ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2006年08月12日

鹿児島工・エース榎下陽大君。あの時、辞めなくてよかった…

0812-A.jpg「今日はストレートを低めに集めて強気で投げることができました。弱気になったときもあったけど、たくさんの声援が聞こえて。こんなに応援してくれているんだ、と自分に言い聞かせて、気持ちを立て直すことができました。こんな大観衆の中で野球をするのは初めてのこと。緊張したけど、嬉しかったです」
 鹿児島工のエース、榎下陽大君(写真)は、試合後、そう言ってニッコリ。
「自分の持ち味は、強気にストレートで押して、真っ向勝負、力対力の勝負だと思います」
高知商との初戦、早いカウントで打たせて捕る。追い込んでからも変化球で逃げないピッチング。最終回、無死二塁の場面で下茂君にマウンドを譲りましたが、8回0/3を被安打10で2失点と粘り強いピッチングを見せてくれました。

――強気で粘り強いピッチング――それは、これまで、榎下君にとって大きな課題でした。
1年生の秋から背番号1。1年の秋季大会では九州大会出場。しかし、センバツ出場はなりませんでした。
「悔しくて悔しくて。そこから、冬の間、あらためて練習しなおしたんです。何が足りなかったのか。それは強い気持ち。ピンチになるとどうしても逃げてしまう弱さがあった。冬は、練習の1つ1つを絶対に妥協しないで、精神面も鍛えることに力を入れました」
 でも、迎えた2年の春、NHK大会で黎明高校にコールド負け。何のために、厳しい練習をしてきたのか。必死に耐えてきたのか。すべてが空しく思えてなりませんでした。
「野球なんて辞めよう…」
そう思った榎下君に、中迫監督が言いました。
「途中で投げ出すな。一緒に頑張ろう」と。
翌日から、全体練習が終わった後、中迫監督は榎下君に付ききりで練習をしてくれました。
「こんな僕だけど、監督は期待をしてくれているんだと思いました。本当にありがたくて。必ず、監督を甲子園に連れて行こうと思いました」と榎下君。
 監督と一緒に練習した日々。強い気持ちで、粘り強く。気持ちを決して抜かずに集中した練習が榎下君を強気なエースとして生まれ変わらせたのです。
「僕の背番号“1”は、監督、チームメートへの感謝の気持ちを込めて背負っているんです。今までの僕の成長を、少しでも見せられるピッチングをこの先もしたいです」

榎下君の甲子園はまだ始まったばかり! 次も強気のピッチングを見せてねo(^-^)o

August 12, 2006 11:52 AM