ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2008年08月18日

アツい夏に…

8-18-B.jpgいつも「笑顔」を合言葉にしていた常葉菊川の選手が初めて涙を見せました。
酒井君が見せてくれた携帯の待ち受けには「絆~酒井、町田、最強の二遊間コンビ」って書いてあったね。
中川君の強気なプレー。夏は強打の上嶋君。いつも笑顔で楽しい話をしてくれた野島君。
肘が痛いのに一生懸命に投げた戸狩君。責任感イッパイの前田君。
ここまで勝ち進んだみんなの力はすごいよ。おめでとう。

そして、強力打線で圧倒的な強さを見せてくれた大阪桐蔭。優勝おめでとう!
 
 ふと、仙台育英の4番、加藤大輔君が言った言葉を思い出しました。

「高校野球ってアツいっすね」

今大会もたくさんの選手から感動をもらいました。
私が今大会で得た宝物。それはみんなのアツい思い。選手たちみんなにありがとう!

【写真はたまたま開会式に撮っていた大阪桐蔭の森川真雄キャプテンと常葉菊川の前田隆一キャプテンとのツーショット! まさかこの決勝になるとは思ってもみませんでした】

August 18, 2008 11:17 PM

常葉菊川、楽しんでやった準優勝。悔いのない夏にーー

8-18-A.jpg「楽しんで野球をやっています!」この大会中、常葉菊川の選手たちは口々にそう言いました。
 
 持ち前のフルスイング野球。よそ行きの野球はしない。いつも、バッティング練習はフルスイング。野球を始めた小さい頃、バットを振るのが楽しかったように――。今もその思いは忘れません。選手たちは面白いようにバットを振ってダイヤモンドを駆け回り、倉敷商戦から3試合連続でビッグイニングを作りました。
 夏の県大会前、佐野監督は選手たちにこう言いました。
「僕らはプロじゃない。アマチュアは負けても意味がある。だからお前ら、負けてもいいぞ。楽しくやろう」と。
「最初は何を言っているんだろうって思いました。でも、それまではどうしても勝ちたいという気持ちがあったけど、まぁいいかって思うようになったんです」(前田君)
そこには、少しずつプレッシャーから開放され、伸び伸びとグラウンドを駆け回る選手たちの姿がありました。
 6月にはチームの不祥事でどん底まで落ちました。
「人生の中で、いいこと、悪いことがあるのは当たり前。その悪いことがあったときに、前を向く人間と、斜めになる人間では評価が変わる。やるなら前を向くしかない。今のお前たちがやることは? 1つの球を追いかけるしかないだろう」と佐野監督は選手たちに語りかけました。その後、行われた練習試合が転機に。それは奇しくもこの決勝戦と同じ相手、大阪桐蔭でした。
試合は1対10と大敗。しかし、選手たちはその大敗よりも大阪桐蔭ナインの全力疾走でボールを追いかける姿に心を打たれました。
「僕らももう一度やろう」
この試合を境に選手たちは前向きに変わっていきました。これまで以上に選手同士で声をかけあい話し合う。それぞれが支えあい前を向きました。

 一度、バラバラになりかけた心を、「絆」という言葉でつなぎとめた。みんなで支えあえば、僕らはもう一度立ち上がれる。そう、信じてここまできました。
持ち前のフルスイング野球で、甲子園を思う存分楽しんだ。
「楽しんでやった。だから悔いはない」しっかり前を向いて見せるその笑顔には、本当の強さが潜んでいました。

August 18, 2008 11:13 PM

2008年08月17日

浦添商ナインのみんな、ありがとう!

