虎番ブログ

2005年09月30日

楽天市場で『阪神優勝おめでとうセール』?:柏原 誠

 野球の方はこれからだけど、商売根性はプロ中のプロ。楽天の発想には毎度驚かされます。感動の胴上げから一夜明け、ビール臭い息をつく間もなく神宮にやってきました。パソコンを開いてメールチェックしていると業務連絡に紛れて楽天株式会社(球団ではありません)からリリースが届いていました。

 ネット商売だけに関連事業のお知らせ(楽天トラベル、楽天市場…と色々)はとにかくマメ。それはともかく何に驚いたかと言うと「楽天市場で『阪神優勝おめでとうセール』を開始しました」という内容にです。例えれば「楽天が優勝したので阪神電車の運賃値下げ」と言っているようなもの(ちょっと違う?)。

 昨年、楽天オーナーの三木谷さんが率いるヴィッセル神戸を取材しました。「○○復帰記念セール」とか「快勝記念セール」などと企画しては毎週毎週、特製グッズが出来上がっていく。これがまた売れる。「金もうけのキッカケはどこにでも転がっている」は彼の口ぐせ。ちなみにワタクシ「社長の下では働きたくないですねえ」と冗談を言ってみたところ「別にいらないよ」と冷笑されました。

September 30, 2005 11:33 PM | トラックバック (6)

2005年09月29日

キバ研ぐ上坂、指揮官の配慮を発奮材料に:酒井俊作

 残暑の残る鳴尾浜は、優勝ムードの甲子園の喧騒とは無縁だ。2軍選手は10月8日のファーム日本選手権ロッテ戦に向けて調整中。「兄貴」より、ひとあし早く日本一を狙う。黒土にまみれて機敏な動きを見せている男がいた。上坂だった。「ここにいるということは力がないということです」。そう話すが、目は死んでいない。来るべきチャンスに備え、キバを研ぐ。

 最近、老若男女問わず、ホワイトバンドが流行っている。ご存知の方も多いと思う。あの白いゴムバンドだ。説明は9月11日の町田先輩のブログを読んでいただくとして、上坂の場合は白ではない。オレンジのゴムバンドをシーズン前からずっと左手につけている。

 「キャンプのときに岡田監督が配っていたんです。ありがたいですよ」。そう笑って、グラウンドに戻っていった。V奪回を誓った春季キャンプから8カ月。それでも上坂は指揮官の配慮を忘れず、発奮材料に変えている。試合直前には木戸監督ら2軍の首脳陣が総出で一塁ベンチを激励に訪れた。そして、胴上げには上坂とともに町田、江草、ダーウィンらも参加。1、2軍全員の「岡田野球」が結実した。

September 29, 2005 08:11 PM | トラックバック (9)

2005年09月28日

トラッキーの更衣室が臨時プレスルームに?:酒井俊作

 優勝マジック3で迎えた甲子園に秋の気配はない。あるのは人、熱気、そしてVムード…。試合前から大忙しだった。取材に殺到する取材陣を予想し、通常はトラッキーの更衣室になっている部屋が臨時プレスルームに様変わりした。いすや机が運び込まれ、約40席のプレス席が増設された。竹内広報が説明する。

 「みなさんから要望がありましたから。今日はそれほどじゃないけど、明日から増えるんじゃないかな」

 試合直後、中を覗くと記者はチラホラ。嵐の前の静けさと言ったところか。実はこの部屋、高校野球のときに主催新聞社が使う。夏の甲子園でも多くのパソコンやFAXが運ばれる。今季の阪神戦ではもちろん初めて。報道陣も、いよいよ「Xデー」に臨戦態勢だ。

 入社1年目だった僕は、2年前の9月15日、臨時プレスルームにいた。試合直後に祝勝会場に移動。ホテルのエレベーターなのにビールくさい。おまけに床はなぜかベタベタ…。妙なことだけよく覚えている。取材後にデスク指令が飛んだ。「酒盛りするから戻って来い!」。酔って会社を出た頃には明け方だった。今でも、鮮明に思い出せる。虎に関わるすべての人が持つ「あの日」が間もなくやって来る。

September 28, 2005 07:49 PM | トラックバック (2)

2005年09月25日

桧山03年はビール瓶の被り物…05年は?:町田達彦

 このところの活躍は、さすがベテランとうなるしかない。金本、今岡と神経を尖らせた相手バッテリーは、6番桧山の痛打にがっくり。24、25日と連続適時打し、抜かりなくマジックを減らした。「まだ2試合だけやん」と、暴れ足りない様子が頼もしい。

 2年前の優勝時には、選手会長だった。早々とマジックを灯し、悲願の初優勝が近づいてきたころ。ある東京遠征で「ビールかけのグッズを買い込んできた。どんな準備をしていいか分からないから、もう手当たり次第に」とうれしそうに話していた。

