ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2005年10月24日

国体 駒大苫小牧、国体Vへ驀進中! 鳴門工選手取材で、野球留学に思うこと。

10-24-1.jpg駒大苫小牧が国体優勝に向け、驀進中です! 今日の清峰戦でも、10安打を放ち7対2で勝利。夏の大会から2ヶ月のブランクがあったとは思えない活躍ぶりです。今日の先発は吉岡俊輔君。6回投げ4安無失点に抑え好投しました。
「初戦で松橋(拓也=投手)が好投したから、僕も投げたいって思っていたんです。やっぱりマウンドは気持ちがいいですね~」とニッコリ。去年の秋は背番号1。その後、今年のセンバツからエースの座を松橋君に奪われ、背番号10。脚光を浴びるエース番号の影で、いつも悔しい思いをしてきました。
ヨ「国体でも投げられてよかったね!」
吉岡「はい! 今、野球が楽しいです!」
これまで辛かったことも。一生懸命頑張った思い出も。この国体のマウンドがすべてをいい思い出にかえてくれたね。今日は、背番号10、吉岡君がひときわ輝いて見えました!
【写真は左から小山佳祐君(捕手・3年)、今日、4打数1安打の岡山翔太君(一塁・3年)、そして吉岡俊輔君(投手・3年)】

10-24-2.jpg夜は、遊学館に1対0で負けた鳴門工の宿舎に行ってきました。みんな、口々にこれまでの辛かった練習の思い出などを話した後、「でも…」と控えの三上悠君が話始めました。「親にわがままを言って地元を離れて寮で生活をさせてもらいながら3年間やってきました。スタメンにはなれなかったけど、最後は甲子園にも出ることができて親孝行できたと思います!」と。それに浅田武将君が続きました。
【写真は、後列左から宮川拓也君、浅田武将君、堀江雄太君、西村太樹君、柳田隆宏君、三上悠君】

「1年のときは下手でみんなうまくて、なかなか上にあがられへんかったけど、3年生の最後になってやっとAチーム(鳴門工はレギュラー中心のAチームとそうではないBチームとに分けています)にも入れるようになって。自分の足を生かして甲子園で盗塁も生かせて、国体にも出られた。いい思い出がたくさんできて、親に最高の恩返しができたと思います」

三上君は兵庫県、浅田君は大阪府の出身。甲子園に出場する鳴門工に憧れて野球留学しました。ちょうど、今日の夕方、NHKでは「高校野球留学について」の特集番組の放送をしていました。どんどん加熱する高校野球スカウト。野球留学を批判するたくさんの声。でも…その番組を見た後に聞いたこの選手のコメントにはウソ偽りはありません。
果たして。私が彼らと同じ年、高校3年のときに、「親孝行できた」なんて言葉を口にすることができたしょうか。高校野球が彼らを精神的に成長させた。それも、野球留学をしたからこそ。そして、辛い毎日に、仲間たちと支えあえたことが、何よりも大きな財産として彼らに残っています。
 確かに、私の出身地である秋田県は、野球留学をほとんど受け入れておらず、それもあってか、甲子園でも地元の声援が多いことは確かです。両親の下で野球をすることも、子供にとって一番の環境であることに間違いはないでしょう。どちらがいいかなんていえない。ただ。選ぶのは彼ら、選手たちなのです。大人が決めるルールなんかじゃない、と私は思うのです。

鳴門工の主将、柳田隆宏君は言います。
「僕はずっとAチームにいて、Bチームがしんどい練習をしているのを見て、大変だなぁと思うくらいでBチームの人たちの気持ちがなかなかわかってあげられませんでした。でも、昨年の秋から主将をやって、何かと監督に怒られることが多くなった。そんなときに、みんなが声をかけて支えてくれました。最初は、個人さえよければいいと思っていたのですが、初めてみんなのあたかさや大切さがわかりました。最後はみんなから“オマエがキャプテンでよかった”といわれて本当に嬉しかったし、いい仲間に恵まれたと思いました」

選手が選ぶ道。選手自身が学ぶ野球。こうして、充実した3年間を送り、満足げに国体を後にする鳴門工の選手たちを目にして、ふと、そんなことを思いました。

October 24, 2005 04:21 PM