2005年10月26日
国体 駒大苫小牧 集大成の国体優勝!
「これで3年生は引退になります。だから、試合前には“集大成を見せろ”といいました。V2を達成するまでには苦しいこともたくさんありました。そんな彼らの姿を、私自身、一人一人、目に焼き付けながら見ていました」
国体優勝を決めた直後(遊学館に9対1で勝利)、駒大苫小牧の香田監督は言いました。この大会中、一番心に残ったコメントでした。(写真は、試合後、駒大苫小牧の選手と遊学館の選手たち、みんな笑顔で集合写真です)
高校野球硬式野球は国体では「公開競技」。総合成績に加算されず、そのスポーツを全国に紹介。また交流、発展を目的とした競技をいいます。甲子園で活躍したチームが登場し、どこか勝負を度外視して、各チーム、3年生、最後の記念の大会として楽しんでプレーをする傾向にあります。でも、香田監督の心に深く残る光景がありました。それは昨年の国体。駒大苫小牧は夏の甲子園で全国制覇を果たしていながらも、国体では初戦敗退(横浜に2対6)。球場では、みんな負けても笑顔でしたが、帰りのバスの中。3年生が勝負に負けた悔しさで涙を流していたのだそうです。「勝ちたかった…」と。
「国体といっても、子供たちが勝ちたいと思っている。ならば最後まで勝負をさせてあげたい。勝たせてあげなければと思ったのです」と香田監督は振り返りました。
だから――。国体でも、駒大苫小牧は最後まで自分たちらしい野球で勝負をしました。エース松橋君が先発で好投し、中継ぎで岡田君、吉岡君。そして抑えで田中君。打っては1番林君、辻君が塁に出て足を絡めたプレー。クリーンアップの鷲谷君、本間君、岡山君が勝負強いバッティングを見せてくれる。今日は下位打線の青地君、五十嵐大ちゃん、松橋君に小山君まで打点をあげる活躍を見せてくれました。
そして――。試合の後半には、一塁コーチャーの三木悠也君、三塁コーチャーの白岩浩平君。そして、この1年間、ブルペンでずっと球を受け続けた控え捕手の津島英利君が代打で登場。これまで影で支えてくれた3人のバッターボックスに、みんながベンチから身を乗り出して声援を送りました。そんな姿に思わずジーン…。国体、全4試合で全員が試合に出場。全員野球で優勝を成し遂げました。
試合が終わった後は、全員大声で校歌を歌い。
(「こんなに大声で歌ったのは初めて!」って林君が言ってたくらい(^^♪)
そして、応援してくれたスタンドへ向かって、全員深々と頭を下げました。
「感謝すること」それは、香田監督が選手たちに一番厳しく教えたことだったからです。
まさに今日は駒大苫小牧の「集大成」でした。
みんなの高校野球が今、終わりました。
昨年から、駒大苫小牧を担当してきました。私も彼らの最後のユニホーム姿にちょっとジーン。優勝した直後、たくさんの記者に囲まれる中をかきわけて、「優勝しました!」と握手を求めてくれた青地君に吉岡君。ホントに嬉しかったよ。
たくさんのプレッシャーに打ち勝っての甲子園V2。
そして、その後いろいろな問題がありながらも、
国体優勝で駒大苫小牧の本当の強さを証明してくれた国体。
やっぱり、みんなが日本一だよ。
常に一生懸命に野球と向き合うみんなに、本当の強さを見ました。
大会ごとに強くなるみんなを見ているのは本当に頼もしかったです。
そして、どんなときも明るいみんなに元気をたくさんもらいました。
駒大苫小牧のみんな、本当におめでとう。そして、どうもありがとう!
