ヨシネーのひとりごと

プロフィル

★本名:保坂淑子(ほさかよしこ)。秋田県出身。★経歴:日刊スポーツ出版社在籍中は、「プロ野球ai」「輝け甲子園の星」のデスク担当。平成14年、退社しフリーに。現在は「プロ野球ai」デスク担当。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”として連載を持つ。甲子園には春5回、夏10回(記者として)出場!?プロ野球、アマチュア野球を中心に執筆中。

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2005年03月23日

常総学院バスで小旅行!?

0323-1.jpg「乗ってげ、乗ってげ! ほれ、なーんも遠慮するごとねっぺよぉ~」
小雨の中での開会式が終わり、取材をしながら選手たちが乗るバスの駐車場へ。そこでバッタリ遭遇した常総学院の一団。持丸監督と大峰部長先生に背中を押され、選手のバスに同乗させていただくことに。「今日は弁当もあまってるがら、食ってげ。んめーぞぉ!」手渡されたお弁当はその名も「勝ち弁当」。しょうが焼きに焼き魚フライ。栄養満点のそれをちゃっかりいただいちゃいました。

さて。バスが宿舎に着くと、早速、常総ナインを取材。今日はエースの伊勢隼人君に話しを聞きました。

0323-2.jpg――「ずっと応援しているよ。頑張って!」――常総学院のエース、伊勢君の携帯には、今でも消せずにいるメールがあります。昨年4月。地元の友達からのメールでした。
「肩を壊して、完治した4月下旬、スピードが120㎞に落ちてしまったんです。ベンチからも外されて。野球を辞めようかと思っていたんです」
 中学時代は勉強と野球を両立。高校選びでは、学力を優先して別の学校を選ぶか、野球を優先して常総学院を選ぶか。その選択に悩みました。「でも、僕は、どうしても憧れの甲子園に行きたかった。そのために常総に入学した。自分の野球の実力を信じてここに来たのに、僕は何をやっているんだろう。毎日、本当に悩みました」
 そんな時に届いた友達からのメール。「うれしくて涙が出ました。友達や周りの人々に支えられていることを知りました。これからは両親や友達のために野球をしようと思いました」
 昨年の秋季大会では、調子を落とし大事な試合での先発を任せてもらうことができませんでした。「監督からは“コントロールが良くないから、オマエには任せられない”と言われました」チャンスをつかみたい。その一心で、フォームを改造。プロ野球中継や、スポーツ新聞でフォームを研究。「足を上げてから、両腕をハの字に作る。そのフォームにしてから、リリースが安定して自分でもビックリするくらいコントロールがよくなったんです」
関東大会では、背番号は1から11に。それでも、気落ちすることなく、準々決勝の前橋商戦に先発。安定したフォーム、コントロールで完封勝利をおさめました。その姿は、まさに持丸監督が理想とする「信頼されるエース」でした。
冬は走りこみで下半身を強化。さらにシュートをマスターし投球の幅も広がりました。センバツでは、背番号「1」。努力で取り戻したエースナンバー。その原動力は、何より、4月の友達からのメール。「この甲子園で、みんなに活躍している姿を見せることが、一番の恩返し。野球を辞めようという思いを留まらせてくれた人たちに、活躍する姿を見せたいと思います。友達からは、優勝して甲子園の土を持って帰ってきてね、と頼まれちゃいました(笑)」
大切な人たちへの一番のお土産。それを手にするため。伊勢君はこのセンバツに自信をもって臨みます。
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0323-3.jpgこの日の常総ナインは練習はお休み。午後から2時間の自由行動。それぞれ持ってきた私服に着替えて、梅田へ買い物に出かけていきました。みんなユニホームとは違って、私服がカッコいい~!

March 23, 2005 01:52 PM