ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2005年04月23日

慶大・岡崎祥昊君。スポーツ番組がヒントで絶好調!

0423.JPG現在、首位を走る慶応大。その4番を打つ岡崎祥昊君(慶大・捕手・3年)は、打率3割と絶好調! 「今年は落ち着いて自分のプレーができる。逆に、抜き過ぎにならないように。思い切りやろう、と自分に言い聞かせてやってるのが、いい力配分になっているのかもしれませんね」。捕手としても、試合全体を見る、その視野が広がったのがいいプレーにつながっているのだとか。「投手、バッター、そして、一、三塁コーチャー。そのすべてに気を配れるようになったんです」そのきっかけは、テレビのスポーツ番組。「プロ野球界は、腕のちょっとした動きでクセが見抜けるっていう話をしていたんです。冬から春にかけて、自分自身の小さい動きにも注意を配るようにしてきたら、視野が少しずつ広がっていきました」4番のプレッシャーもなんのその! 自信と確信をもって、プレーに臨む岡崎君。優勝に向け、驀進中です。

April 23, 2005 12:59 PM

2005年04月21日

日大、畠山太君、復活のマウンド

0421.jpg復活をかける選手がいます。日大の畠山太君(日大・投手・4年)。今日、その日がやってきました。青学大との試合。昨年の春、5月からの約1年ぶりのマウンドでした。5回を被安打4。0点に抑え次の投手にマウンドを託しました。
「久しぶりのマウンド。気持ちよかったですね」と試合後は、ホッとした顔を見せてくれました。
 昨秋、9月。左肘のネズミを取る手術を受けました。12月からキャッチボールをはじめ、リハビリの毎日。「春、復活するために手術をした。目標があったからでしょうね。あまり落ち込まずに、リハビリに専念することができました。もう万全。怖さがくて前よりも調子がいいと思います」
 痛みのない肘をアイシングで冷やしながら、うれしそうに話してくれるフトシ。見事に復活した春。「昨秋の分も、チームに貢献したいです」ケガを乗り越えた自信が大きく見せてくれました。ふと、フトシにとって悔いのない1年になりますように、と思わずにはいられませんでした。

April 21, 2005 12:58 PM

2005年04月17日

六大学の主将ってタイヘン!

0417.jpgさてさて。今日も、六大学野球、主将ネタですp(^^)q! 明治大の主将、斉藤達則君(写真右)。日大三時代から、責任感は人一倍大きかったタツ君。明大入学後も、学年を取り仕切る役割を務めてきました。「タツは主将になってやる気がすごい! ちょっと痩せちゃって心配だけどね」と原島君(写真左)。「4kg、痩せちゃいましたね(笑)。でも、大丈夫です。原島もみんな力を貸してくれるしね。チーム状態もいい。僕自身の野球にも集中して、前向きに頑張ります!」

伝統ある六大学野球界。チームの主将になることは、その伝統を先頭で守っていくこと。重責はかなりのものなのでしょう。そういえば、2年前に早大を卒業した比嘉寿光君(現・広島)がこんなことを言っていたっけ。「チームだけじゃない。OBとの付き合いも主将の仕事。でも、おかげでいろいろな年代の方々との接し方まで学びました」主将経験を糧に大きく成長していく選手たち。みんな頑張って!

April 17, 2005 12:57 PM

2005年04月16日

法大、松浦君。主将になって運命が変わる!?

