ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2006年08月16日

今治西のボール1球作戦とは!?

0816-A.jpg今治西には選手の間での「必勝作戦」がありました。
名付けて「ボール1球作戦!」(写真は左から、熊代聖人君、山本大輔君、宇高幸治君、崎原悠介君)
「攻撃の時、相手投手が1球投げた瞬間に、全員でベンチで盛り上がる作戦です」と宇高幸治君。
春の県大会、劣勢だったときに、宇高君の合図で始めたこの作戦。相手投手がビックリして、そこから打線が爆発! また、味方の悪い雰囲気をガラッと変えたい時にやると効果があるのだとか。
熊代聖人君(投手)「ボール1球作戦がひときわ目立つように、みんなでその前は静かにするんです」
山本大輔君「宇高がみんなに、シーって言って静かにさせる。」
宇高君「山本の合図で、相手投手が1球投げた瞬間にワァ~って一斉に声を出す!」

初戦はもちろん、そして、2回戦の文芸星大付戦でも、この「ボール1球作戦」をやっていたんだよ! 文芸星大付戦では、4回表、ダメ押しの8点目が入ったとき、実は全員がベンチの前で「ワァ~」って大声をあげていたのです! これが今治西の勝利の方程式!?と楽しく試合を見せてもらっていました。

 …でも、今日の3回戦、日大山形戦。ベンチにはそれらしい動きが見えませんでした。そして、延長13回、サヨナラ負け。試合後、山本君が言いました。
「今日は、何かみんないつもと違った。そんな雰囲気じゃなかったというか…。余裕がなかったのかなぁ…」と首をかしげました。そっか、どこかで自分たちらしい”明るさ”を失っていたのかもしれないね。
でも、上下関係なく、みんな仲が良くて。チームワークのよさは、今日の試合でも見せてくれたよ。
13回表、暴投で同点。そして犠牲フライで逆転サヨナラ負け。泣きじゃくる2年生エースの熊代君に、
「アイツがいなければここまでこれなかった。本当によく頑張ってくれたと思います」と宇高君。
「いつも明るくチームを引っ張ってくれた。宇高がいなければ、このチームは成り立たないんです」と山本君。
みんながいたからここ、甲子園に来られた。
みんながいたから、野球ができる。
仲間とともに戦った日々。負けはしたけど、今治西ナインの涙は充実感でイッパイでした。

来年もまたここでーー。ボール1球作戦、見せてくれるかな?

August 16, 2006 03:43 PM

2006年08月15日

駒大苫小牧・奇跡の大逆転。チームのムードメーカー三谷忠央君が呼び込んだ勝利!

0815-A.jpg「神様がきた! 奇跡がありました!」
試合後のお立ち台。サヨナラ打の興奮が冷めない三谷忠央君がそう叫びました。(写真右)
 9回裏、同点に追いついた二死一塁。
「絶対に俺が決めてやる」三谷君が打った打球は左中間へ! やった!やった!サヨナラだ! 思わず、記者席でガッツポーズしちゃったよ\(^O^)/
4回表には、7対1と引き離された時は正直、もうダメかと思ったよ、ホント。
8回には、山口君、小林君の連打で8対8の同点に! 今大会、不振だった二人の活躍には、涙が出そうだった。二人とも、最近は打撃の話をしたがらなくて、守備の話ばかり。今大会、今持っている力をどこで発揮できるか。チームのために、役目を果たす場所はどこか。手探りで探していたように見えた二人の活躍。ホントに嬉しかった! 気がつけば、初戦、みんなベンチに座っていたみんなが、ベンチの前に立って身を乗り出して一生懸命声を出していた。全員で戦っていた。甲子園のお客さんも、そんな一生懸命な駒苫ナインに大歓声と拍手喝さい。
「こんな大きな拍手を受けて打席に立つのは初めてのこと。本当に感謝の気持ちイッパイになりました」と三谷君。みんなの野球は間違っていない。そう、自信を持っていいんだよ。
 試合後、控えの選手たちと目が合うと、胸をホーっとなでおろす仕草。
「マジでヤバイと思ったよ」「いけるいける!って声はかけてたけど、内心、ドキドキだったもん!」
みんな、ホント嬉しそうな顔!
今日、サヨナラを打った三谷君はチームで本間君、西田君に並ぶムードメーカー。今日も、静まりがちなベンチで「元気出していこう!」と声をかけ続けたのが三谷君でした。
そして、最後には自らのバットで勝利を呼び込んだ。今日は三谷デーだったね。
さぁ、いよいよベスト8「3年生最後の夏。やるからには、優勝旗をもう一度持って帰ります!」
人生を変える出来事は、まだこれからだよ!
みんなの思いは1つ。
駒苫の夏は、まだまだ終わらない、いや、絶対に終わらせない!

