ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2007年03月31日

熊本工、元気な2人のブルペンキャッチャー

3-31.jpg「ビシ!」「ビシ!」熊本工のブルペンでは、いつもミットに入るボールの音が2つ響いています。今日の試合でも、控え投手の後藤崇広君(投手・3年)と攻撃の間は今村幸志郎君(中堅・3年)がブルペンで並んで投げていました。その2人の球を受けるのは、2年生捕手の川村宗平君(捕手・2年)と坂田竜徳君(捕手・2年)。この二人、ともに、この甲子園でベンチ入り。控え捕手ですが、試合ではブルペン捕手として頑張っています。

 入学したときから、二人はライバルでした。「肩が強いヤツだな」と坂田君。「ごっついヤツだな~」と川村君。お互いを意識をしながら、熊本工での野球が始まりました。
「いつも、どちらかがバッティングをし始めると、それを見てもう一人も慌ててバッティングを始める。ティーをすれば、もう一人も。ブルペンに入れば、もう一人もブルペンへ。とにかく、いつも意識して練習しているんですよ」と後藤君は言います。

 そんな二人も、実は大の仲良し。昨年、ケガをしていた坂田君を励まし続けたのは、川村君でした。「ライバルだけど、友達。一緒に頑張っていきたいですから」とニッコリ。ライバルであっても相手をいたわる心を持つ。二人はいい友達なんだね。
「僕は、声の大きさ、元気では川村に負けません! 今は、監督、ピッチャーのホットラインとして頑張ってます!」と坂田君が言えば、「肩の強さ、技術面では負けません!」と川村君。監督も、ブルペンでしっかりと投手を作ってくれる二人に、信頼を置いています。この日の試合も、5回2/3の場面で、監督は川村君をベンチに呼び寄せて言いました。
「川村さん! 心の準備はできてますか?」(監督)
「はい! 大丈夫です!」(川村)
元気イッパイに答え、マウンドに送りだした今村幸志郎君は9回にこそ2失点したものの、8回まで無安打に抑えてくれました。次の試合も、熊本工のブルペンでは、元気イッパイにピッチャーを盛り立てる二人の姿が見られるのかな。二人が自信をもって、マウンドに送り出すピッチャー。熊本工の投手陣はバッチリだね!

 さぁ、坂田君、川村君! 今年の夏、秋はそれぞれ背番号は何番をつけてますか?
「2番です!」
二人、声を揃えて答えてくれました! 背番号2をつけて、この甲子園の大舞台に立てるのはどっちか? 二人のライバル物語はまだ、始まったばかりなのかもしれませんね。

写真は左から、川村宗平君、二殿史一君、坂田竜徳君、沼田龍正君


March 31, 2007 07:14 PM

2007年03月30日

チームを影で支え続けた背番号18のヒーロー

3-30.jpg 大垣日大の背番号18、浅野公佑君(3年、写真、前列右)はマネージャーさんです。普通、マネージャーさんは、制服を着て「記録員」としてベンチ入りします。でも、大垣日大は違います。
「自分でもユニホームを着られるなんて思っていなかったのでビックリでした」
 
 それは3月19日。学校の室内練習場で行われた出陣式。全員荷物をまとめ、この後、新幹線で大阪へ出発というときでした。挨拶で壇上に立った坂口監督が、これまで決まっていなかった背番号17、18の選手を発表しました。「背番号18は…これまでボールも触らずに、みんなの支えてとなってくれた、マネージャーの浅野だ」
 