0416.jpg今日の神宮で、一番緊張していたのは、きっと、この選手でしょう。法政大の主将、松浦健介君(4年・一塁)です。法政大、主将として迎える初めてのリーグ戦、初戦です。「緊張? …うん、ちょっとしてるかな。でも、試合が始まれば大丈夫ですよ」とニッコリ。そういえば…。マツは、横浜高校時代は1年からベンチ入り。2年夏、甲子園ではベスト8。2回戦の佐賀北戦では夏の甲子園通産900号となる本塁打。3年夏の甲子園。チームはベスト4に進出するも、県大会まで4番を打っていたマツはそのプレッシャーから甲子園では準々決勝までノーヒット。準決勝の日大三戦では、スタメンを外され9回表で代打で登場。スリーベースを放ち、横浜4番の意地を見せてくれましたが、時すでに遅し。7対6で敗退。「甲子園では、4番の働きを全然できなかったのが悔しい」と、涙を流した試合後が今でも心に残っています。
その夜。3番を打ち同じくチャンスで打てなった杉浦亮太君(青学大・4年)と一緒に、監督の部屋のドアをたたいたそうです。「監督、打てなくて…すいませんでした…」と、頭を下げる二人に、渡辺監督は、こういいました。「3年間、よくがんばったじゃないか。いいんだ、いいんだ。これからも頑張りなさい」そう言って。いつも怒ってばかりだった監督が初めて二人に微笑みかけたのだそうです。
「あのときの監督の言葉と、笑顔は忘れません」とマツ。
 大学入学後も、甲子園での悔しさと。そして、監督の言葉を胸に頑張ってきたマツ。1,2年時は、シニア、高校の先輩でもある後藤武敏君(現西武)とぺアを組み練習に励んできました。その“ごっちゃん”こと後藤君も4年時は主将。「後藤さんも、主将をやってよかった。成長できたと言っていました。僕もそうなりたいと思います」チーム全体に目を配ることによって、自分の気持ちに余裕ができ、野球にも余裕が出てきたとか。「今年は何かが違う。頑張ります!」そういって、胸を張ってグラウンドに飛び出していったマツ。高校野球をステップに、大きく成長した姿がとっても頼もしく見えました。

April 16, 2005 12:56 PM

2005年04月09日

早大、長男・次男・三男、投手トリオ!? 登場!

0409-1.JPG「長男、次男、三男トリオ」私がそう、呼んでいる早大の投手陣トリオが、大谷智久君(早大・投手・3年)、宮本賢君(早大・投手・3年)、井上敦之君(早大・投手・3年)。しっかり者の大谷君が、いわば長男的存在。要領のいい宮本君は次男的存在。そして、いつも大谷君、宮本君のイジラレキャラの井上君は末っ子の三男坊。揃ってリーグ戦で活躍した1年春から、早2年。昨年は、大谷君が早大のエースとして成長。その2番手として宮本君も活躍。しかし…一人フォームを崩した三男、井上君だけが、ベンチをはずれてしまいました。
さて、今年のこの投手兄弟は!? そんな密かな期待を胸に神宮球場へ。一番最初に元気に声をかけてくれたのが、井上君でしたp(^^)q!
「1年の夏からフォームを崩して、フォーム追求、自分探しの旅が始まって(笑)。ようやく去年、自分なりにいいものがみつかったんです」とニッコリ。早大野球部には、研究班がいます。選手たちのフォームなどを分析して、よりよいものへとアドバイスしてくれるのです。「プロ野球選手のフォームなどを参考にして、高校のよかったときのフォームを基本に、省エネで、コントロールがぶれる弱点を直したんです」秋、冬。そして今年のキャンプでは重点的に投げ込みをして、フォームを体にしみこませました。「今はコントロールも安定して安定感が出てきたように思います!」
 ちょっと出遅れた三男坊、井上君が今年は活躍してくれそう!

…と、そこへ、次男の宮本賢君が。「僕も負けてませんよ。冬の間、下半身を強化するために、投げ込みをしっかりやってきました」そういえば、去年は長男の大谷君がエースに成長。宮本君は、勝 敗と結果を残せなかったもんね。「期待に応えられなかったのが悔しかったですね」春のキャンプでは、全体メニューが終わりホテルに戻ってから、一人で外に出て、真っ暗闇の中を走りこみやシャドウピッチングの練習。「今はマウンドに立っていても、そこまでやったんだから、と自信を持って投げることができます」。宮本君の今年のテーマは「自立」。「3年になってチームの上に立ってやる気持ちをしっかりともって投げたいです」0409-2.jpgもちろん、長男・大谷君も「去年よりも落ち着いて周りをしっかりと見て投げられるようになりました」と絶好調! 早大、1年ぶりの優勝へ。春は期待ができそうです。