8-17.jpg 約束を果たしてくれてありがとう。今日、浦添商が負けました。
11年ぶりのベスト4進出。エース伊波君を中心に、一人一人が一生懸命なプレーで盛り立ててくれました。
実は…。6月に浦添商を訪ねた際、神谷監督に選手のミーティングをしてくれないか、と頼まれました。でも、私なんて、そんなできる立場じゃない。ミーティングは丁重にお断りして、そのかわり、みんなの前で挨拶をさせていただきました。
「夏、甲子園でみんなの取材をするのを楽しみにしています。今度は甲子園で会いましょう!」と。

もちろん、春、担当した沖縄尚学も大好き。
だからこそ、ライバルとして浦添商にも頑張って欲しかったのです。
お互いにいい試合をして欲しかったのです。
そして、この夏。本当に、その約束を実現してくれた浦添商ナイン。
その上、4つも勝ってくれました! 伊波君の力投。山城君の力強いプレー。
漢那君のチャンスに強いバッティング。上地君の堅実な守備。宮平君はレフト線のファールボールを追いかけてフェンスに直撃したっけね。腰が痛そうだったね。
責任感溢れる仲村早キャプテン。そして、いつもチームを影で支えた背番号10の玉城紀貴君。他にもたくさんの選手たち、本当にありがとう。
春は沖縄尚学。そして夏は浦添商。今年、私の高校野球は、沖縄の野球にたくさんのことを学ばせてもらったと思います。
気持ちが優しくて明るい沖縄の選手たち。これからも活躍を期待してるね! ちばりよ~!

August 17, 2008 10:57 PM

2008年08月16日

侍集団・聖光学院の夏、今度は私が頑張らなくっちゃ!

聖光学院対横浜戦の試合終了後、聖光学院の有松洋一郎選手が泣き腫らした目で、声をかけてくれました。
「あのぉ…今日は勝てなくてすいません…、本当、すいません」
昨年も聖光学院は担当。
そして今年のチームは昨年12月に取材して以来、密かに応援していたのです。

「実は、今日。試合前にみんなでヨシネーのためにも勝とうって話していたんですよ」

え~~~っ!!!! もう、そんな泣かせること、言わないでよぉ~。
すっかりもらい泣きしちゃいました。そんなこと、言ってもらえるなんて…。
なんだか嬉しいやら…申し訳ないやら…。
私も、なぜか、ごめんね、ごめんね、って連呼しちゃいました。

「みんないいやつばかりで。
いいチームでした。特に控えの選手たちには感謝したいです」メンバー外の選手が数名、手伝いとして帯同していました。
宿舎では、夜遅くまで洗濯をしたり選手たちの身の回りの世話をしてくれたそうです。

「僕らが試合に集中できる環境を作ってくれました。ここまで勝ち進んでこられたのはメンバー外の選手たちのおかげです。

そんな選手たちのためにも。
甲子園の初戦の相手が決まった日。
監督は選手たちに戦争時の特攻隊の少年たちの話を選手たちに言い聞かせました。
「息子がこれから死ぬのに、親が“立派に死になさい”と見送る姿に感動しました」と唯木君。
戦争時代、同年代の少年たちの思いを胸に、果敢に挑んでいく精神を新たにした聖光ナイン。
積極的に向かっていく姿は、まさに侍集団でした。
甲子園もあと2日。聖光ナインから、あらたに戦うパワーをもらったような気がします。

よし! 今度はみんなのためにも、頑張るよ!
8-16-A.jpg
8-16-B.jpg
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【写真は明るくかった聖光ナイン。元気をありがとう!】

August 16, 2008 10:51 PM

2008年08月14日

仙台育英・後輩たちと築いた笑顔の夏に涙…

8-14.jpg今でもよく覚えています。
昨年秋、秋季号や冬季号で仙台育英の3年生の取材に行ったときのことを。
みんな口々に言っていました。
「新チーム? 難しいんじゃないかな? だって1年生(現2年生)の態度が悪い。2年生(現3年生)が苦労していますよ」
練習は野球以前の問題。まずは2年生がミーティング。
内容は1年生とどう付き合うか。その後、1年生を交えてミーティング。
でも、なかなか聞き入れてもらえず、チームとしての機能を失っていました。
「秋の県大会で東北に8対0で完敗。その頃からチームが少しずつ変わっていきました」とキャプテンの橋本君。
負けて悔しくないのか? 悔しいなら、まずは身の回りの整備、生活態度、私生活もしっかりしよう。
そう呼びかけていきました。
言うことを聞かない後輩がいれば、橋本君が個人的に呼び出して話をする。
「強くなるとか、それ以前に、チームとしてこのままじゃいけない。それを伝えたかったんです」それは長い時間がかかりました。
3年生の根気強い語りかけが、少しずつ下級生の心を開き、今年の夏、決勝。
誰もが東北優位と見たこの試合を1対0で制し、甲子園出場を決めたのでした。