 突然呼ばれた自分の名前。予期していなかったことに、「頭が真っ白になっちゃいました」と浅野君。なんたって、大阪行きの浅野君の荷物には、記録員としてベンチ入りするための制服や筆記用具が用意されていたのですから。その代わりに手にした初めてのユニホーム。「最高のプレゼントをありがとうございました」と監督と握手。「頑張れよ」と言ってくれたときの監督の笑顔は、浅野君の心に深くやきついています。
 宿舎について、すぐにユニホームを着て、その姿を鏡に映しました。「ユニホームを着る嬉しさでイッパイになりました。でも…日に日にその責任感を感じるんですよ」
浅野君は投手として入学しましたが、度重なるケガで選手を断念。1年2月にマネージャーに。「選手として動けないのは残念でした。でも、チームのために働いて、記録員として甲子園のベンチに入りたいと思ったんです」
 その主な仕事は練習の準備から、環境作り。時には、グラウンドのトイレ掃除も。「監督さんがよく言われるんです。グラウンドのトイレは野球部の鏡、と。いつも念入りに掃除をします」スポンジでゴシゴシ便器を洗う。これが自分の仕事。そう思えば嫌な思いはひとつもありませんでした。そして、グラウンドを見ると、必死にボールを追いかける選手たちの姿が目に入ります。チームメートの頑張る姿を一番間近で見てきたのも浅野君でした。
だからこそ、今この背番号18の重さを感じるのです。「この背番号を目指して頑張ってきたやつがたくさんいる。それを僕がつけていいのか。大きな責任を感じます。決してみんなに迷惑をかけちゃいけないんです」
 
 甲子園では一塁のランナーコーチ。それも初めての経験。「自分なりに精一杯、大きな声で盛り上げたいと思っています」と一生懸命。おっきな声で、腕をぐるぐる回す浅野君。その姿は誰よりも生き生きと輝いています。
 「一塁コーチャーズボックスから、甲子園を見渡すと、たくさんの観客が自分たちを見てる。すごいな~って思うんです。あらためて甲子園に立てていることが嬉しいです!」グラウンドでプレーする選手だけがヒーローじゃない。みな、それぞれに活躍の場があるのが甲子園。大垣日大、浅野君はチームを影で支える、背番号18のヒーローなのです。

March 30, 2007 07:11 PM

2007年03月29日

父と兄の大きさを思い知らされた甲子園「まだまだ自分には力が足りない…」

3-29.jpg 先日、早大に取材に行ったときのこと。帰り際に、3年生の松本啓二郎君が寮の玄関先まで見送りに来てくれました。そして、何か言いたそうにモジモジ…。「あ、あの…、弟がセンバツに出るんです…。よろしくお願いします」と。そうそう!千葉経大付の背番号6、松本歩己君(3年,写真右)は、啓二郎君の弟なんですね。「とってもいいヤツなんで、是非、話してあげてくださいね」。そう言ってニッコリわらった啓二郎君。その顔はすっかり優しいお兄さんの顔でした。

 小さい頃はゴムボールで野球ごっこをして遊んだ二人。いつもお兄さんの後姿を見て歩いてきた歩己君。3年前の夏、啓二朗君とともに松本監督は甲子園で4強入り。「兄のように、父と一緒に甲子園に行きたい」。と、千葉経大付に入学。甲子園を目指しました。昨年夏は2年生ながら遊撃レギュラーを獲得。甲子園出場も初戦の八重山商工戦で逆転負け。悔し涙で終わりました。先制打を含め3度出塁と1番打者の仕事をこなしたものの守備のミスで途中交代。以後、守備の特訓が始まった。父といえども監督。容赦なく浴びせられるノックにも、必死に食らいついてきました。
 もう一度、甲子園の舞台で。お兄さんと同じように活躍するために、と。
 
 昨晩、「もっと背筋を伸ばして打て。頑張れよ」と激励の電話があったそう。啓二郎君のアドバイスがあってか、この日は6打数3安打の活躍! そして、9回には同点のホームを踏みました。でも、11回表、レフト前ヒットに、二塁からホームへ。キャッチャーと交錯してわずかな差でアウト。サヨナラのチャンスを逃してしまいました。そして…2つの守備の失敗。「丸(投手・3年)が頑張っていたので、助けたかったのに…。みんなに信頼されるプレーヤーになりたい。まだまだ練習が足りない。夏までに鍛えなおして甲子園に帰ってきます」
 
 あらためて歩己君は思います。全国制覇をした監督である父と、ベスト4を果たした兄の大きさを。でも、負けてはいられません。「夏は甲子園で全国制覇します」と力強く言ってくれました。最後のチャンスへ。もっともっと強くなれ、と神様が言ってくれているのかもね。
 歩己君、頑張って。大きな目標、兄と父に追いついて、夏は、笑顔でこの甲子園を終われるように――。