April 9, 2005 12:50 PM

2005年04月05日

第77回センバツ高校野球大会を終えて――

0405-1.jpg昨日の決勝から一夜明け。昨晩、夜中に原稿を仕上げて、午前中に東京へ。その足で、印刷所へ行き校正作業です。これまで現場記者や私が担当した取材記事に目を通して、赤字のチェックをするのです。この後印刷にまわり、雑誌は出来上がります。
 この選抜期間中、このブログで書かせていただいた、記事の一部も載っています。その他、選手の素顔満載! 輝け甲子園の星センバツ速報号は4月8日発売です!(定価830円、全国書店にて発売! よろしくお願いします!)
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さて。これまで、ブログ、「選抜特別コラム」を読んでくださってありがとうございました。この場をかりて、各学校の監督、関係者、選手のみなさん。ご協力、本当にありがとうございました。できるだけ全チームを、と考えていましたが、一人で写真を撮って取材に原稿…には、限界があり、ここに掲載するチーム、選手にどどまってしまいました。
 甲子園がなければ、出会えなかった選手たち、関係者の皆様。そして、読者の皆さんに深く感謝いたします。感情のおもむくままの原稿には至らぬ文章もあったかと思います。失礼いたしました。
これからは、不定期連載の予定です。アマチュア野球に止まらず、プロ野球にもガンガン出かけます! これからも、どうぞよろしく!

April 5, 2005 04:51 PM

神村学園 Oからのスタートから準優勝へーー。

いよいよ今日は決勝戦。私の担当は神村学園でした。でも、愛工大名電に2対9で敗退。創部3年目の甲子園初優勝は成りませんでした。でも、私が一番感動したシーンは、ある選手の三振のシーンでした。0404-4.jpg主将の大長秀行君(写真)は背番号10。今大会は一塁コーチャーとしてチームを盛り立てました。出場チーム中、ただ一人の目二桁背番号。「責任感の強い子。私もよくチームのことで相談にのってもらいました。大長がいないと、このチームはここまでこられなかったでしょう」と長澤監督も絶大な信頼をおく主将です。決勝戦前日の取材にて、「一度でいいから大長を甲子園のバッターボックスに立たせてやりたいと思うんですが、これまでそのチャンスがなかった。明日はありますかね」と長澤監督。今日、決勝戦、6回表1死の場面で、「代打、大長くんー」のアナウンス。やったー!きたきた! 大長君、良かったね! でも、残念ながら空振り三振。がっかりしてベンチに戻る大長君に、監督はじめ、選手たちは全員が大きな拍手。そして、口々に「ナイススイング!」長澤監督は笑顔で、何度も何度もうなずきながらベンチに迎え入れました。「ありがとう」の気持ちをこめて――。大長君が渾身の思いを込めて振ったバットに、神村学園の選手たちに悔いはありませんでした。主将として頑張ってきてくれた感謝の気持ちでイッパイだったに違いありません。そんなワンシーンにウルウル…。結果がすべてじゃないんだね。そこまでの過程を評価してくれる、仲間がいてこの大舞台がある。このワンプレーに、神村学園の選手たち、監督の深い絆を見ました。

