ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2007年04月02日

常葉菊川、仲良し3人の“1000分の1の1打”

4-2-B.jpg「アイツの今日の一打は1000分の確立ですよ」
9回表、同点のタイムリー二塁打を放ち試合後、たくさんの記者に囲まれる浅原将斗君(一塁・3年)を見ながら山田京介君(内野・3年)と久保田淳哉訓(外野・3年)が笑って話してくれました。
 昨秋の東海大会までは4番。でも、打撃不振から明治神宮大会以降は控えに。以後、ひたすら練習をしてきましたが、なかなか結果が出ず。このセンバツでも背番号13。一塁の控え選手に回っていました。そんな浅原選手の一打に、チームは大盛り上がりでした。
 浅原君、山田君、久保田君の3人はクラスも一緒で大の仲良し。浅原君はおっとりした性格でイジラレキャラ。2人が浅原君をイジって笑うと、チームも盛り上がるのだとか。この日のベンチでも、浅原君が8回から一塁の守備に入った瞬間、
「ビビッてんのか~!」「オマエんとこ、飛んでくるぞ~」と2人からの熱~い!?野次が飛んできます。
普通、野次って相手チームに言うのにね(笑)。とはいっても、いつもグラウンドで最後まで残って練習しているのはこの3人。このセンバツに入ってからも、夜はホテルで一緒に素振りを続けていました。「最近になって、素振りがいい感じだったんです」と浅原君。体にぐっとひきつけて、しっかりと踏み込む。その手ごたえをつかんでいたのです。そして、もう一つの課題。それは、気持ち。考えて悩みすぎるのがバッティングにも影響を与えていました。
「前よりは打てる気がしていました」。
浅原君にはちょっとだけ悔しい思いがありました。これまでの3戦で山田君、久保田君は試合に出場。ただ一人だけ出ていなかった自分。少しずつ心の中に湧き上がってきた昨秋までの4番の意地。
「これまで、試合に出るっていいな~って思ってベンチからみんなを見ていました。俺も早くでたかった。このチャンス、無心で思い切りいこうと思いました」

 1000分の1の確立でも、1000倍の価値のある一打。この半年の思いのこもった1本には喜びもたっくさんつまっていたね。ベンチに戻ってきたときに、二人から「ナイスバッティング」と迎え入れられたときの3人の顔は、今日イチの笑顔でした!

写真左から久保田淳哉君、浅原将斗君、山田京介君。やっぱり、浅原君はイジラレキャラなのね…(笑)!

April 2, 2007 07:23 PM

チームイチ練習熱心で、チームイチ不振だった!? 試合を決めた。大垣日大・北上君の一打。

4-2-A.jpg 1試合目に続き、今日の2試合目、帝京対大垣日大戦も、これまで不振だった選手の一打が試合を決めました。大垣日大の北上雄太(左翼・3年)君です。1回裏、2対2の同点に追いつき、なお2死三塁で北上君が無心でたたいた直球はレフト前へ。勝ち越しました。「一塁に立っていても、しばらく頭が真っ白でした!」と嬉しそうに話してくれました。

 実は、数日前。大垣日大の吉田隼人コーチからこんな話を聞いていました。
「試合の前日、バットのグリップエンドにテープを巻くんです。でもね、一夜明けると、北上のバットだけが、もうそのテープがボロボロ。アイツだけ試合前にもう一度巻いてもらっているんですよ。一晩でどれだけバットを振っていたんでしょうね」と。
 この3戦で、6打数0安打。スタメンでただ一人、ヒットを打っていなかったのが北上選手でした。大阪から、坂口監督の誘いで大垣日大に入学。
「両親が大垣に出してくれた。この舞台で頑張っている姿を見せたいのにそれができない。悔しかったんです」
宿舎で、少しでも時間があると、バットを持って駐車場へいく。部屋でもバットを離さない。チームで徹底している右肩を固定して、体が前に突っ込まないように、とただひたすらバットを振りました。
「これまで、凡打でベンチに戻ってきても、坂口先生が、“雄太、オマエ、うまくなったな。もう少しだぞ”と声をかけてくれていました。自信をなくすことがありませんでした。逆に、よし、次は必ず、という気持ちになっていたんです」と北上君は胸を張っていいます。
「本当にやってきて良かったです」
 両親への感謝の思い。監督への恩返し。そして、頑張ってここまで勝ち進んで、チャンスをくれたチームメートに、“ありがとう”の気持ち。今日の一打は、そんな北上君の思いがたっくさん詰まった1本だったのね。努力は人を裏切らないって本当だね。よかったね、北上君! 明日も思う存分暴れてね!