August 15, 2006 01:09 PM

2006年08月12日

鹿児島工・エース榎下陽大君。あの時、辞めなくてよかった…

0812-A.jpg「今日はストレートを低めに集めて強気で投げることができました。弱気になったときもあったけど、たくさんの声援が聞こえて。こんなに応援してくれているんだ、と自分に言い聞かせて、気持ちを立て直すことができました。こんな大観衆の中で野球をするのは初めてのこと。緊張したけど、嬉しかったです」
 鹿児島工のエース、榎下陽大君(写真)は、試合後、そう言ってニッコリ。
「自分の持ち味は、強気にストレートで押して、真っ向勝負、力対力の勝負だと思います」
高知商との初戦、早いカウントで打たせて捕る。追い込んでからも変化球で逃げないピッチング。最終回、無死二塁の場面で下茂君にマウンドを譲りましたが、8回0/3を被安打10で2失点と粘り強いピッチングを見せてくれました。

――強気で粘り強いピッチング――それは、これまで、榎下君にとって大きな課題でした。
1年生の秋から背番号1。1年の秋季大会では九州大会出場。しかし、センバツ出場はなりませんでした。
「悔しくて悔しくて。そこから、冬の間、あらためて練習しなおしたんです。何が足りなかったのか。それは強い気持ち。ピンチになるとどうしても逃げてしまう弱さがあった。冬は、練習の1つ1つを絶対に妥協しないで、精神面も鍛えることに力を入れました」
 でも、迎えた2年の春、NHK大会で黎明高校にコールド負け。何のために、厳しい練習をしてきたのか。必死に耐えてきたのか。すべてが空しく思えてなりませんでした。
「野球なんて辞めよう…」
そう思った榎下君に、中迫監督が言いました。
「途中で投げ出すな。一緒に頑張ろう」と。
翌日から、全体練習が終わった後、中迫監督は榎下君に付ききりで練習をしてくれました。
「こんな僕だけど、監督は期待をしてくれているんだと思いました。本当にありがたくて。必ず、監督を甲子園に連れて行こうと思いました」と榎下君。
 監督と一緒に練習した日々。強い気持ちで、粘り強く。気持ちを決して抜かずに集中した練習が榎下君を強気なエースとして生まれ変わらせたのです。
「僕の背番号“1”は、監督、チームメートへの感謝の気持ちを込めて背負っているんです。今までの僕の成長を、少しでも見せられるピッチングをこの先もしたいです」

榎下君の甲子園はまだ始まったばかり! 次も強気のピッチングを見せてねo(^-^)o

August 12, 2006 11:52 AM

2006年08月11日

佐賀商・2年生記録員、中村君の思い

8回裏、桐生一にツーアウトから4本の長短打と1つの四球で3点差をひっくり返されて逆転負けを喫した佐賀商。(佐賀商5対6桐生一)
まさかの敗戦に試合後の通路で選手たちは涙…涙。
その隅っこで、泣きながら小さい手帳に何かを書いている選手がいました。記録員としてベンチ入りした中村祐士君(2年・マネージャー)でした。
そこにはこう書かれていました。