主将の橋本君には、忘れられない言葉があります。
夏の県大会が始まる前、後輩たちからメッセージをもらいました。

「もうあまりチームのことは気を使わなくてもいいです。夏の大会では野球に専念してください」

そんな1,2年生が大活躍。2年生エースの穂積君。1年生の木村君はリリーフに。
その木村君の捕手を務めるのは高橋知己君。

準々決勝の横浜戦、木村君の暴投で決勝点を失い敗戦。
試合後、泣きじゃくる後輩たちを見ながら、3年生の高橋篤君は言いました。

「これまで厳しく言ってきたけど、今日、負けて泣いているのを見ると、本当にアイツらも野球が好きなんだなぁって思いますね」

問題児ばかりだったけど、だからこそかわいい後輩たち。
笑顔で後輩たちを抱きしめる3年生を見るたび、この絆の強さを感じました。

August 14, 2008 10:43 PM

2008年08月13日

鹿児島実・全員で布団を並べて、気持ちが一つに

8-13.jpg「一時はバラバラだったけど、今は本当にこのチームでよかったと思います」鹿児島実の選手たちは口々にそういいました。
昨年、新チーム結成時は、練習にも身が入らず。怠慢なプレーが多く、「お前らに、ノックをやっても楽しくない!」と、監督が怒って帰ることもしばしば。「勝手にやれ!」とベンチに座ったままで、黙って練習を見ていることもあれば、監督不在の日も。
選手同士でメニューを組んで練習することもあったといいます。

今年春。監督にあらためて問われました。「お前たちは何のために来ているのか」と。
もう一度1から始めよう。そこで選手たちは、寮の大部屋に布団を並べ、全員で寝ることにしたのです。

「初めは、強くなるために、なんでそんなことをしなきゃいけないんだ。
そういう問題じゃないのに、って思いました。
でも、毎日一緒に寝ているうちに、みんなの会話も増えるし、今まで見えなかったことが見えてきたんです」と松尾君。
それはプレーにも影響しました。送球でも、アイツが捕りやすい球を投げよう、と、動きも少しずつ変わっていったのです。
「自分の役割もよくわかった。自分はレギュラーじゃないけど、声で盛り上げる。みんなが元気になるような声をね」(松尾君)
全員で寝泊りするようになり、それぞれの役目も理解できるようになったのです。
「本当にいい仲間たちといの3年間でした」とキャプテンの湊崎君。
寝泊りをともにして一つになった鹿実の選手たち。
最後に結んだ友情の強さを感じました。
【写真は宿舎での鹿児島実ナイン。寮にいるときも、こんな感じかなぁ…】

August 13, 2008 10:36 PM

2008年08月11日

一人一役・青森山田の三塁コーチャー

8-11.jpg 三塁のコーチャーズボックスから、大きな声を出したり、右手をぐるぐる元気イッパイ回す。青森山田の三塁コーチャー、背番号16の竹本州将君です。【写真右が竹本君】
昨年秋から三塁コーチャーをやり始め、今年春からは専任。
「練習でもほとんどバッティング練習には参加しません。僕の仕事は三塁コーチャーですから」と、その仕事を全うしています。
「最初はメンバー入りを目指していたけど、実力的に無理だと思いました。でも、どうしてもメンバーには入りたかった。そんなときに自分にちゃんと役割をもらえて、嬉しかったです」。
これまで何度も三塁コーチャーで失敗しては、部長先生に怒鳴られてきました。
プレー以外でも認めてもらおうと、生活態度もあらためました。
「自分がしっかりすることで、三塁コーチャーとしての信頼も得られると思ったんです」