March 29, 2007 07:09 PM

2007年03月28日

大阪桐蔭の本当の強さは選手一人一人の芯の強さに

3-28.jpg「スリルがありましたね!」試合後、大阪桐蔭の山口祥継君(三塁・3年)は、笑顔で話してくれました。「逆転される危機感はなかったけど、追われる緊張感かな。ゲームを楽しんでできました」林君の課題は守備。実は、試合中にボーっとしてしまう癖があるのです。「ボールが飛んできたときにビックリしちゃうんです(笑)」この試合、三塁に飛んできた球がイレギュラーしてしまったものの、難なく裁いてアウトに。「オマエ、ボーっとしてるんちゃうか!」と監督の怒鳴り声。「慌ててベンチを見たら、監督もみんなも大笑いしてました。よっしゃ、次は絶対にやったる!って思いましたね(笑)」去年までは、失敗をすると悔しい表情を出してしまい、チームの雰囲気を悪くさせ、よく監督に怒られていました。でも、今年の林君は違います。ベンチにニッコリと笑顔で返しました。(写真左から堀拓真君と山口祥継君。森川真雄君)

山口君のこの春の課題は「チームのために」です。一昨年9月、1年生の時のこと。練習中のクロスプレーで右手首を痛めてしましました。以来、だましだましプレーしてきたものの完治せず。昨年12月にそのじん帯を手術。「センバツ出場は嬉しかった。でも、僕は手術をしなくちゃいけない。もう出られないかもしれない。部屋で一人でずっと考えこんでしました」山口君の落ち込んでいる姿に、みんなが次々に声をかけてくれました。「はよ帰ってこいよ」と。
「本当に嬉しかった。そこで気持ちが吹っ切れました。早く直してチームのために頑張ろうと思いました」
手術から約2ヶ月のリハビリ。練習ではみんなが練習している後ろで走るだけ。「できない自分が悔しい。みんながうらやましかったです。人は無くなって初めてその大切さに気がつくもの。そのとき、山口君は野球ができること。そして、バットを振れることがどれだけ幸せなことかわかった、と言います。そして、「ケガがあったからこそ今があると思うんです。1球、1打席を大切にするようになったし、チームのために自分は何ができるか、という考え方に変わりました」

昨夏の、甲子園で使った帽子のひさしには「全力」と書いていました。「去年は2年生で、先輩が連れてきてくれた甲子園。正直、自分が打てなくても誰か打ってくれる、と思っていました。でも、今年はチームが勝つために、自分は何をしなくちゃいけないかを考えています」この春は帽子のひさしに「One for all all for one」(一人はみんなのために、みんなは一人のために)と書きました。ファーストストライクから積極的に振る。苦手な守備では、甲子園前にはノックを重点的に受け、足の運びから再確認。「飛んでこい!」と、思えるようになりました。
 
苦しみを知っている人間は、とても芯の強い人間だと思います。中田君が活躍する中で、こうした気持ちの強いチームメートがしっかりと支えている。今日は大阪桐蔭の底力の強さを感じました。

March 28, 2007 07:06 PM

2007年03月27日

憧れの従兄弟の分まで思いっきり戦った大舞台

3-27.jpg「お兄さん、甲子園に来たかったと思います。甲子園でプレーしたかったと思います。そこに今、自分が立てたんです。思い切りプレーをして見せてあげようと思いました」と、都城泉ヶ丘の林佑太君(二塁・3年)は嬉しそうに微笑みました。お兄さんは、12歳年上の従兄弟、小島孝行さん。親戚の中で男の子はそのお兄さんと林君だけ。そのせいか、小さい頃からいつも遊び相手をしてくれました。キャッチボールの相手をしてくれたのも、お兄さんでした。(写真左から牧田英作君、竹脇優志君、桑木貴之君、そして、林佑太君)
 「僕の憧れ。優しくてよく遊んでくれました。ずっとぼくの目標だったんです」
しかし、6年前に他界。甲子園出場を夢みて都城泉ヶ丘で野球をやっていたお兄さんの意思を継ぎ、林君も同校へ進学。そして、今年、甲子園出場を手にしました。
 甲子園出発直前には、ご家族から思い出のものを、とお兄さんの写真を額に入れて渡されました。「ずっと持っています。笑顔の写真。緊張しそうなときも、その写真を見るとホッとするんですよ」
――お兄さんの分も――林君は思い切りプレーすることを心に決めました。
今日のこの桐生一戦。課題の守備では、積極的に前に出て捕球。1打席目から積極的にバットを振りました。9回表には、1,2球目の様子みて3球目。「自分の感覚でいきました」とスクイズ。「何も考えずに食らいついていこう思ったのがよかったと思います」この貴重な追加点で、都城泉ヶ丘は2対0で1勝をあげました。
 お兄さんが乗り移ったかのような、林君の積極的で、そして、元気イッパイなプレー。そっとカバンに忍ばせた写真の笑顔が守ってくれたんだね。お兄さんがいなければ、野球には出会えなかった。都城泉が丘にも進学しなかった。そして…甲子園を目指していなかった。この勝利は、この大舞台に導いてくれたお兄さんへの恩返しかもしれないね。
―「1勝できたよ。次も頑張るからね」―
甲子園の空に向かって、林君は天国にいるお兄さんに誓っていました。