『本当に凄いところ(甲子園)で、
 流れに逆らわず終盤まで2点に抑えていて、
 必ず試合が8、9回で動く予感がした。
 8回2アウトをとってから、余裕とスキが見え始め、
そしたら、2アウトから4点を取られて
 とてもこの4点は大きかった。
 地方大会で見せた粘りをここで見せることができませんでした。
 この1年間、苦しい練習を頑張ってきて、
 みんなを一生懸命サポートしてきた。
 また初戦突破ができなかった。
 来年、必ず勝って、またここに帰ってきて
次は必ず勝つ』

「今の気持ちを…すぐに書いておこうと思って…」と中村君。
“8月10日 初戦 桐生一戦”と書かれたそのページには、
試合に持って行くもの、準備するものが細かくメモされていました。
2年生でマネージャーを務める中村君。昨秋、新チームになったときはなかなか、先輩たちに要望が言えずに苦しい時期が続きました。
「こうすれば絶対に良くなるだろうと思うことでも、先輩たちが怖くて言えなかったんです。でも、それに気づいてくれて。“何でも思ったことを言ってくれ”と言ってくれました。すごく嬉しくて。それからは先輩でも何でも言いあえるいい関係を築くことができたんです」
昨年夏は、1安打で悔しい敗戦を喫した甲子園。この夏は必ず甲子園で1勝を勝ち取るために。「先輩も後輩もない。一丸で頑張ろう」と主将の中山亮君(遊撃・3年)も、中村君をサポートしてくれました。監督、部長先生、コーチの指示を忘れないように、ずっとメモを取り続けてきた今年の手帳。実は、甲子園練習でも、忘れ物をして大失敗。初戦では絶対にそんなことがないように、と、細かくチェック。この日は、試合に必要なもの、すべてを揃え忘れ物なく完璧な状態で試合に臨みました。
「9回…2アウトになっても、誰一人として涙を見せずに、逆転を信じて戦いました。負けていても、絶対にあきらめないその粘り強さは、佐賀商の伝統。それを引き継いで、新チームになっても頑張ります!」
08-10-A.jpg試合後、3年生の先輩たちは、「今までサポートしてくれて、ありがとうな」と中村君に声をかけました。 この日のメモを記したそのページの最後に、今のこの悔しい気持ちを忘れないように。
号泣する選手たちの隅っこで、泣きながら記したこの気持ち。絶対に忘れないよね、中村君。
来年は、笑顔でこの通路で気持ちを書くことができるように。さぁ、来年の甲子園勝利に向けて頑張ってね!【写真は、佐賀商の3年生。上段左から中山亮君、西村昴樹君、山口哲志君、下段左から秋月靖親君、大隈浩君、森田修平君】

August 11, 2006 10:54 AM

2006年08月08日

千葉経大付・斎藤選手、監督、チームメートへの恩返し

08-08-B.jpg「俺に任せろ! 絶対に守って助けてやる!」
6対6で迎えた10回表。八重山商工の攻撃。
千葉経大付の斎藤将吾君(三塁・3年)はチームメートに告げて、ベンチから飛び出していきました。この回3失点。斎藤君が守備についた三塁にボールは飛んできませんでしたが、マウンドの江沢君(投手・3年)に、内野陣に、大きな声をかけて盛り立てながら、一生懸命守りました。【写真中央が斎藤君】

「ここまで支えてくれた監督やスタッフ、チームメートに勝って恩返ししたかった…」と試合後の通路で悔しそうな顔の斎藤君。
ううん、斎藤君。監督がね、さっきお立ち台に上がって開口一番、
「選手たちを思いっきり誉めてやりたいと思います」って胸を張って言ってたよ。
そう、私が言った瞬間、斎藤君の目から涙がポロポロ。
それを見た私までもウルウル。二人して、通路で泣いちゃいました (;^_^A