 今日の試合でも、足を絡めた青森山田野球が展開され、4対0と本庄一を完封。竹本君の右腕も大活躍でした。
そんな竹本君を、部長の五十嵐先生は「これまでチームの影となってよく頑張ってくれましたよ」とニッコリ。
「一番怒られた五十嵐先生に褒めてもらって、今一番嬉しいです!」スタメンの選手だけじゃなく、選手一人一人役割がある。青森山田は、そんな「全員野球」でした。

August 11, 2008 10:33 PM

2008年08月10日

鳴門工・3年生にとっての甲子園

 甲子園は3年生にとって、高校野球最後の大舞台です。
今日の第3試合、鳴門工対関東一戦、7回まで5対2と関東一リード。
迎えた8回表から、鳴門工は代打攻勢に。
一人、また一人と代打が告げられていきます。
9回が終わったときには河野鉄也君、平山祐一君、別所一生君が代打で試合に登場していました。
8-10-A.jpg【写真は鳴門工、バッテリーの左からエースの実君と捕手の佐藤君】

実は、これでベンチ入りの3年生が全員試合に出たことになります。

「3年生が引っ張ってきたチーム。彼らなら、もしかしたら流れを変えてくれるかもしれない。
そんな期待で代打を送りました」と高橋監督。

3人が打席に立つと、今までスタメンで活躍してきた選手たちが、
ベンチ前で、「笑顔笑顔!」「フルスイング!」と、大きな声で声援。
それは、これまで3人がベンチでみんなを盛り立ててくれたから。
その恩返しのつもりだったのでしょうか。

今日は、本来ながら控えのキャプテン田中勇次君が二塁の先発で出場。3打数2安打2打点の大活躍!8-10-B.jpg【写真中央がキャプテンの田中勇次君】

「正二塁手の西田がケガをしたからどうしようもなく使ったんですが、田中は最後の最後で頑張ってくれた。最高の学年ですね」と高橋監督も嬉しそう! 
3年生が支えてきた今年のチーム。

甲子園は彼らにとって、最高の高校野球卒業の舞台になったのでしょう。

August 10, 2008 10:28 PM

2008年08月09日

遠足気分だった!? 常葉菊川・野島君の夏初登板

8-9.jpg「ピッチャー野島、ピッチャー野島」球場に流れるアナウンスにビックリ! の、の、野島君!? 一瞬、耳を疑っちゃいました。【写真右が野島君。「カワイイ!」と人気急上昇中!】
常葉菊川の控え投手の野島大介君。いつもエースの戸狩君がたくさんの記者に囲まれる中、その中に入っていけない私の話し相手になってくれたり、いろいろとチームの話をしてくれた選手の一人です。
春は3回戦、千葉経大付戦で7回からリリーフ。負けはしたものの、自信のあるストレートで被安打2、自責点は0でした。
でも…この夏は、初戦の福地山成美戦から野島君が登場!? 常葉菊川、早くもピンチ!? 
 ところが、マウンドにあがった5回。満塁のピンチに得意のストレートで一ゴロに。7回に1点を取られるも、8回に味方打線が2点をとり、2対1で勝利! 

 「県大会では、いつも自分が先発して戸狩がリリーフ。いつも助けてもらっていたので、絶対に助けたいと思っていました」
 ピッチングの際、右膝が折れるようになり、ストレートに角度がつくようになったとか。それによって変化球も効果的に。また、3度目の甲子園で、周りがしっかり見えて落ち着いて投げることができました。

 最後に、野島君がコッソリ教えてくれました。
「実は、今日、登板がないって聞いていたから、遠足気分だったんですよ。行けって言われて、マジでビックリしちゃいましたよ~」やっぱりぃ? 私だってビックリしちゃったもん! 
 でも、去年の夏、今年の春。そして今日。大会を経るごとに成長をしている野島君。その過程を見ているようで、とっても嬉しくなっちゃいました! 次も頑張ってね!

