虎番ブログ

2007年05月28日

球場に来るファンは何を見たいか:町田達彦

 甲子園での交流戦開幕戦(27日、対ロッテ)は「警告試合」が発せられ物々しい雰囲気となった。故意か報復か偶然か、9回に福浦と金本への死球を巡り、両軍が激しくにらみ合い…。サンデー・デーゲームに似つかわしくない殺伐とした同じ甲子園で、その少し前にこんなシーンがあったことを記しておきたい。

 4回表無死一塁。サブローの当たりが左中間へ伸び、それを金本が背走して好捕した。大盛り上がりの阪神ファンに負けないくらい、左翼席の3分の1を埋めた悔しいはずのロッテファンがファインプレーを拍手で称えていた。

 かねてから、ロッテの熱狂的ファンが野球を楽しむ姿勢には感心させられていた。球界でも定評がある。知ってか知らずか、金本はこの試合前、恒例のサインボール投げ入れで最後の1球を黒い集団にプレゼントしていた。

 美技も凡ミス(死球が故意でないなら、投手の投げミスだ)も、さらには乱闘騒ぎもプロ野球の一部さと、したり顔で言うつもりはない。どれか1つだけと限定されれば、お金を払って球場に来るファンが何を見たいか、そう意見は分かれないはずだ。

May 28, 2007 02:13 PM | トラックバック (0)

2007年05月21日

高橋勇の短髪「十分、格好いい」:今井貴久

 持っているものを、あえて捨てる。多くの若者にとって、オシャレは大切な感覚であるはずだろう。だが甘いマスクを持つ20歳の阪神高橋勇は、その髪を短く切った。

 理由は簡単だった。「気合を入れてやろうと思った。短くしてから調子がいいんです」という。5月初旬に丸刈りにしてから約2週間がたつ。2軍戦では主に1番中堅で出場。思いきりのいい打撃は、さらに鋭さを増した。

 なかなか勇気がいる。よく女性が失恋すると…と聞くが、男性でもよく短くする。ガルベス問題の直後には、当時の巨人長嶋茂雄監督も責任の意を髪形でも示した。そのミスターが、短髪にした報道陣に「何かのペナルティですか?」と、笑って問いかけた姿を思い出す。

 何かを決意し、変化したいときに髪を切る例は多い。これまでの自分ではいられない。高橋勇の短髪は十分、格好いい。

May 21, 2007 03:32 PM | トラックバック (0)

2007年05月14日

赤星が伝授した“門外不出”の技:酒井俊作

 懐かしい光景だった。先週末、神宮球場でヤクルト戦を取材する前、午前中に隣接する国立競技場に立ち寄った。陸上の「関東インカレ」を観戦。いるいる、母校のジャージを着た学生が…。特設テントの位置、入場門でOBにチケットを手渡す1年生。私が学生の頃と、何も変わらない。

 印象深いシーンもあった。走り終わった選手は今夏の世界陸上代表候補の現役OBに駆け寄り、談笑していた。憧れの対象からのアドバイスは何物にも代えがたい。「伝統」という言葉は重厚で、堅苦しいイメージを与えるが、世代を超えて何かが受け継がれれば、それは貴重な財産になる。

 スタンドで見ていて、快足で鳴らす阪神赤松の話を思い出した。5月5日広島戦(甲子園)の6回。今季初めて盗塁を失敗した。スタートの遅れを指摘されたが、それだけではない。

 赤松「回を追うと、みんな走るから走路がどんどん柔らかくなる。赤星さんに『みんなが走っていないところを走れ。半歩前とか半歩後ろとか』と言っていただいたことがある。心掛けないといけないですよね」。

 5年連続盗塁王の実績を誇る赤星から赤松へ-。ハイレベルな走塁技術を持つ不動のレギュラーから「伝授」されたものは将来、赤松の血となり肉となる。チーム全体を思う気持ちが人一倍強い選手会長の赤星だからこそ“門外不出”の技をあえて伝えたのだと思う。そこに懐の深さを見た。

 売り出し中の狩野は今年1月、矢野に合同自主トレを申し出て実力をつけた。阪神の良き「伝統力」が、常勝軍団の土台になるのだと感じた。

May 14, 2007 10:35 PM | トラックバック (1)

2007年05月07日

4番金本の「振り逃げ」:町田達彦

 ベストセラーの第2弾として発売された「食い逃げされてもバイトは雇うな」を読んだらおもしろかった。刺激的なタイトルにも使われている「食い逃げ」、久しくというか一度も生で見たことはない(やったことはもちろんない)。でも、どこかで起きてはいるのだろう。

 食い逃げは無縁だが「振り逃げ」はたまに見る(強引)。4番金本の振り逃げは4月25日ヤクルト戦。1回2死一塁で三振チェンジのはずが、捕手が大きく弾いて一、三塁となり、その後に先制2点が入った。阪神移籍後初、00年9月6日巨人戦以来の珍しいプレーが勝利に結びついた。

 「前のことはよう覚えてないわ。7年ぶりか。よく言えば、捕手が後ろにそらすような球は空振りしていない、ということだろうけどな」。金本本人の記憶に残っていたのは00年ではなくその前、96年7月21日の横浜戦だった。「その試合はおれの振り逃げの後に入った1点が決勝点になった。チェコが完封して1-0で勝った」。逃げるが勝ち、ってこともある。

May 7, 2007 01:35 PM | トラックバック (0)