斎藤君は、2年前の夏、ベスト4進出を果たしたチームの斎藤祐樹選手の弟。
「兄と同じ背番号16をもらったんですよ! 野球も兄と同じで守備が得意です。斎藤家のDNAかな(笑)」と甲子園練習のとき話してくれていました。
でも、実は今年の冬、影ながら努力し続けて手に入れた背番号だったそうです。
今年の冬、守備でスランプに陥り、毎日、監督から怒られてばかり。何としてもうまくなりたい。メンバーに入りたい。その一心で練習後、コーチやチームメートの大野貴弘君(3年)に声をかけてノックを打ってもらいました。毎日、100本近く。来る日も来る日もノックを受け続けました。
「毎日監督に怒られてばかりだったけど、それでも一生懸命な斎藤に、何とかしてベンチに入ってもらいたい。そう思いながらノックを打っていました」と大野君。

春を迎えてもなお、結果が出ずに落ち込んでいる斎藤君に、松本監督が声をかけました。
「斎藤、オマエは守備練習をこの冬、人一倍やってきたんだろ。自信もってやれ!」と。
監督は知っていました。冬の間、ノックを受け続けた斎藤君の頑張りを。
「監督にそう声をかけてもらってから、自信を持って守ることができるようになりました。だから…今日は監督にも、ノックを打ってくれた大野にも、勝って恩返しをしたかったんです」

確かに、勝利も恩返しの1つでしょう。でも、最後の回の守備が、斎藤君にとっての恩返しだよ。試合後、大野君は言っていました。
「自信を持って守備についている姿はとっても頼もしかった。この冬、練習してきた成果ですよ」と。
チームメートが、そして監督も認める斎藤君、努力の高校野球、そしてその結果の甲子園だったね。

泣き崩れる選手たちを見て、最後に松本監督が言いました。
「泣くな、頑張ったじゃないか。この夏、千葉県大会をノーシードから勝ち上がってきたチームなんだよ。もっと誇りを持とう!」

初戦突破はなりませんでした。でも、大会屈指の右腕、八重山商工の大嶺君から10安打、6点を奪って最後まで苦しめた、斎藤君始め千葉経大付の選手たちのこの夏、甲子園での奮闘は、忘れません…。

August 8, 2006 12:09 PM

2006年08月07日

開星・1年生投手、小池投手。先輩たちがくれた大舞台

0807-1-C.jpg8回表、二死三塁。開星3番手としてマウンドにあがった小池洋史君(投手・1年)に向かって、内野から、ベンチから。開星の選手たちの声が飛び交いました。
「大丈夫だ、打たせて来い!」「オマエは1年生なんだ。思い切ってやれ!」
得意の低めのスライダーで三振。
「コントロールがよくなかったけど、精一杯投げました。(2/3回を投げ被安打1)先輩たちから、声をかけてもらって、とても心強かったです」と、敗戦にも満足げな顔を見せました。

小学校5年のとき、テレビで見た甲子園の試合。大差で負けていたチームが最終回にホームランを打ったシーンに胸を打たれました。
「甲子園の大舞台で最後まであきらめない野球。僕も甲子園でプレーがしたい、と思いました」と小池君。
中学時代は市の夏体連で優勝。県大会でベスト8。甲子園を狙える学校に行きたい、とこの春、開星に進学。入学後はレベルの高さに戸惑いましたが、そんな不安を消してくれたのが先輩たちでした。
「2年生エースの吉田さん(悟=投手・2年)、三園さん(卓哉=投手・3年)が、フォームの悪い点を修正してくれました」
入学して1ヶ月、5月のこと。
「投げるときに、ヒザが開いてしまうから、ボールの力が落ちるんだ」とアドバイス。
「先輩たちの言うとおりにフォームを修正したら、いい球がいくようになった。実はそれまであまりピッチャーが好きじゃなかったんですが、球の伸びも出てきて思ったところに球がいくようになった。ピッチャーが好きになりました」
そのおかげで5月下旬にはメンバー入り。中国大会では決勝の関西戦、9回の1イニングに登板。この夏もメンバー入りして初めての甲子園を経験しました。
それまで、小池君はマウンドで弱気になってしまうことが課題でした。
「だいぶ、マウンド度胸がついたと思います。今日も負けはしたけど、堂々と投げることができました」
先輩たちにもらった自信。先輩たちが作ってくれたこの大舞台で、大きな自信を手にした  小池君。
試合後の通路で、「オマエにはあと2年あるだろう。頑張ってまた来いよ」3年生が次々と小池君の肩をポンポンと叩いていきました。
「みんな優しくて、厳しいところもあって…。頼れる先輩たちでした。これから、先輩たちから学んだことをしっかり生かして今後の野球に生かしたいと思います」
それまでうつむいていた顔をぐっとあげ、胸を張った小池君。先輩から後輩へ受け継がれた甲子園の思い。来年は、先輩たちの分までこの甲子園で、このマウンドで。いいピッチングを見せてね!