 自分の記憶では確か、2年前の購入先は「ドン・キホーテ」でしたよね…「違う、違う、あの時は東急ハンズ。で、今回はまだ買ってないねえ」。なんと“らしくない”手際の悪さと思いきや「もう、知り合いに頼んであるから」と、こちらも抜かりない。前回はビール瓶の被り物でしたが、さて05年はどんな格好で暴れるのだろう。

 などと楽しみを膨らませている記者、優勝原稿は遅々として進まず、抜かりまくり。デスク暴れる寸前。

September 25, 2005 03:15 PM | トラックバック (3)

2005年09月24日

虎党もうれC!広島のファンサービス:柏原 誠

 前日の倉敷に負けず劣らず、広島市民球場でも虎党の圧倒的パワーがさく裂しました。この日の観衆は実数発表で2万9001人。もちろん大半がまっ黄色。今季これまで6試合の平均が1万6487人だから、そのフィーバーぶりが分かります。広島関係者もホクホク顔で、感謝の気持ちからか? 虎党にうれしい企画が用意されていました。

 その名も「六甲セット」。内野2階席A指定チケットに700円プラスで弁当と飲み物(ビールも可!)ジェット風船4枚とスポンジ製の巨大な「ガンバッ手」がつきます。これは正直、かなりお得。若い球団職員さんは「2日間合わせて900枚が完売しました。阪神ファンの皆さんが固まって一緒に応援できるようにと思って企画しました」と話してくれました。

 敵味方を問わず客を大事にする広島の姿勢には頭が下がります。聞けば、今季の観客動員も好調だとか。「JFK」「SHE」など次々と新アイテムをリリースする阪神も、あの手この手で顧客満足度を上げてきました。打って投げて…だけがファンを喜ばす方法ではないと、心から感じる1日でした。

September 24, 2005 09:53 PM | トラックバック (2)

2005年09月23日

パ優勝チームは?…気をもむ岡田監督:松井清員

 「しかしパリーグはホンマに分からんよなあ」。リーグ優勝が時間の問題となり、岡田監督はパリーグV争いの動向も気に掛けるようになってきました。本来なら今ごろはリーグ1位のソフトバンクを最重要視し、大穴で2位のロッテも多少警戒ぐらいでしょうが、現行ルールではプレーオフがあります。しかも3位争いも西武とオリックスで混沌。現時点で4球団に日本シリーズ出場の可能性があるわけです。2位と3位が戦う第1ステージは10月8日から、その勝者と1位が戦う第2ステージは同12日から。日本シリーズが同22日に開幕することを考えると、阪神の相手が決まるのは直前1週間あるかないかの時期というわけです。

 パの王者がソフトバンクとは言い切れないプレーオフ制度。中でも岡田監督が警戒しているのが西武です。「西武は不気味やで。なんと言っても、短期決戦の勝ち方を知っとるからな」

日本シリーズ出場15回のうち、日本一に輝くこと9度。特に昨年はリーグ2位からプレーオフでダイエー(現ソフトバンク)を破り、日本シリーズでも中日を破って逆転優勝を果たしました。現在の西武は1位ソフトバンクから20ゲーム以上離された3位で、勝率も5割到達にすら四苦八苦。それでも短期決戦になれば、シーズン成績を度外視した怖さがあるというわけです。

 パリーグ優勝チーム決定まで約3週間。岡田監督も気をもむ日々が続きそうです。

September 23, 2005 08:37 PM | トラックバック (1)

2005年09月21日

シーツ呼び止め…「ハウ(HOW)、ハウ」:浜田 司

 久しぶりに焦った。登録抹消中のシーツが、ブルペンでのマル秘トレーニングを終え、1人で歩いてくるではないか。何をしていたのか、聞きたい。でも英語は苦手。意を決して「アンディ」と呼びかけたまではいいが、慌ててしまって「ハウ(HOW)、ハウ」と言ったきり言葉続かない。

 「ハウ、ハウ…ドウイウ、トレーニング?」。結局、出てきた言葉はイントネーションだけエイゴの、ニホンゴ。言った自分が吹きだしそうなるほど、まぬけだった。それでもシーツは意図を理解。打撃の構えを作って「ウォッチング」とウインクした。すぐに、投手の投げるボールを見に行ったのだと分かった。

 シーツが紳士で助かったのだが、人間なんとかなるものだと妙な自信もつけた。阪神V旅行はハワイが濃厚。各社限られた人数しか同行できないらしいですが、英語の練習に行ってきていいですか、松井キャップ?

