですぐの出来事だけに、この結婚そのものが本当だったのかどうかさえ明らかではありません。

 豊胸と整形手術を受け、憧れのモンローのようなグラマラスなボディーを手に入れたことを告白したスミスですが、激太りで100キロを超える巨漢に。その後、ダイエットサプリメントの広告塔となり、30キロの減量に成功しましたが、「虚偽の広告をしている」と消費者から集団訴訟を起こされ、150万ドルの損害賠償を求めて訴えられています。

 39歳と言う若さで生涯を終えた自身の最期をめぐっても、不審な点が多い。ホテルの部屋で意識不明で倒れているのを発見した私設看護婦は、なぜかすぐに救急車を呼ばずにホテルのフロントに連絡。そしてさらになぜか、発見した看護婦ではなく、ボディーガードが蘇生処置を行い、病院に搬送しています。通報するまでに45分かかっており、ここに大きな謎が残る。検死をした監察医や地元警察は、他殺や事故説は否定しているが、わずか5カ月の間に親子が次々と不審な死を遂げたことになります。

 最期までも、36歳で急死したマリリン・モンローを彷彿させます。まさに「パーフェクト・ストーム」な人生だったといえます。

(このコラムの更新は毎週火曜日です)

February 13, 2007 02:13 PM

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