August 7, 2006 07:38 AM

2006年08月06日

三重・中村主将、「ありがとう」の気持ちを込めた選手宣誓

0806-1-A.jpg――仲間、家族、先生、そして今まで支えてくれた多くの人たちへのありがとうの気持ちを白球に込め、真剣味あふれる全力疾走、全力プレーで日本中を熱くすることを誓います――
開会式で、三重高校の主将、中村浩樹君(中堅・3年)は、元気いっぱいに選手宣誓! さぁ、いよいよ2006年、夏の甲子園のスタートです!
夜、宣誓を終えた中村君を訪ねて三重高校宿舎に行ってきました。(写真は三重高校主将、中村浩樹君)
「一番伝えたかったこと。それは“ありがとう”の言葉です。野球をやらせてもらう中で両親や、指導者の方々には本当に感謝しています。でも…いつもはは恥ずかしくてなかなか口に出して言えません。これがいい機会かと思って宣誓に入れました」

両親へのありがとう――中村君は親元を離れ、寮生活をしています。毎日の生活の中でも親のありがたみを感じるといいます。
例えば洗濯。「中学までは、練習着やユニホームも脱ぎっぱなしでした。でも、高校で自分で洗濯をしてみて、すごく大変なことに気がつきました。土って落ちにくいんですよ。一度手でごしごし洗わないとダメ。これまで、両親に苦労をかけていたんだなぁと思いました」自分が野球ができるのは、両親が自分のために働いてくれているから。日々の生活で、ひしひしと感じていました。そして、試合のたびに球場に足を運んで、「頑張りや」と温かい声をかけてくれる。そんな両親に「ありがとう」の気持ちでイッパイでした。
「今、こうして頑張れるのは親のおかげだと思います」

さぁ、次は初戦です。「ありがとう」の気持ちを今度はプレーに込めて。思う存分甲子園を走り回ってね!


白樺学園、大内野球部部長の「ありがとう」0806-2-A.jpg
「おマエら、すげーな、ホントにすげーな」
8回の攻撃。選手たちのプレーを見ながら、白樺学園の野球部部長、大内康至さん(写真中央)はそうつぶやきながら、溢れる涙をぬぐいました。
「8回で中川が三者凡退で抑えて元気にベンチに戻ってくる姿。みんな決してあきらめずに必死に攻撃し続ける姿を見て、コイツら本当にすげーって涙が出たんです」
その涙には、「ありがとう」の気持ちが込められていました。