September 21, 2005 08:15 PM | トラックバック (1)

2005年09月20日

虎Xデーこの週末になったら…アーメン:町田達彦

 子供のころから、遠足はいつも雨だった。ちょっとタバコを買いに、なんて外に出ると通り雨がザー…。そうです、何を隠そう雨男っていうやつです。

 だからまあ、二者択一なんて時にはあまり強く願わないクセがある。これまでの人生で、逆引いてショックなんてケースがあまりに多かったから。岡田監督はきっと晴れ男なんだろう。「クジは当たると思って引かないと当たらない」って言うくらいだから。

 さて虎党はもちろん、われわれマスコミが大いに気をもむXデー問題。この週末になったら阪神デーゲーム、中日ナイターで時差が発生するからXタイム問題と表現しても過言ではない。どこで、どんなシチュエーションで優勝が決定するか。あそこであんな形で胴上げなんて最悪だぜ、願わくば…いやいや、自称スーパー雨男の希望はここでは記さず、神に祈るだけにしとこう。アーメン。

September 20, 2005 07:11 PM | トラックバック (0)

2005年09月19日

阪神久保投手コーチが…「党首コーチ」?:浜田 司

 関西に移り住んで11年目になる。それなりに鍛えてきたつもりだが、まだまだボケもツッコミも三流のようだ。今日は、久保投手コーチに置いていかれた。

 ニッカン(大阪版)の1面だった「阪神、ローズ獲る」について問われると、同コーチは素早く切り返した。「ローズ? 知らないよ。『東京ローズ』なら知ってるけどね」。東京ローズって、なんだ? お恥ずかしい話、知らないからツッコめなかった。あとで調べて、太平洋戦争中に、米軍の士気低下を狙って放送したラジオ番組の女性アナウンサーのことだと分かった。

 同コーチは、話上手なアドリブ巧者だ。「15(日)のことですが?」と問いかけ、「♪15~、16~、17と~ぉ、やな」と煙に巻かれたこともある。ノラリクラリとしたお答えは、まるで政治家の答弁のよう。思い切って「党首コーチ」とお呼びしていいですか?

September 19, 2005 04:39 PM | トラックバック (5)

2005年09月18日

甲子園の阪神戦は世界に誇れる文化だ:酒井俊作

 赤く光る発煙筒から煙がモクモク…。フィールドを取り囲むように水の入ったバケツが置かれていた。前日のヤクルト戦の試合後の光景を見て、学生時代の卒業旅行を思い出した。

 イタリアはローマでサッカーセリエAの試合を観戦したときだ。ラツィオVSレッジーナ戦は、とにかく異様。試合中も発煙筒が投げ込まれる。さらに少数派のレッジーナ・サポーターの周囲には警備員がズラリ。乱闘を防ぐため、警戒していた。試合後は1時間もスタジアムで待ちぼうけ。「いま外に出るとラツィオの連中がいるだろ、危ないんだよ」。イタリア人のおじさんが教えてくれた。見渡すと子供はほとんどいない。マナーを超え過ぎた熱狂。エキサイティングだったけど、殺伐としたスタジアムには違和感を覚えた。

 前日17日は試合後、完敗に怒ったファンが甲子園の一塁ベンチ前に氷を投げ入れた。この日、赤星は「もし氷が目に入ったらどうするの? マナーは守って欲しいです」とあらためて話した。Vムードに水を差す行為を許せなかったのは当然だ。甲子園の阪神戦は世界に誇れる文化だと思う。だからこそ、周囲も良識ある応援で優勝を祝いたい。今季最後のサンデー甲子園に駆けつけた大勢のチビッ子たちを見て、そう感じた。

September 18, 2005 05:30 PM | トラックバック (4)

2005年09月17日

空の悩み晴れて…中村豊、甲子園で快晴予報:柏原 誠

 長崎、東京と回って甲子園に戻ってきました。虫食い日程のせいかやけに久しぶりに感じます。8月から続いた遠征ラッシュもひと段落。その間に大活躍を続けた中村豊は人一倍、ホッとした表情に見えます。紙面でも何度か紹介されましたが彼は極度の飛行機嫌い。残す遠征は広島、神宮だけになり空路移動の心配がなくなったからです。

 羽田に向かう長崎空港でも困り顔でした。上空での「揺れ」が怖いのではなく、実は閉所恐怖症なのだとか。移動式通路内の待ち時間が一番の苦手で、出発ぎりぎりまで粘って機内へ。「できれば乗りたくないんですがねえ」。毎回、空港に着いてすぐに、気持ちを落ち着かせる錠剤を飲んで対処するそうです。

 同じく飛行機嫌いの藤本は「電車でも行こうと思えば行ける」と長崎-東京間なら陸路の方がマシと言わんばかり。サッカー界でもオランダ代表のベルカンプは数日かけてでも陸路移動することで有名です。頑強に見えるスポーツ選手も普通の人間。悩みが1つなくなった中村豊は、広い広い甲子園できっと大暴れしてくれるでしょう。