彼らの0から築いたここまでの野球は、高校野球界に新風を巻き起こしました。私も取材をする中、いい勉強をさせていただきました。そんな彼らの2年間とはーー。
0404-2.jpgそこには山を切り開いただけの荒地が広がっていました。2年前の神村学園のグラウンド。練習は、石拾いとグラウンド整備から始まりました。「整備するたびに石が出てくるんです。練習の前も後も石拾い。それでやっとできる練習は楽しかったんですよ」と野上君は話します。
2年前の春。女子ソフトボールの指導者。五輪コーチも務めた長澤浩行監督を招聘し、現在の3年生14人で野球部がスタートしました。荒地のグラウンドに少ない用具。バッティングマシンさえありません。そこで、長澤監督がは選手たちを前にした言った第一声は「甲子園に行こう!」でした。「このオジサン、何を言ってるんだろうって思いました(笑)」と野上君は当時を振り返って言います。その年の夏。1年生だけで戦った県大会は3回戦止まり。2年目の夏も4回戦敗退。どうすれば強くなるのか――。「高校野球は素人」と言う長澤監督は、いいと聞くものは何でも取り入れました。昨年夏休みには2週間で近畿、東海、関東地区の強豪24校との練習試合。部室から、トンボのかけ方。練習方法を選手たちと一緒に学び、いいと思ったものは取り入れました。野球だけではありません。日本陸上選手権100mで3度優勝した宮崎博史氏に走り方をコーチング。橋野君の50m5秒台を筆頭にベンチ入り全員が6秒台で走るようになりました。(写真は、左からエースの野上亮磨君、キャッチャーの椎葉譲君)
0404-3.jpg
グラウンド整備は、監督とコーチが率先してやっていました。「これは、ソフトボールの国際試合で学んだことなんです」と長澤監督。日本のチームといえば、選手が先に球場に入り整備から準備をし、監督とコーチは整ったところで球場に入る。ところが、アメリカのチームは逆だった。試合後も同じ。監督、コーチが先にシャワーを浴びる日本に比べると、アメリカは選手が先。監督、コーチは一番最後に球場を出ていたという。「これが野球とベースボールの差の一つだと思う。うちは両方のいいところを取り入れた柔軟なチームにしたいと思った。僕も、高校野球の指導者は長年の目標。そして、甲子園出場は夢。その実現のために、生徒たちと一緒に歩んでいこうと思っていました」
0404-1.jpgチームを強くするために一生懸命になってくれる監督。昨年の遠征先で過労で倒れてもなお、遠征に帯同し続けてくれた。その一生懸命な姿は、いつしか選手たちの気持ちを動かしていました。「この人についていけば、甲子園に行けると信じるようになりました」と主将の大長君。「僕らが入学した時は先輩がいない。だから、監督は僕らの先輩でもあり、寮では父親代わり。本当に感謝しています」監督の背中を見て育った選手たちの絆は、少しずつ深くなっていきました。
メンタルトレーニングの一環として、試合前には必ず座禅を組みます。最初は足がしびれて立てなかった選手たちも今では平気。集中するために、率先してやるようになりました。合言葉は「や・か・ぜ」。「やればできる」「かならずできる」「ぜったいできる」の頭文字をとった言葉を信じてここまできました。

誰にでも才能はあります。選手たちの潜在能力を、あらゆる方面から引き出した長澤監督。0からの出発からたった2年で全国準優勝まで這い上がった神村学園。選手たちは、心身ともに大きく成長しました。地元西宮出身の長澤監督は、試合後、甲子園を「聖地」と表現しました。また、この聖地に戻ってくるために。選手たちの飽くなき挑戦と可能性は大きく広がりました。ねぇ、みんな。神村学園に入学してよかった? 「はい! 良かったです!」と口を揃えて応えてくれました。みんなで作りあげたチーム。みんなで築いた歴史。その足取りは、夏へと続くのでしょう。頑張れ、神村学園!

April 5, 2005 04:32 PM

2005年04月03日

神村学園・天王寺谷君。メンタルトレーニングで“打てる”とリセット!

三塁へヘッドスライディング! すぐに立ち上がって大きくガッツポーズを見せた神村学園の主砲、天王寺谷亮君。初回、1死一、二塁。初球のチェンジアップを深々と破るタイムリースリーベースで、先制点をたたきだしました。「昨日の沖縄尚学戦では、打てなかったので、今日は絶対に打ってやろうと思いました」0403-1.jpgベスト8までの2試合は、7打数4安打3打点とチームの勝利に貢献。でも、前日の沖縄尚学戦では無安打でした。「昨日のことはリセットして試合に臨みました」
去年の夏までは、調子が悪いと下を向き、気持ちを引きずって打てない試合が続きました。でも、そこで天王寺谷君を変えたのは1年から続けていたメンタルトレーニング。少しずつ効果を現してきたのです
「次へ次へを合言葉にしてきた。気持ちをすぐに気持ちを切り替えて、自分は絶対に打つ、という気持ちで打席に立てるようになりました」
 「一緒に甲子園に出よう」という長沢監督の情熱に引かれ、一時は反対した両親を、「僕の人生」と振り切り兵庫県から鹿児島へ野球留学。
「甲子園に出て、兵庫に帰るのが僕の目標でした」。親元を離れた寂しさを、バットにぶつけ練習に励んできた。「優勝は結果。全力でやるだけです」明日は、家族、そして中学までの友達の声援の前で、技術、精神的に大きく成長した姿を見せるつもりです!
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写真は、神村学園、決勝前日の宿舎取材にて。全員の思いは一つ。優勝です!