写真右が北上君。野球に熱を入れる毎日と、明るいチームメートのおかげで、ホームシックには一度もかかったことがないんだって。

April 2, 2007 07:20 PM

2007年04月01日

今、心から言える。両親に、「ありがとう」の言葉を。

4-1.jpg「あの時、辞めなくって本当に良かったです」 杉谷翔貴君(右翼・3年)が嬉しそうに話してくれました。
 あの時とは…。昨年の秋の大会。予選はレギュラーとして出場も、打撃の不振から背番号は13番に落とされベンチに。ショートを守る弟の拳士君(2年)は、夏の甲子園もベンチ入り。秋もレギュラーとして活躍していました。そんな弟の姿を見ると、悔しさがまたこみ上げてきます。
「そのときは、落ち込んでワケがわからんかうなって。何で俺、野球やってんだろ、って思っていました」
家に帰ると弟がいる。小さい頃から兄弟の野球に熱心で厳しい両親。誰とも話したくない気持ちで、すぐに部屋に閉じこもる。
「もう野球なんて辞めてやろうって思いながら、部屋でふてくされていましたね」そんなとき、両親から「何のために野球をやっているの。やりたくないんだったら、辞めなさい!」と怒鳴られました。
「クソーって思いましたね。逆に、やってやろうって思いました」
翌日、翔貴君は、バッティングの何が悪いのかをもう一度見直しました。それまでは引っ張って長打を狙うバッティング。そこで、監督が一言アドバイスをくれました。
「オマエはパワーがない。遠くに飛ばす力があるなら、最初から3番に置いているんだぞ」と。
あらためて逆方向へのつなぐバッティングの練習を始めました。足が速い翔貴君。それを生かすためのバッティングを最初から監督は見抜いていたんですね。自分の生きる道を見つけたのです。12月、ひと皮むけた翔貴君に監督が一言声をかけました。
「センバツ行くぞ!」と。
「よっしゃー俺の番が来た~って思いました!」。

 そして、今日。初回に満塁ホームラン! あれ~翔貴君、長打を狙わないんじゃなかったの?
「そうなんですよ! 全然狙ってませんでしたよ。自分でもビックリして焦っちゃいました!」とニコニコ。やったね! ホームランを打った気分は?
「気持ちよかったですね。長打の感触を思い出しました!」と。
でも、その後でちゃーんと付け加えてくれました。
「でも、次からはまたつなぐバッティングを心がけますよ」うーん、ちょっと期待しちゃうけど、そこはチームバッティング。そんな時、翔貴君の頭をよぎるのは、
「何のために野球をやっているのか」という両親の言葉です。
つなぐバッティングに徹してこそチームの一員。翔貴君は思います。試合に出て、チームの勝利に貢献するために、今、自分はいるのだと。
「両親から、あきらめずにやっていればいい結果が出る、ということを教わりました。あの時、辞めなくてよかった。今は両親に感謝の気持ちでイッパイです!」
 今、笑顔でそう話す翔貴君がとっても強い人間に見えました。

写真は前列左から2番目が杉谷翔貴君。兄弟揃って負けず嫌いなんだって。


April 1, 2007 07:17 PM