2008年01月24日
子供に見せたいファンタジー
-テラビシアにかける橋(1月26日公開=米)-
ヒロイン・レスリーを演じるアナソフィア・ロブ(14)を見ながら、「ペーパームーン」(73年)のテイタム・オニールを思い出した。ブロンドのショートヘアということもあるが、明るさというか活力が湧き出てくるような印象が重なった。
オニールにはどこか寂しそうな一抹の“影”もあったが、ロブは底抜けだ。だからこそ、ストンと落とされるような終盤の展開に思わず泣かされる。最近、押しなべて子役たちは達者で、涙腺をくすぐられることも少なくないのだが、ストレートな明るさにやられるのは久しぶりである。
原作は世界で500万部以上を売った同名の児童文学。11歳の少年ジェス(ジョシュ・ハッチャーソン)は、姉2人、妹1人の貧しい家庭でのけ者扱いを受け、学校にもいじめっ子がいて居心地が悪い。心が安らぐのは絵を描いているときだけだ。
が、隣家に越してきた転校生のレスリーとは気が合った。芸術家夫妻の一人娘の彼女は個性的で田舎町の学校を窮屈に感じていた。先入観抜きで物事に接し、ジェスの絵の才能にもいち早く気付いた。
2人は家の裏の小川の向こう岸にツリーハウスを発見し、2人だけの世界を築く。想像の王国テラビシアでは2人は王と王妃。2人の想像は虚実を超えて、ファンタジーをつむいでいく。
「シンプソンズ」や「ラグラッツ」の製作で童心をつかんできたガボア・クスポ監督は、さりげなく現実と幻想の境界を曖昧にしていく。「ナルニア国物語」のように仕切り目がはっきりきている訳ではなく。気付いてみれば、見る側も2人のテラビシアに足を踏み入れているという作りだ。この滑らかな接合というか融合が上手くいっている。
テラビシアでの勇気ある行動は、現実世界にも反映され、真っ暗だったジェスの実生活にも明かりがさしてくる。が、とんでもない悲劇が2人に降りかかって…。
原作者のキャサリン・パターソンは実子デヴィットをおそった悲劇をきっかけにこの作品を書いたという。また、映画ではそのデヴィットが共同脚本で参加している。幻想的な作品のそこここに身につまされるようなくだりが挿入されるわけである。
冒頭で触れたロブの明るさとは対照的にハッチャーソンは哀しげな表情が印象的だ。繊細で場面に合わせて表情も自然に変化する。現在15歳であり、脱子役後の活躍が楽しみだ。
人生賛歌のファンタジーといえば、最近ではティム・バートン監督の「ビッグ・フィッシュ」(03年)があった。少年期を描いた今作に対し、あちらは晩年を彩るそれだった。
不思議なことにこの2つのファンタジーは同じような幕切れを迎える。今回主人公が完成した橋を渡って向こう側に見る風景と、「ビッグ―」の葬式シーンで主人公が目の当たりにしたそれはまさに相似形である。