 私は以前、大内さんを取材をさせてもらったことがありました。それは日大三のグラウンド。5年前に日大三が優勝した後、グラウンドに取材に伺ったとき、新チームを相手に、ずっと投げ続けるバッティングピッチャーがいました。それが大内さんでした。小倉監督、そして選手たちは口々に言いました。「大内さんのおかげで勝てました」と。甲子園の星でも、「影の立役者」として紹介させてもらったことも。日大三のOBで、当時は日大の学生。日大準硬式野球部に在籍し、その練習が終わると毎日、日大三のグラウンドを訪れ、選手たちのバッティング練習の相手をしていました。何100~200球もの球を投げ、選手たちは打撃を強化。日大三強打の影には、大内さんの影の力があったのです。
 日大を卒業と同時に、北海道白樺学園に赴任。野球部長に就任しました。
「最初は、”俺は三校出身だ”っていう気持ちもあって。俺の言うとおりにすれば勝てるから、と言ってやっていたんです。でもなかなか勝てませんでした」
この3年間、夏の南北海道大会では準決勝敗退。
「準決勝の厚い壁。正直、自分の野球はそこまで通用しないんじゃないかって思う部分もありました。本当に甲子園に行けるのだろうか。俺自身、甲子園に行くような人間じゃないのかなもしれない、とまで思うこともありました」
しかし、選手たちは、それまでの負けを決して無駄にはせず。負けを反省し課題を見つけ克服。今年はその積み重ねでつかんだ甲子園でした。
「選手たちがこうやって1つ1つ乗り越えてくれた。甲子園という大舞台で野球をやらせてもらって、ベンチからいい試合を見せてもらった。本当に“ありがとう”という気持ちでイッパイでした」と、大内さんは再び目を潤ませました。

試合後、泣き崩れる選手、一人一人の肩を抱き、
「オマエたちの野球は全国でも恥ずかしくないよ」と声をかけました。
部長就任当時はたった30人の部員。その年の秋、新チームは18人。練習では大内さんも選手に混じって時にバッティングピッチャーとして、時に捕手として、選手たちと共にグラウンドを走り回ってきました。
「日大三の時から小倉監督の謙虚な姿勢に憧れて、僕も教員、野球の指導者を目指したのです。この学校でも同じことを教えられればと思ってきました」
”天狗になることなく常に謙虚で”。それが高校を卒業してからも一番大切なこと。日頃から、態度や礼儀は厳しく選手たちに言い聞かせてきました。試合後、目に涙をためながらも、選手たちは取材記者に対しても元気にハキハキと応える姿がとても印象的でした。
そして、最後まであきらめない、全力疾走、野球に一生懸命取り組む姿勢。
大内さんが日大三から学んだ野球。大内さんが教えてきたことは、選手にしっかりと浸透していました。
 大内さん、小倉監督に少しは胸を張れるかな?
「いえいえ! まだまだ背中から付いていきたいと思っています。少しでも小倉監督に恩返しというか。小倉監督の教えは間違っていなかった。それを北海道で教えています、っていうことを伝えられたかと思います」
 1つ1つ、自分たちの手で歴史を積み重ねている白樺学園。
「今日も帰ったら反省をして。それをチームの財産にしていきたいと思います」
次の目標は甲子園で勝てるチーム作り。白樺学園の野球はまだまだ始まったばかり。大内さんがこれからどんなチーム作りをしてくるのか。楽しみです!

August 6, 2006 10:50 AM

2006年08月05日

大阪桐蔭、中田翔君。試合前はレゲエの横揺れで集中!?

0806-4-A.jpg「引きずってる! 引きずってるよ、アツシ!」と、小さい声。今日の開会式リハーサル。49校の先頭を歩く前年度優勝、駒大苫小牧の主将、本間篤史君が優勝旗を持って行進する後ろで、田中将大君と岡田君がクスクス笑いながら声をかけていました。この優勝旗、実はとっても重いらしく、行進をしているうちに、段々旗が下がってきて旗の先を引きずって歩いていたのです。本間君の手も、握力が落ちてプルプル。 と大きな体格の本間君でさえ、そうなんだからよっぽど重いのね。「重くて右手に力が入りませんでした。野球とは違う筋肉を使うんですね~」と、リハーサルのあと、汗をいっぱいかいた顔で苦笑い。「明日は絶対に引きずらないようにしますよ! ちょっとコツをつかんだんです!」右手と左手の幅を狭く、右手首を内側に巻き込んで持つとラクなことを発見したとか。「今日は、重くて顔がひきつっちゃいました。明日は余裕の笑顔でいきます!」先輩たちの歴史が刻まれた優勝旗。その返還で、新たな歴史を刻む、2006年、夏のスタートです。(写真は駒苫の本間篤史君)