August 9, 2008 09:00 PM

2008年08月08日

チームを支えた酒田南・山本キャプテン

8-8.jpg今日、印象的だったのは、酒田南のキャプテン、山本耀志君でした。福井商に1対6と敗戦しましたが、このチームを影で支えていたのは山本君と西谷監督の絆でした。
昨年秋、新チーム結成当時は、練習試合で負けてばかり。
キャプテンは監督の怒られ役。「いつも、こんな弱いチームはない、と言われて、怒鳴られてばかりでした」。
 夏休みには、練習態度が悪い、と練習途中で監督が怒って帰ることも。
「監督と選手との間に距離ができて、その狭間でずいぶん悩みました」。
 頼る人がいない。どうしたらいいかわからない。とにかく、選手たちの声に耳を傾けよう、と、何度も何度もミーティングを開いて意見を聞きました。監督にも何度も頭を下げに行きました。

「男として、何とか強いチームにして見返したかった」
冬場、チームが少しずつ厳しい練習にも耐えられるようになり、春には勝てるチームが生まれました。
 そして、夏の県大会で優勝。
「甲子園出場が決まったとき、監督が“よく頑張ったな”と握手をしてくれたんです。それが本当に嬉しかった。監督に褒められたことなんてなかったので…。ここまで頑張ってきて本当によかったと思いました」。
 今、この苦しかった1年間を振り返って、監督の愛情に支えられていたのだと実感しています。そんな山本君を見ながら「本当に、このチームのために、めちゃくちゃ頑張った子ですよ。勝たせてあげたかったです…」と西原監督は山本君を褒め称えました。
 「監督ともっと一緒に野球がしたかった…。でも、この3年間に悔いはありません…」
 負けはしたけど、その数倍大きいものを手に入れた。
 監督との絆が山本君を大きく成長させていたように見えました。

August 8, 2008 08:57 PM

2008年08月07日

浦和学院・ベンチャーズの飛躍!

8-7.jpg 今日は嬉しい再会がありました。浦和学院、背番号2、福士統平君です。【写真右が福士君。明るくて元気なキャッチャーでした】
 昨年夏の甲子園。浦和学院の選手たちが声をかけてくれました。
「僕たち、ベンチャーズです!」4人の選手がニコニコ。試合には出ないけど、ベンチを守る4人組。
その中の1人、東洋大に進学した内山拓哉君は、今年の春、東都大学野球リーグで1年生ながら抑え投手として大活躍! 
大飛躍のベンチャーズ。
 2年生で背番号12だった福士君はレギュラーになって帰ってきてくれたのです!
うーん、なんだかあの写真に写ったベンチャーズは、活躍するのかも!? 
ちょっとゲン担ぎもしながら、試合を観戦しました。

 もともと中学ではピッチャー。高校に入ってからキャッチャーに転向しました。
最初は自分のことで精一杯。そんなとき、監督に「チームで一番元気なキャッチャーになれ!」といわれ、それを目指してきました。
 今日の横浜戦では、横浜の強力打線を開いてに、常に笑顔で野手陣に声を出し、ピッチャーを盛り立てました。「背番号2をとって、プレーすることが夢でした。ここまでやれて悔いはありません」そう言って笑顔を見せてくれた福士君。
 背番号2をとるために、冬は、5時から。夜は1時30分までグラウンドにいたこともありました。でも、今こうして夏の大舞台で、目標の背番号2のユニホームでプレーができた。負けたけど、その背中は誇り高く見えました。本当に頑張ったね、ベンチャーズ!

