虎番ブログ

2007年10月29日

心ある2人の未来に期待:今井貴久

 11月から阪神担当を離れることとなり、小嶋と坂が送別会を開いてくれた。15歳年下の両選手と握手する。小嶋は柔らかく、坂は力強く握り返してきた。

 小嶋は申し訳なさそうだった。約1年前、自主トレでの投球から目を奪われた。切れのある直球とスライダーの変化の鋭さに、大物の片りんを感じた。必ずやる。だが開幕ローテーション入りしながらも、2勝止まり。「すみません」。期待を寄せた私に、小さくつぶやいた。

 坂はプロ初本塁打を放つなど、潜在能力を見せた。人なつっこい表情は野球の話になると一変する。私が来季期待する数字を提示すると「1年間ずっと、1軍にいないとダメですね」と答えた。毎日が勝負だったに違いない。だが来季はさらに大きな勝負をかけるという、強い意志を感じた。

 小嶋は雪辱を、坂は飛躍を誓った。何も誓えない私だが、1つだけ確信している。たった1年の短いつきあいでも、送り出してくれた「心」が2人にはある。野球にあぐらをかき、立場だけで人を判断する者なら、一流でもメジャーでも尊敬はできない。心ある2人の未来に期待する。

October 29, 2007 04:43 PM | トラックバック (0)

2007年10月22日

笑いに包まれた中村豊の引退会見:田口真一郎

 こんな引き際もあるのか、と驚かされた。引退会見に涙は付き物、とは限らない。中村豊のそれは意外にも「笑い」で包まれていた。現役時代の思い出は? という質問になった。昨年9月7日中日戦の決勝アーチはペナントの流れを変える1発として印象深い。誰もがそう答えると思う。中村豊はニヤリとした。「03年、05年の優勝の瞬間です。あれが1番うれしかった。みんなで勝ち取ったものだから。そっちになります。すみません」とペコリ。「マスコミ的には9・7と言ってほしいかも…、あれで現役生活が延びたようなもんですから」。自虐的なトークで会見場に笑いが起こった。

 大阪出身で明るい性格だから、暗い雰囲気にはならなかった。直前まで現役続行に未練があったが、周囲からは「幸せな話じゃないか」とコーチ就任を勧められたという。そんな話をしていると、最後にひと言。「アガいていたのは、自分だけか…」。見事な「1人ツッコミ」にまたも笑い声が起こる。同じ関西人として、こんなノリは大好きだ。最後の決断を下した瞬間は、本人にしか分からない寂しさや悔しさがあっただろう。それをおくびにも出さずに、自らの美学を貫いた。球団はすぐに2軍守備走塁コーチのポストを用意した。その理由が分かった。

October 22, 2007 11:57 PM | トラックバック (0)

2007年10月16日

最後まで声枯らした虎党の熱さ:町田達彦

 直前まで盛り上がった分、クライマックスシリーズは拍子抜けというか何というか、見せ場無く終わってしまった。先発が初回に崩れて、攻撃陣は相手先発に牛耳られる。あっという間に2試合が過ぎていった。

 正直、見ていてつまらなかったというファンは多いだろう。テレビを消した方、翌日のスポーツ新聞を買わなかった方(なるべく買ってくださいね)いろいろおられるはずだ。ファンにもそれぞれ。ナゴヤドームで取材していた身として、敵地のスタンドの約4割を埋めた阪神ファンのパワーはちょっと類が無かったと、実は少し感心している。

 満員の甲子園なら分かる。阪神が優勢なら、もっと分かる。あの局面、状況で「絶対勝つぞ!」の連呼。定番のヤジやば声を、完ぺきにかき消していた。やけくそなのか、あきめない気持ちなのか、この際理由はどうでもいい。最後まで声を枯らしたあのファンの熱い思い…きっと選手は来年こたえてくれるだろう。でなければ、2年分のば声を浴びるしかない。

October 16, 2007 12:00 AM | トラックバック (1)

2007年10月08日

短い指に中西投手コーチが…:今井貴久

 プロ野球選手の素材はどこにあるか分からない。阪神中西投手コーチにボールの握り方について取材したときだった。握る手を見て「お前の指、堀内さんみたいだな」と人差し指を触られる。中指と並べても関節ひとつ分ほど短い。大学時代まで野球部に所属していた私も、自覚はしていた。

 内野手だった大学時代、普通に投げればスライダー回転してしまった。受ける野手からは嫌がられ、少しでも良くしようとシュートを投げるかのようにひじをひねった。自分の短い人差し指を恨む余裕などない。レギュラーになるために、必死にひじを折り曲げた。引退して10数年、引け目がプロの目に届くとは思わなかった。

 V9の巨人時代にエースだった堀内氏も人差し指が短かったことで、得意のカーブを投げられるようになったと伝え聞く。私は投手などできるはずがないと思っていた。そして野球に携わる仕事に就かせてもらった。人生は分からない。もしかしたら不得意と思うことは、環境で得意になるのかもしれない。

October 8, 2007 11:11 PM | トラックバック (0)

2007年10月01日

鳥谷、また新たな「歴史」作ればいい:酒井俊作

 記者席から眺める甲子園球場は涙雨に濡れていた。それは、あまりにも切なさを感じさせる光景だった。9月29日、リニューアル前の甲子園最終戦。鳥谷の連続フルイニング出場が、398試合で途切れた日。セレモニーを終え、三塁側のファンにサインボールを投げ入れる鳥谷の姿が映る。

 上からは投げない。5球をすべて下から投げ入れたが、1回だけフェンスに阻まれてしまった。何度投げてもグラウンドへと跳ね返る。1度、2度、3度…。9月25日の横浜戦で食らった死球の代償は、あまりにも大きかった。右わき腹周辺の激痛は癒えずに、あっけなく幕切れ。とはいえ、遊撃手として歴代1位の記録は高く評価されていい。

 強いハートがプレーの源だった。シーズンの序盤。ある打撃投手が、こんなことを言っていた。「アイツね、意識が完全に前を向いているんだよ。若い選手だと普通、後ろに監督がいたら『見てるかな』という感じで意識するんだけど、まったく気にしない。自分はこうするんだという強い意志があるからだろうね」。

 フリー打撃での集中力。頑固一徹な姿勢が、これまでグラウンドに立たせてきた。まずは右わき腹の回復を最優先させる。クライマックスシリーズが「ぶっつけ本番」になる可能性もある。まだ26歳。また、新たな「歴史」を作ればいい。

October 1, 2007 11:36 PM | トラックバック (1)