ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2005年08月16日

努力の成果の1打席~青森山田高橋浩二君。

0816.jpg「何試合も打席に立たせてやれなくて、ごめんな。この2年半やってきたことを思い切りぶつけてこい!」 今日の第1試合、青森山田対東北。9回表、青森山田の先頭バッターに代打のコール。背番号15番の高橋浩二君(写真、一塁・3年)は渋谷監督からそう言われ、元気よくベンチから出てきました。
 
この夏の甲子園で初めての打席。カウントは2-3。見逃したら四球かもしれない。でも、高橋君の頭の中には、監督の言葉が残っていました。『思いをぶつけてこい!』。
「みんなには申し訳ないけど、三振でもいいから思い切り振ろうと思いました」ここで高橋君は思い切り振って二塁ゴロに。 「思い切り振った結果。納得しています」
甲子園のバッターボックスに立てたのだから。打球が飛んだのだから。ゴロでも、手には、いつまでもその打球の感触が残っていました。(2対4で敗退)

 センバツのこの日記でも書いたのですが、高橋君はセンバツでは背番号3でした。昨年夏は、県大会登録選手が20名から、甲子園登録メンバーは18名に絞るとき、外れた一人が高橋君でした。スタメンになりたい。試合に出たい。その一心でこれまで練習に励んできました。
 センバツ、初戦の沖縄尚学戦では一塁手としてスタメン出場。しかし、初回からエース柳田将利君が打ち込まれ、2回から降板して一塁の守備へ。高橋君はバッターボックスに一度も立つことなくベンチへ戻りました。敗戦の試合後、「バッターボックスに立ちたかった。今までやってきたことをやろうとしていたけど…出ないことには意味がない。悔しい…」と、涙が止まりませんでした。(3対16で敗退)「夏は必ずバッターボックスに立つ」みんなよりも多く練習しなくては、と練習が休日の日も、一人でバットを振り続けました。

そして、この夏。やっと手にした背番号は15。努力の成果の背番号。
「やるだけのことはやったんです。監督は見ていてくれた。とてもうれしいです。この2年半、高校野球をやりきったと思います」
試合後に見せてくれた笑顔は充実感でイッパイでした。
たくさん泣いて、たくさん悔しい思いをして。そして人一倍練習してきた。
そのご褒美のたった一度の甲子園のバッターボックス。がんばってきてよかったね、高橋君。


August 16, 2005 06:47 AM