August 7, 2008 08:52 PM

2008年08月06日

大雨で、ノーゲームに

8-6.jpg それは、まるでバケツをひっくり返したような、ものすごい雨でした。
第3試合、途中、振り出した雨は一気にその雨足を強め。気が付けば滝のような雨。
大阪桐蔭対日田林工の試合は2回裏途中で中断。
その後、4対0、大阪桐蔭リードの場面で降雨でノーゲームに。以前、秋田商業との練習試合で雨の中で試合をして、勝ったことのある大阪桐蔭は、「明日だって勝ちます!」と雨の強さをアピール。
日田林工は「俺たちを救ってくれた雨。逆転の雨だと思って、明日も頑張ります!」。
明日はどっちが勝つのかなぁ。【写真は雨の甲子園。記者席からの景色です】

August 6, 2008 08:48 PM

2008年08月05日

高岡商・ピンチのときも「ありがとう」

8-5.jpg 高岡商、選手たちの帽子には「ありがとう」と書かれていました。【写真は、選手の帽子のひさしに小さく書かれた監督の「ありがとう」の文字】
「今朝、監督が全員の帽子に書いてくれました」
それは、昨年秋の大会が終わってから掲げたチームの合言葉でした。
「チャンスでも、ピンチでも。そういう場面に立たせてくれてありがとう、と思うんです」
それまでは、勝ちたいという気持ちばかりが馳せてピンチに力んで負けることが多かった。
そこで、「ありがとう」と思うことによって、ピンチが楽しく感じるようになったといいます。

この日の試合、大府戦でも、選手たちは「ありがとう」の精神で戦いました。
1対1で迎えた7回裏。連打で7対1と逆転。
「9回表に入ったときに、帽子のつばをちょっと見て、“ここまでやらせてくれてありがとう”という気持ちになって落ち着きました」
 どんなピンチも楽しむ。常に前向きな気持ちが生んだ高岡商の勝利でした。

August 5, 2008 08:43 PM

2008年08月04日

人生の転機を見つけた浦添商・女子マネージャー

8-4.jpg 今日は、第3試合の浦添商対飯塚の試合で、浦添商のアルプスに行ってきました。ここで、大きな声で選手たちに声援をおくる浦添商の女子マネージャー、岸田直美さんに出会いました。
【写真はアルプスで応援する岸田さん。とても20歳には見えないくらい若い!】
彼女は今、高校3年生。でも、みんなとはちょっと違います。今年で20歳。高校1年途中。
岸田さんは、人生の目標を失いました。
――何のために学校に行くの? 何のために勉強するの?「学校に行かなくなり、その後の私は、今考えても情けない状態でした」
明るい髪の色。化粧をして、毎日、遊んでばかり。学校は休学扱いに。

 2年が経ち、そんな毎日にもあきた頃、「もうそろそろ、学校をどうするか決めたら?」
そう言った両親の悲しそうな顔が心を打ちました。
もう一度、学校に行こう。
そして、「自分を変えたい」と小さい頃から好きだった野球に携われる環境。
野球部のマネージャーを希望しました。
 
 最初、神谷監督は、岸田さんを受け入れませんでした。でも、今度の岸田さんは違います。
「自分を変えたかった。今までは行動に移せなかったけど、目標があれば動ける。そんな自分になりたかったんです」その一歩を踏み出したかった。その後、何度も神谷監督に頭を下げ、やっと入部の許可がおり、晴れてマネージャーに。誰よりも真面目に練習に取り組んでいます。「今は本当に楽しいです。選手のみんなからは、いつでも何事もあきらめない姿を教わりました」
 
