2005年05月21日
プロへの夢は続く~中日・バッティングピッチャー、加藤光教君
「…どこかで…見たことある…うーん…」
中日の2軍の取材で練習を見ていたときのこと。バッティングピッチャーで投げる選手。見覚えのある顔…。「キミと同じ、秋田出身の子だよ」寮長の堂上さんが、声をかけてくれました。そうそう、そうだ! 5年前のセンバツで取材した、秋田経法大付高の加藤光教君だ!
「久しぶりです」およそ20分、約100球を投げて、汗をびっしょりかいた加藤君がマウンドから駆け寄ってきてくれました。
秋田経法大付高を卒業後、法政大に進学。1年の秋のリーグ戦では、140kmの直球とスライダー、シュート武器に、楽天に入団した明治の一場靖弘君と投げ合って勝利。このまま順調にいけば、プロも…なんて期待されていた本格派右腕でした。ところが、その後、肩を痛め、3,4年と登板はありませんでした。
「実は、僕、まだプロの夢を捨てていないんですよ」と加藤君。
「バッティングピッチャーをやりながらプロを目指してみないか」と中日ドラゴンズから
声をかけられたのが就職活動をしていた昨年のこと。肩を壊して投げられない今は、ドラフトでも指名できない。バッティングピッチャーをやりながらじっくりと肩を治し、2年後の中日のプロテストに挑戦する。肩さえ治ればプロでも通用する。加藤君の素質が見込まれての採用でした。そういえば――。5年前のセンバツ前の取材で秋田経法大付高の練習を取材に行ったときのこと。当時のエース。摂津正君(現JR東日本東北)の隣で投げ続けていた加藤君。そのキレイなフォームに思わず、目が止まりました。「今は、まだ荒削り。加藤は将来性のある選手だよ」そう、当時の鈴木監督が言っていたことを思い出しました。
現在は、選手と一緒の寮に住み、練習の施設は自由に使用できる。球団としては、異例の待遇です。「練習が終わったら病院に行ってリハビリ。寮に戻ってからウエートをしたり。一人で練習をしています」
プロの打者を相手に投げ、そして、プロの投手の球を間近で見られる。その世界を目指すには、絶好の環境が整っています。
「川上さんのピッチングを見たときは、投手を辞めようと思うくらい、衝撃でした。キレがスゴイし、コントロールもバツグン。でも、その高いレベルを目指さないといけないんだ、と気持ちも新たになりました。これまで通り、長身を生かしたピッチングが持ち味。今はフォークを練習しています」
ここまで、加藤君がプロにこだわるのは両親の存在。「僕が野球をやるために田舎の秋田から東京の大学(法政大)に通わせてくれた。大学3,4年は肩の治療で心配もかけた。今はプロに入って安心させてやりたいんです」
加藤君の夢は、いつか、プロで自分が投げる試合に両親を呼んで、マウンドの姿を見せること。今日もナゴヤ球場では、加藤君が汗をいっぱいにかいて、マウンドに立っています。背番号125。プロへの夢は、今始まったばかりです。
May 21, 2005 03:17 AM
