2005年04月05日
神村学園 Oからのスタートから準優勝へーー。
いよいよ今日は決勝戦。私の担当は神村学園でした。でも、愛工大名電に2対9で敗退。創部3年目の甲子園初優勝は成りませんでした。でも、私が一番感動したシーンは、ある選手の三振のシーンでした。
主将の大長秀行君(写真)は背番号10。今大会は一塁コーチャーとしてチームを盛り立てました。出場チーム中、ただ一人の目二桁背番号。「責任感の強い子。私もよくチームのことで相談にのってもらいました。大長がいないと、このチームはここまでこられなかったでしょう」と長澤監督も絶大な信頼をおく主将です。決勝戦前日の取材にて、「一度でいいから大長を甲子園のバッターボックスに立たせてやりたいと思うんですが、これまでそのチャンスがなかった。明日はありますかね」と長澤監督。今日、決勝戦、6回表1死の場面で、「代打、大長くんー」のアナウンス。やったー!きたきた! 大長君、良かったね! でも、残念ながら空振り三振。がっかりしてベンチに戻る大長君に、監督はじめ、選手たちは全員が大きな拍手。そして、口々に「ナイススイング!」長澤監督は笑顔で、何度も何度もうなずきながらベンチに迎え入れました。「ありがとう」の気持ちをこめて――。大長君が渾身の思いを込めて振ったバットに、神村学園の選手たちに悔いはありませんでした。主将として頑張ってきてくれた感謝の気持ちでイッパイだったに違いありません。そんなワンシーンにウルウル…。結果がすべてじゃないんだね。そこまでの過程を評価してくれる、仲間がいてこの大舞台がある。このワンプレーに、神村学園の選手たち、監督の深い絆を見ました。
彼らの0から築いたここまでの野球は、高校野球界に新風を巻き起こしました。私も取材をする中、いい勉強をさせていただきました。そんな彼らの2年間とはーー。
そこには山を切り開いただけの荒地が広がっていました。2年前の神村学園のグラウンド。練習は、石拾いとグラウンド整備から始まりました。「整備するたびに石が出てくるんです。練習の前も後も石拾い。それでやっとできる練習は楽しかったんですよ」と野上君は話します。
2年前の春。女子ソフトボールの指導者。五輪コーチも務めた長澤浩行監督を招聘し、現在の3年生14人で野球部がスタートしました。荒地のグラウンドに少ない用具。バッティングマシンさえありません。そこで、長澤監督がは選手たちを前にした言った第一声は「甲子園に行こう!」でした。「このオジサン、何を言ってるんだろうって思いました(笑)」と野上君は当時を振り返って言います。その年の夏。1年生だけで戦った県大会は3回戦止まり。2年目の夏も4回戦敗退。どうすれば強くなるのか――。「高校野球は素人」と言う長澤監督は、いいと聞くものは何でも取り入れました。昨年夏休みには2週間で近畿、東海、関東地区の強豪24校との練習試合。部室から、トンボのかけ方。練習方法を選手たちと一緒に学び、いいと思ったものは取り入れました。野球だけではありません。日本陸上選手権100mで3度優勝した宮崎博史氏に走り方をコーチング。橋野君の50m5秒台を筆頭にベンチ入り全員が6秒台で走るようになりました。(写真は、左からエースの野上亮磨君、キャッチャーの椎葉譲君)

グラウンド整備は、監督とコーチが率先してやっていました。「これは、ソフトボールの国際試合で学んだことなんです」と長澤監督。日本のチームといえば、選手が先に球場に入り整備から準備をし、監督とコーチは整ったところで球場に入る。ところが、アメリカのチームは逆だった。試合後も同じ。監督、コーチが先にシャワーを浴びる日本に比べると、アメリカは選手が先。監督、コーチは一番最後に球場を出ていたという。「これが野球とベースボールの差の一つだと思う。うちは両方のいいところを取り入れた柔軟なチームにしたいと思った。僕も、高校野球の指導者は長年の目標。そして、甲子園出場は夢。その実現のために、生徒たちと一緒に歩んでいこうと思っていました」
チームを強くするために一生懸命になってくれる監督。昨年の遠征先で過労で倒れてもなお、遠征に帯同し続けてくれた。その一生懸命な姿は、いつしか選手たちの気持ちを動かしていました。「この人についていけば、甲子園に行けると信じるようになりました」と主将の大長君。「僕らが入学した時は先輩がいない。だから、監督は僕らの先輩でもあり、寮では父親代わり。本当に感謝しています」監督の背中を見て育った選手たちの絆は、少しずつ深くなっていきました。
メンタルトレーニングの一環として、試合前には必ず座禅を組みます。最初は足がしびれて立てなかった選手たちも今では平気。集中するために、率先してやるようになりました。合言葉は「や・か・ぜ」。「やればできる」「かならずできる」「ぜったいできる」の頭文字をとった言葉を信じてここまできました。
誰にでも才能はあります。選手たちの潜在能力を、あらゆる方面から引き出した長澤監督。0からの出発からたった2年で全国準優勝まで這い上がった神村学園。選手たちは、心身ともに大きく成長しました。地元西宮出身の長澤監督は、試合後、甲子園を「聖地」と表現しました。また、この聖地に戻ってくるために。選手たちの飽くなき挑戦と可能性は大きく広がりました。ねぇ、みんな。神村学園に入学してよかった? 「はい! 良かったです!」と口を揃えて応えてくれました。みんなで作りあげたチーム。みんなで築いた歴史。その足取りは、夏へと続くのでしょう。頑張れ、神村学園!
April 5, 2005 04:32 PM