0805-2-A.jpgさて、明日、甲子園初日には大会注目のカード、横浜対大阪桐蔭が行われます! 大阪桐蔭の中田翔君は、大会注目のバッター。地方大会では4試合連続の5本塁打。この記録は、3戦連発の清原和博選手(現オリックス)福留孝介選手(現中日)を抜いて大会史上初、通算5号は清原選手に並ぶ快挙だとか。現在は2年生ながら通算・46本塁打を放つ好打者です! そんな中田君に18の質問を聞いてみました!
 最近凝っていることは?
中田 チームメートとじゃれあうことですね。プロレス技かけたりとか(笑)。
ヨ 息抜き方法は?
中田 ベットの上で寝転がってゆっくりするときです。
 好きな音楽は?
中田 最近はケツメイシかな。
ヨ 試合に行く時は何を聞いているの?
中田 レゲエを聞いているんですよ。中学のときに友達から、これいいから聞いてみてって言われてMDをもらったんです。その時はあんまりいいと思わなかったんですが、高校に入ってから試合前に聞いて、いいな~って思って聞くようになりました。ファイアーボールとか日本のレゲエから海外のものまでいろいろ入っていて好きですね。
 好きなタレントは?
中田 あいぶさきとか。かわいいから好き!
 大阪桐蔭はどんなチーム?
中田 粘り強いチームで明るくていいチームだと思います。
 自分の性格は?
中田 負けず嫌い! 何事に関しても負けたくないという意地があります。普段の生活では出ないんですが、投げるときには出ます!
 仲良しの友達は?
中田 メンバー外だけど、西岡かな。
 自分の一番のセールスポイントは?
中田 野球では、スイングスピード。
 野球以外では?
中田 よく食べること!
 好き嫌いは?
中田 トマトは嫌いだけど、ほとんどないです。
 好きなものは?
中田 肉があったらいくらでも食べられます! 後は歌を歌うこと!
 カラオケ18番は?
中田 みんなのウケを狙う時は松山千春! でも、基本的に何でも歌えます!
ヨ 大会参加選手の誰かのこれが欲しい!
中田 駒苫の田中投手のスライダーが欲しい!
 長所は?
中田 ケンカをしてもすぐに忘れること。
ヨ 短所は?
中田 せっかちなこと。
 高校3年間でやってみたいことは?
中田 全国制覇が昔からの夢なので。高校3年間で達成したいと思います。
ヨ 今大会の目標は?
中田 思い切りいくことが大切だと思うので、大きいのを狙わずにチームバッティングをしたいと思います。

ニコニコと答えてくれた中田君。地方大会の疲れもとれ、上がり調子だとか。初戦、横浜戦の前もレゲエを聞いて気持ちを高めて頑張ってね!

0805-3-A.jpg夜は常総学院の宿舎へ取材に行ってきました。今日は淀川の花火大会。常総学院の宿舎は大阪府の中津にある三井アーバンホテルの窓からは、大きな花火が目の前で見える絶好のロケーション。取材に行くと、選手はまだミーティング中。「ホレ、ここで花火でも見で待ってろ」と持丸監督と大峰部長が、窓際にイスを置いてくれました。取材場所となるフロアは15階。目の前に遮る建物はな~んにもありません。目の前に広がる色とりどりの大輪の花火。ミーティングが終わった選手たちからも、思わず「た~まや~!」の声。しばらく花火観賞しちゃいました。甲子園でも、この花火のように、大きく輝いて欲しいな~。(写真は常総学院の宿舎から見た淀川の花火です!)

August 5, 2006 02:29 PM