March 27, 2007 07:04 PM

2007年03月26日

3人のライバル物語。再会を誓った甲子園

3-26.jpg「3人で、甲子園で再会しよう!」中学卒業のとき、3人はそう誓いあいました。野村祐輔(広陵・投手)君、中村将貴(関西・投手)、七瀬雅士(報徳学園・三塁)は中学時代、「倉敷ビガーズ」というチームで一緒にプレーしていました。当時は、中村君がエースで野村君が2番手投手。二人は、チーム内でライバルとしてエース争いをしてきました。それぞれは、違う高校へ入学。そして、次の再会は甲子園で、と誓ったのでした。(写真左から野村祐輔君、中村将貴君、七瀬雅士君)
 地元岡山を離れ隣県の広島、広陵へ進学した野村君。「入学したときから、厳しい練習にも弱音ひとつ吐かずに取り組む子ですね。見ていても、とても芯の強さを感じます。内に秘めているものがあるのでしょう」と、市場部長。全体練習で10㎞の走りこみ。終わってからも一人で黙々と走る。バント処理の練習は毎日350球近く。「どんなに苦しい練習でも、甲子園で勝つことだけを意識してやってきました。練習中のひとつひとつのプレーもそう。意識を高くもつことで集中力が増すんです」そして…心の奥には、中村君、七瀬君に負けない。あの約束を果たすまでは。そして、背中には「1」の数字をつけて、再会するのだと固く信じて。
 今日のこの試合でも、どんなピンチにも、「強気」で攻め続けました。「弱気になってはいけない。気持ちでいくしかない。焦らずに、しっかり投げようと思いました」12安打を浴び4四死球。8回以降は毎回得点圏に走者を背負いましたが「気持ち」で投げ続けました。10回1死満塁の場面も、スライダーでダブルプレーに仕留める。心の中では、「絶対に負けない」といい続けました。
試合後、野村君は言いました。
「報徳が負けて残念です。でも、関西が残っている。中村にも頑張って欲しいです。僕も負けられませんからね」とニッコリと笑顔をみせてくれました。
さぁ、関西の試合は明日。再会を果たした次は、二人の決戦! ライバル対決の実現なるか! 楽しみです。

March 26, 2007 07:01 PM

2007年03月25日

先輩と後輩、一緒に歩んだ冬

3-25.jpgベンチから飛び出した日大藤沢の福岡準也君(中堅・2年)に、背番号18の津田寛行君が声をかけました。「この後のバッターは長打がないから、少し前で守れ!」「はい!」元気よく返事をしてセンターのポジションにつきました。
 福岡君はメンバーの中で唯一の2年生。昨秋、神奈川県大会の横浜商戦。走塁ミスで得点のチャンスをつぶす失敗。試合には勝ったものの、自分のミスがなければもっとラクに勝てたかもしれない。ベンチでうつむく福岡君に津田君が声をかけました。「気にするなよ!」。福岡君はこの時の言葉を忘れません。「優しく声をかけてくれた。本当に気持ちがラクになって、次の試合は切り替えてできました」
 この冬、津田君は、福岡君の走塁練習をこまめにチェック。ミスがあればアドバイスをしてきました。時には二人で残って練習も。ずっと練習の相手をしてきました。そして今日の宇部商戦。7回表、相手失策で出塁。ショートゴロの間に三塁へ。しかしバッターが三振で倒れホームインすることはできませんでした。でも、この甲子園の大舞台で臆することなく、堂々とプレーした福岡君。昨年秋、ベンチで下を向いていたあの姿はもうありません。
「この冬を越えて本当にたくましくなりました。のびのびとチームの中心選手としてプレーしてくれている。本当、嬉しいです…」と後輩の成長に、涙をポロリとこぼしました。一緒に頑張ってきた。だからこそ、甲子園での1勝を分かち合いたかった。でも、この春の甲子園でそれを成し遂げることはできませんでした。悔しさで泣き続ける津田君。
「夏、また先輩と一緒に甲子園に来たい。今度は必ず勝ちます!」
先輩のためにも、もっともっと頑張らなきゃね、福岡君! 先輩と後輩の絆が生んだ甲子園物語は、夏へと続くのでしょう。