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0403-2.jpg夜、取材に伺った愛工大名電宿舎では、選手たちはリラックス。「昨年のセンバツで準優勝してから、優勝を目指してやってきましたから。もう目指すは優勝しかありません」と左翼手の小島宏輝君(写真左)。おっとりしている性格の選手が多い今年のチーム。倉野監督は、日ごろから選手たちに「野球は生活から。生活は野球から」を言ってきました。昨年、新チーム発足後の夏休み。動きがのんびりしている選手たちに監督は「立ってメシを食え!」と指示。「約2週間ほど、朝食と昼食は、全員立って食事していました。厳しい練習の毎日で辛かったですね」(小島君)。普段の生活から機敏に動くことで、野球も素早い行動につながる、というわけです。「普段は15分前行動が決められているんですが、今では30分前、40分前にグラウンドにそれぞれが出て整備をするようになったし、練習の取り組む姿勢も、積極的になっていきました」(小島君)まさに監督のいう、「野球は生活からー生活は野球から」が、今のチームを作りあげたのですね。
今年はバントの名電の野球に加え、足の速い選手も多く機動力、佐々木孝徳君、堂上直倫君の長打力打者の成長。斉賀洋平君という絶対的なエースと2番手投手十亀剣君の成長。
1年間待ち続けたこの日。この日のために頑張ってきた。去年の悔しさを晴らすために。
愛工大名電の選手たちは、明日、悲願の優勝に向かいます。

April 3, 2005 01:21 PM

2005年04月02日

甲子園の空気を思う存分味わった沖縄尚学

0402-1.jpg 甲子園の空気。甲子園の空。皆さんにはどんな風に感じますか?
 一昨年前のセンバツで、東洋大姫路と延長再試合を戦った花咲徳栄のエース、福本君は、ナイターになった再試合で、「甲子園の夜空はとてもキレイでした」と言っていたっけ。3年前の夏、小山西の監督は選手たちに、「この甲子園の空を忘れるな」と全員で空を見上げました。そこに流れる空気。グラウンドにいる選手たちは、ほかと違うのかな…?
沖縄尚学の選手たちは、それぞれが緊張しないように、と深呼吸します。球場入り、打席、守備。そしてピンチに。今日の準々決勝第2試合でも、沖縄尚学の選手たちは、深呼吸。やっぱり沖縄の空気と違うの?
「違いますよー。沖縄はね、吸って吐くと“あーあー”って感じ。甲子園はね、吸った瞬間は沖縄と同じ、“あー”って感じなんだけど、吐いた瞬間は“おー”って思う。気持ちがいいんですよ」と、与儀君。うーんチョット難しい感覚!? でも、沖縄とは違う空気を体全身で感じながら、選手たちは。のびのびと甲子園を楽しみました。
 今日の準々決勝、神村学園のエース、野本君に 安打に抑えられ2対3で敗退。
「チャンスであと1本が出なかった。でも、全員が大きな声を出して盛り立てて戦ったこと。それが沖縄尚学らしさだったと思います」と小泉君は胸を張りました。選手たちは甲子園の空気をお腹いっぱいに吸って、自分たちらしく戦いました。 
 甲子園の空、甲子園の空気。球児たちの一生懸命なプレーを見守るこの甲子園。
「こんな素晴らしい球場で野球ができるなんて幸せです。夏も、ここで野球がしたいです」
と小泉君。うん、夏もこの甲子園の空気を感じに、帰ってきてね。

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沖縄尚学の宿舎にて。守り神のシーサーとともに。左から小泉友哉君、波平邦孝君、赤嶺慎君、前嵩雄基君、角田一仁君。前列、与儀真幹君。

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0402-3.jpg東邦の選手たちの揃いのTシャツの背中には、「男の修行」という言葉が書かれています。前阪口監督が好きだった言葉で、代々、野球部の目標として伝えられているのだとか。なかなか、かっこいい! 写真左から、山口盛矢君、下村篤君、中村周平、岩本周真君、畑中健人君。

April 2, 2005 02:28 PM