 今の岸田さんは、お化粧なんてしてないけど、甲子園の日差しを思い切り浴びて、誰よりも輝いてキレイに見えました。

August 4, 2008 08:38 PM

2008年08月03日

報徳学園・氏家君に元気と勇気をもらいました

8-3.jpg今日はうれし涙です。第4試合、報徳学園対新潟県央工。2対0、県央工リードで迎えた6回裏。同点に追いつくツーランホームランを放った報徳学園の氏家大輔君。実は、甲子園見学会のとき、氏家君から、お父さんとの思い出を話してもらっていました。【写真はノックでボールを顔に当て、目が青く腫れあがっちゃった氏家君。いつもはもっとカッコいいよ~!】
 5月23日。翌日の練習試合を見に行くことを楽しみにしていたお父さん。
でも、最後…「アカン、明日は(練習試合を見に行くのは)中止や」ずっと強気だったお父さんが初めて口にした弱音でした。
「僕、必ず甲子園に行くよ」そう約束して、息を引き取ったそうです。すい臓がんでした。
病気を告げられたのは今年2月。
「お父さんは病気を治す。僕は甲子園を目指す。2人で約束して頑張ってきました。“絶対に治すから、甲子園にいけよ”そう言ってくれました。僕はお父さんがいたからここまで頑張れたんだと思います」と氏家君は言います。
 甲子園では、左ポケットに家族で撮った写真。そして、お父さんがつけていたお守りを胸に。
「お父さんがついているから大丈夫」そう自分に言い聞かせながら戦いました。今日のホームラン。
「打った瞬間、お父さんの顔がふっと頭の中に出てきました。お父さん、すごく嬉しそうでした」
お父さんはいつも氏家君の「ハツラツとしたプレー」を楽しみにしていました。
「苦しいときでも、元気を出してチームを引っ張れ」と何度も言われました。だから、0対2とリードされていても、笑顔と元気は忘れませんでした。ホームランももちろんだけど、お父さんの喜ぶハツラツとしたプレーができて、よかったね。

 氏家君の試合を応援するのが、お父さんの楽しみ。週末の練習試合には必ずかけつけてMYイスと、報徳の父兄会のTシャツで声援を送ってくれました。
「だから…棺にもそのイスとTシャツを添えました。天国でも自分の試合を応援して欲しいですからね」ホームンをした時には右手人差で空を指す。お父さんに、ホームインの合図をしました。

 実は…。ほんのちょっとだけ同じ状況にある私は、甲子園見学会のとき、氏家君からおお父さんのお話を聞き、思わず涙がこぼれてしまいました。
「大丈夫、ヨシネーは大丈夫ですよ」そう笑顔で励ましてくれた氏家君。

なぜ? どうしてそんなに笑顔でいられるの? 

どうしてそんなに強いの?

「お父さんが亡くなって僕は強くなったんだと思う。僕は長男。家族を支えるのは僕しかいない。自覚が生まれたと思います」
…そう言って、また笑顔。
氏家君の笑顔は強くて、そして優しい笑顔でした。
私も、氏家君から元気と強さをもらった1日でした。次の試合も頑張ってね!

August 3, 2008 08:30 PM

2008年08月02日

佐賀北ナイン、全員で優勝旗の返還

いよいよ甲子園が始まります! 
今年は90回記念大会。
開会式も、いろんなイベントが用意されていました。
 でも…そんな中で、開会式でカメラを構えていたら、一番先頭で笑顔でピースをしてくれた選手がいました。佐賀北のキャプテン、田中亮君でした。
8-2.jpg(写真/行進直前の田中君。ニッコリ笑顔でピースしてくれました!)
たった一人の入場行進。すごーく重い優勝旗。でも、きっとこの優勝旗にこめられたみんなの思いのほうが大きかったんだよね。
 今年、県大会では3回戦敗退。昨年、優勝して。“がばい旋風”と騒がれて。
チームは新しく変わったのに、いつまでも注目される。
「騒がれて、浮かれて、重圧を感じて沈んで、乗り越えて。やっぱり野球は楽しいなと感じた1年間でした」。
 でも、この田中君の笑顔のワケは、他にあったのです。
実は今日、田中君だけじゃなく、今年の3年生、全員で甲子園に来ていたのです。
「みんな、スタンドで見ているんですよ」とニッコリ。
そっか、一人での優勝旗返還じゃなくって、チーム全員での返還だったんだね。
「みんながいたから、優勝校という重圧を乗り越えることが出来ました。
頑張ってきた1年に悔いはありません」そう、みんながいたからここまで来られた。
「今、やっとキャプテンとしての役割を終えたのかと、ホッとしています」田中君の笑顔のわけ。
それは、チームメート全員の思いが詰まった笑顔だったんだね。
本当に1年お疲れさまでした。
「百崎監督からは、優勝旗を返すまでは死ぬなよって言われましたけどね(笑)」
え~!? 大役を終えて、ホッとした笑顔だったのぉ~!?

August 2, 2008 08:22 PM