写真右が福岡準也君。唯一の2年生も、先輩たちといつも仲良しです。

March 25, 2007 06:59 PM

2007年03月24日

主将で学生コーチ。声でチームを引っ張った県和歌山商、吉見允志君

3-24.jpg 1回表。三塁ベースコーチに立った吉見允志主将(県和歌山商・3年・主将)は、深呼吸をしてから、大きな声を出しました。「よっしゃー、やったろか~!」
 この声が、県和歌山商の攻撃ののろし。その後も、吉見君は三塁ベースから、選手たちを声で盛り立てました。
 試合後、その声はすっかりかれていました。
 「学生コーチをやるようになってから、もうずっとこの声なんですよ」とニッコリ。でも、不思議とその声は、決して大歓声に紛れることなく選手たちの耳に届きます。
「今日も、“思い切っていけ!”って吉見の声がしっかり聞こえました」2番バッターの田谷恭平君(三塁・3年)。プレーヤーとしてフィールドに立てなくっても、ちゃんと主将としてしっかりと声でリードし続けました。
 昨年秋、面倒見のよさ、そして統率力を米原監督に評価され、主将に指名されるとともに、学生コーチとしてチームをバックアップして欲しい、と打診されました。「最初は選手でなくなることが嫌でした。監督さん、両親や周りの人に相談しました。でも、これも大事なチームの仕事。僕の役割なんだと引き受けました」練習ではノックも打ったり、同級生はもちろん、後輩たちの練習にも夜遅くまで付き合う熱心ぶり。チームからも、大きな信頼を置かれる、欠かせない存在になりました。大阪に入ってからも、調子を落としていた前原浩平君(二塁・1年)にバッティングピッチャーとして練習の相手をしていました。その前原君、試合では2安打1打点。この活躍は、吉見君の学生コーチとしての成果だね。
「これが自分の仕事だと、それを全うしてくれました。負けましたが、いいムードで試合ができた。それは、吉見のおかげでしょう」と米原監督もあたたかい視線を注ぎました。
 吉見君、三塁ベースコーチから見た甲子園はどんな風に見えたかな?
 「はい! 歓声がすごく多くて。選手の動きはかりでなく、スタンドも見渡せる。プレーのしやすい球場。それが甲子園でした」
 ニッコリと胸を張った吉見君。そのかれた声が、とても誇らしく感じました。

写真は吉見君が率いる県和歌山商ナイン。吉見君同様、みんな明るく元気イッパイ!