これからも、大学、そして社会人でのみんなの活躍を楽しみにしてるね(^^♪
October 26, 2005 12:17 AM
2005年10月25日
国体 日大三、背番号1のスコアラー 決勝戦前の駒大苫小牧と遊学館
準決勝、日大三対遊学館。3対6と遊学館がリードして迎えた9回表。日大三のベンチの中からは、「雅也にまわせ~!」の大きな声が響いていました。(写真は左から日大三、関洋平君、加藤聖也君、大塚紘晃君)
国体は、3年生にとって最後の大会。日大三の小倉監督は、最後の公式戦、3年生を全員試合に出してあげたい、と思っていました。だからといって勝敗をあきらめるわけではありません。点差や、状況を的確に判断し、代打などで出場させていました。最後にたった一人。出場していなかったのが、エースの加藤聖也君でした。加藤君は、夏の甲子園以来、肩を壊しピッチングができない状態。試合には出られない。「みんなのためにできること」と、自ら志願して、ベンチでスコア書きを買って出ていました。ベンチでスコアを書きながら、プレーする選手たちに大きな声で声援を送る背番号1。そんな姿を見ながら、選手たちも、「聖也が肩を壊しているなら、代走で試合に出してあげよう!」回が進むごとに、選手たちがそう口にし始め、迎えた9回。先頭バッターの江原真輔君がライト前ヒットで出塁! 「代走、加藤聖也君」球場アナウンスが流れる中、全員が作ってくれたこの舞台に、聖也君は笑顔でベンチから飛び出してきました。 やった! よかったね、聖也君! 記者席にいた私も、思わずガッツポーズをしちゃいました(^^♪
結局、日大三打線はこの回は得点できずに、ゲームセット。でも、試合後日大三ナインは、すがすがしい表情でした。
「みんなで聖也を出してあげようって一つになれた。3年間、最後の試合。全員野球で終わることができて満足です」と主将の中山怜大君。
みんなで頑張ってきた3年間。全員で戦った最後の大会。国体らしい試合に、心がポッとあたたかくなりました(^^♪ (写真は試合後の日大三、遊学館。終わってからも仲良く話しができるのも、国体ならでは!)
夜は、明日の決勝で対戦する、駒大苫小牧と遊学館の宿舎に行ってきました! 国体は、いくつかのチームが同じ宿舎になることも。なんと、この両チームは同じ宿舎なのです。大会も4日目。すっかり仲良くなった両チーム。明日は、どんな試合を見せてくれるのかな~!
October 25, 2005 11:30 AM
2005年10月24日
国体 駒大苫小牧、国体Vへ驀進中! 鳴門工選手取材で、野球留学に思うこと。
駒大苫小牧が国体優勝に向け、驀進中です! 今日の清峰戦でも、10安打を放ち7対2で勝利。夏の大会から2ヶ月のブランクがあったとは思えない活躍ぶりです。今日の先発は吉岡俊輔君。6回投げ4安無失点に抑え好投しました。
「初戦で松橋(拓也=投手)が好投したから、僕も投げたいって思っていたんです。やっぱりマウンドは気持ちがいいですね~」とニッコリ。去年の秋は背番号1。その後、今年のセンバツからエースの座を松橋君に奪われ、背番号10。脚光を浴びるエース番号の影で、いつも悔しい思いをしてきました。
ヨ「国体でも投げられてよかったね!」
吉岡「はい! 今、野球が楽しいです!」
これまで辛かったことも。一生懸命頑張った思い出も。この国体のマウンドがすべてをいい思い出にかえてくれたね。今日は、背番号10、吉岡君がひときわ輝いて見えました!
【写真は左から小山佳祐君(捕手・3年)、今日、4打数1安打の岡山翔太君(一塁・3年)、そして吉岡俊輔君(投手・3年)】
夜は、遊学館に1対0で負けた鳴門工の宿舎に行ってきました。みんな、口々にこれまでの辛かった練習の思い出などを話した後、「でも…」と控えの三上悠君が話始めました。「親にわがままを言って地元を離れて寮で生活をさせてもらいながら3年間やってきました。スタメンにはなれなかったけど、最後は甲子園にも出ることができて親孝行できたと思います!」と。それに浅田武将君が続きました。
【写真は、後列左から宮川拓也君、浅田武将君、堀江雄太君、西村太樹君、柳田隆宏君、三上悠君】
「1年のときは下手でみんなうまくて、なかなか上にあがられへんかったけど、3年生の最後になってやっとAチーム(鳴門工はレギュラー中心のAチームとそうではないBチームとに分けています)にも入れるようになって。自分の足を生かして甲子園で盗塁も生かせて、国体にも出られた。いい思い出がたくさんできて、親に最高の恩返しができたと思います」
三上君は兵庫県、浅田君は大阪府の出身。甲子園に出場する鳴門工に憧れて野球留学しました。ちょうど、今日の夕方、NHKでは「高校野球留学について」の特集番組の放送をしていました。どんどん加熱する高校野球スカウト。野球留学を批判するたくさんの声。でも…その番組を見た後に聞いたこの選手のコメントにはウソ偽りはありません。
果たして。私が彼らと同じ年、高校3年のときに、「親孝行できた」なんて言葉を口にすることができたしょうか。高校野球が彼らを精神的に成長させた。それも、野球留学をしたからこそ。そして、辛い毎日に、仲間たちと支えあえたことが、何よりも大きな財産として彼らに残っています。
確かに、私の出身地である秋田県は、野球留学をほとんど受け入れておらず、それもあってか、甲子園でも地元の声援が多いことは確かです。両親の下で野球をすることも、子供にとって一番の環境であることに間違いはないでしょう。どちらがいいかなんていえない。ただ。選ぶのは彼ら、選手たちなのです。大人が決めるルールなんかじゃない、と私は思うのです。
鳴門工の主将、柳田隆宏君は言います。
「僕はずっとAチームにいて、Bチームがしんどい練習をしているのを見て、大変だなぁと思うくらいでBチームの人たちの気持ちがなかなかわかってあげられませんでした。でも、昨年の秋から主将をやって、何かと監督に怒られることが多くなった。そんなときに、みんなが声をかけて支えてくれました。最初は、個人さえよければいいと思っていたのですが、初めてみんなのあたかさや大切さがわかりました。最後はみんなから“オマエがキャプテンでよかった”といわれて本当に嬉しかったし、いい仲間に恵まれたと思いました」
選手が選ぶ道。選手自身が学ぶ野球。こうして、充実した3年間を送り、満足げに国体を後にする鳴門工の選手たちを目にして、ふと、そんなことを思いました。
October 24, 2005 04:21 PM
2005年10月23日
国体 硬式野球開幕!~東北、3年生最後のユニホームにありがとう!