March 24, 2007 06:53 PM

2007年03月23日

「全員野球」に託した仙台育英・武子主将の思い

3-23.jpgぎゅっと握り締めたその手の中には、ユニホームをかたどったお守りがありました。9回裏、無死一三塁と一打同点、長打が出ればサヨナラのチャンスでした。仙台育英の主将、武子仁大君(左翼・3年)は「もう信じることしかできない。このチームにはきっと何かがある!」そう、心の中で祈り続けました。そのお守りは、昨夏の夏の県大会。ベンチ入りできなかった先輩たちが徹夜でひとつひとつ手作りで作ってくれたもの。お守りには部員数の“77”と刺繍されています。 “77”人の思いをこめた夏の甲子園は2回戦進出を果たしました。「ドラマはこれから。絶対に…」このお守りに思いを託しました。しかし、凡打であえなくゲームセット。「まだ、自分たちには何かが足りないということを教えてくれたんでしょう」と試合後、悔しいそうにつぶやきました。
 武子君は、昨秋、主将に任命。当時は、試合で打てないとすぐに落ち込んでしまうマイナス志向。しかし、東北大会で、エースの佐藤君からこういわれました。「キャプテンなんだから気にするな。チームメートのみんなが見守っているから大丈夫だよ。オマエが暗くなったらチームもダメになるよ」と。以来、誰よりも先に気持ちを切り替えて、元気な声で明るくチームを盛りたててきました。
2年前、仙台育英に憧れて茨城から野球留学。しかし、最初は慣れない環境にホームシックにもかかりました。「知っている人も誰もいない。ここで2年半は辛いなぁって思ったんです」しかし、そんなとき元気のない武子君に「頑張ろう」「一緒に甲子園に行って活躍しよう」と声をかけてくれたのは、先輩とチームメートでした。また、頑張ろうと思った理由がもうひとつありました。韓国人の母親をもつ武子君。そのお母さんは、アジアで活躍するメークアップアーティストだそうです。小さい頃は、お母さんと一緒に韓国に住み、アジア各国を飛び回った経験も。「韓国は18歳から徴兵制度がある。同じ年代の子たちが苦しい思いをしている。僕だって今ここで苦しいって弱音を吐いちゃいけない。頑張らないと!」そう自分に言い聞かせて歯を食いしばりました。
 77人の思いを乗せて戦った昨年の夏、そして甲子園。「自分たちに足りなかったことは、結局、由規頼みになってしまったこと。もっとみんなレベルアップしてそれを直さなければ」先輩たちから受け継いだ「全員野球」で、再び甲子園、そして頂点を目指します。その中心には、元気にチームを盛り立てる武子君の姿があるはずです。

写真は優勝旗を持つ武子君。韓国語、英語がペラペラのバイリンガルです!

March 23, 2007 06:51 PM

久しぶりの再会に…笑顔の大阪桐蔭・中田翔君

23-1.jpgいよいよセンバツが始まりました! 出場校が決まって約2ヶ月。ここ甲子園に終結して、熱戦が繰り広げられます!
今年も、ヨシネーは甲子園に乗り込んで、選手たちの熱戦の様子をレポートします。
どうぞよろしくね!

今年はどんな選手が登場するのかなぁ~…と、期待いっぱいで、開会式の行進を控えた選手たちのもとへ。
「こんにちは!」
一番最初に、イッパイの笑顔で挨拶してくれたのが、な、な、な~んと中田翔君!
ひさしぶり~! 元気だった?
「はい! めっちゃ元気です!」
今年は、肩も完治して投手として復活。あ~っ、田中君、背番号、見せて見せて!
ニッコリ笑って振り向いた背中には「1」
去年の夏は背番号「7」。肩を痛めて外野で出場。チームのピンチにも、マウンドには決して上がることはできませんでした。
「調子もよくなってきましたよ!」
と、ニコニコ。良かったね! 

いつも礼儀正しく。そして、ハキハキと答えてくれる中田君。たくさんの記者に囲まれても、どんなときも、その姿勢は変わらず。周りからの評判もものすごくいいのです。これだけ注目されている中でも、チームからは決して浮くことがありません。いつもチームメートとじゃれあって楽しそう。技術はもちろんだけど、いつも平常心で、明るく元気なモチベーションを保っているのが、中田君の芯の強さなんじゃないかな~って思います。

「写真、撮ってください!」
隣には、仙台育英のエース、佐藤由規君!
由規君も、中田君と一緒に写真を撮りたかったって、自らデジカメをポケットに入れて来たそう。二人でニコニコでツーショット写真。
中田「調子どう?」
佐藤「うん、いいよ」
中田「対戦するかもね」
佐藤「よろしくね」

今大会、注目の二人の投手。この微笑ましい光景に思わず、ドキドキしちゃいました。
(上の写真がそのとき撮ったものです!左が仙台育英の佐藤由規君、右が中田翔君です)

さて。試合の方は、というと。7回を1安打無失点。7四死球と制球力に苦しんだけど、ここというところでは球威で抑える。打撃は無安打も、チームメートがコツコツと点を重ねて7対0と快勝しました。

「今日は粘り強いピッチングができました」と試合後もニッコリ。

次はどんな試合を見せてくれるのか! 次も笑顔で平常心! いつもの中田君で頑張ってね!

March 23, 2007 05:34 PM