さぁ! 今日から国体が始まりました! 硬式野球は公開競技。夏の甲子園で活躍したチームが勢ぞろい! これがホントにホント、高校最後のユニホームなんです! 涙です! だって最後なんだもん! …って感傷に浸っているのは私だけで、選手たちにとっては、国体は「夏、甲子園で頑張ったご褒美」感覚。「最後なんだもん、楽しくやろ~ぜ!」ってな勢いで登場してきます
(写真は元気イッパイの駒苫ナインに囲まれちゃった大阪桐蔭の辻内崇伸クン。埋もれちゃう~(^^♪))
←左から平田良介君(大阪桐蔭)、柳田隆宏君(鳴門工)、林裕也君(駒大苫小牧)舟引俊秀君(関西)好永貴雄君(宇部商)、田中将大君(駒大苫小牧)。み~んな、この秋、全日本で一緒だったメンバーです
「3年間、いろいろありがとうございました!」試合後、笑顔で握手を求めてきてくれたのは、東北のセンター、3年生の加藤信吾君でした。今日の試合、2対8で清峰に敗退。3年間の高校野球にピリオドを打ちました。
東北を担当して6年。今の3年生は1年のときから取材をしてきました。(写真は宿舎での東北ナインと大阪桐蔭の林賢太郎君と米川千貴君。国体期間中、同じ宿舎で仲良くなったとか。加藤真吾君は後列、右から2番目)
信吾君は、2年の春、センバツメンバーに選ばれ、初戦の熊本工戦でスタメンで出場。ダルビッシュ有君のノーヒットノーランで試合には勝ったものの、6回1死一塁の場面でバントのサインを見落とし三振。次の打席では代打を出されてしまいました。試合後、勝利にわく通路で、一人悔し涙を流す信吾君。初めての甲子園。やっと掴んだスタメンの座。でも、1打席1打席が緊張でガチガチ。自分のプレーができないままに終わってしまった悔しさ。以来、1年半。その悔しさをバネに練習に励んできました。
まじめで練習熱心。野球が好きでプライベートの買い物はいつも野球用品。いつも、暇さえあればバットを振る。センバツ出場のなかった今年の春。冬にはトレーニングに力を入れ、バットを振る力はさらに増しました。「少しずつ自信がついてきました。これだけやったんだから、自分はできるんだ、と思えるようになりました」今年の夏、甲子園では、3試合を戦って16打数6安打4打点。1番バッターとして活躍しました。
今日の清峰戦では、7回に二塁打を放ち、二塁ベース上でガッツポーズ!
「今日は負けたけど、みんなと楽しく野球ができました。国体までプレーできた。本当に充実していたと思います」とニッコリ。涙で始まった全国の大舞台。2年半、辛いこともたくさんあったけど、最後は最高の笑顔で終わることができた高校野球。信吾君、頑張ってきてよかったね!
一生懸命やってきたご褒美、笑顔の秋。こちらこそ、3年間一生懸命のプレーを見せてくれてありがとう!
今日は、甲子園の星の取材で、試合が終わってから宇部商、日大三、そして東北の宿舎に行ってきました! 写真上は、山口県のジャージで登場の宇部商ナイン。そして、写真下は日大三。日大三は、国体期間中も夜の素振りは欠かしません。
October 23, 2005 05:26 PM