September 17, 2005 07:16 PM | トラックバック (0)

2005年09月15日

阪神野崎取締役「負けて不本意です」:松井清員

 この日名古屋市内でセ・リーグがプレーオフ委員会がありました。このままいけば阪神の勝率1位は確実ですが、阪神より4つ引き分けの少ない中日が最終的に勝利数で阪神を上回る可能性があるからです。プレーオフは2試合先勝の3試合制。1試合目をホームで戦ったチームは2、3試合目をビジターで戦うルールがすでに決まっていました。

 問題はどちらが先にホームで試合をするかの順番です。ところが1戦目を落としても最大2試合ホームで戦えることや営業的メリットもあり阪神、中日ともに希望は「2、3戦目ホーム」。そこでこの日、両球団代表による抽選とあいなりました。

 先にクジを引いたのは阪神野崎取締役。机の前に並べられた2つの封筒のうち、直感で体の正面ではなく斜めの方にあった1枚を取ったそうです。ところがガッツポーズが出たのは、残りものを手にした中日伊藤球団代表の方でした。「負けて不本意です」と野崎取締役は心底悔しそう。でも東京ドームで伝え聞いた岡田監督は「決まったん? ああそう」と何とも薄い反応でした。

 これも中日と大きくゲーム差を離していて、プレーオフまでもつれない自信があるからでしょう。でも最後にクジで勝つ鉄則を教えてくれました。「クジは当たると思って引かんと絶対当たらんのよなあ」。この一言が野崎取締役に届いていれば…。また違う結果になっていたかも知れませんね。

September 15, 2005 08:30 PM | トラックバック (0)

2005年09月13日

虎が来て?長崎の今日は晴れだった!:松井清員

 「長崎は今日も雨だった」を作曲した彩木雅夫さんが新曲「長崎の今日は晴れだった」を発表したのはつい先日のことでした。「私の曲が長崎を雨の多い街のイメージにしてしまったけど、調べてみたら実は晴れた日の方が日が多かったんです」。彩木さんは記者会見でそう明かしましたが、この日地元長崎で巨人戦を戦った平田ヘッドコーチも同感でした。

 「夏は暑いし、毎日晴れの日ばかりでねえ。雨が降ったらみんな大喜びだったよ。それぐらい高校の練習は厳しかったんだから」

 出身の海星高は長崎港の1000万ドルの夜景を一望できる高台にあり、すぐ下にある名所オランダ坂でのダッシュやランニングはかなりきつかったそうです。雨が降れば室内での軽めのメニューに切り替わり「大喜び」という次第です。

 「長崎の今日は晴れだった」を歌うのは前川清さんにそっくりさんの後川(うしろかわ)清さんと元クール・ファイブの宮本悦朗さんに小林正樹さんグループ「後川清&ホット・ファイブ」。内山田洋とクール・ファイブが歌った「長崎は今日も雨だった」が、150万枚のミリオンセラーとなったのが1969年(昭和44年)。平田ヘッドも注目する長崎36年ぶりのイメチェンは果たして…。

September 13, 2005 08:30 PM | トラックバック (1)

2005年09月11日

流行の最先端をいく!島野総合コーチの左手首:町田達彦

 いわゆる「流行りモノ」からは、縁遠いヒトだと思っていた。島野総合コーチの左手首には、白いゴムバンドが巻いてある。

 「お前も、これくらい着けんとアカンやろ。どういう意味が知ってるか」。

 独特のイントネーションで、かまされた。

 ホワイトバンドというやつだ。意味は知っている。世界中の貧富の差をなくそうという趣旨のメッセージを発するグッズ。サッカーの中田英や女優藤原紀香がCMではめ、ファッション性も相まって若者の間で大流行しているアレだ。

 メッセージには賛同しないわけではない。だが、どこか違和感がぬぐえない。若い選手が巻いているのなら、分かる。ベンチ内で、失礼ながらオン年61歳の島野総合コーチだけが着けているという不思議…。

 「娘が買って、着けとき言われてな。それだけや」。照れくさそうにタネを明かした。流行の最先端をいくベテランコーチが、トラのベンチには居る。さあ、セ界の貧富の差を広げよう。

September 11, 2005 07:11 PM | トラックバック (1)

2005年09月10日

赤星さんからクレーム「余裕でセーフだろ~」:酒井俊作

 手招きされるなり、いきなり「クレーム」をつけられた。赤星さんだった。ん、何やろ…。「ギリギリセーフじゃないよ~。余裕でセーフだろ~」。一瞬、僕がキョトンとした表情をしていると、笑いながら続けて言う。「今日のニッカンだよ~」。10日付けの2面で赤星さんの雑感が写真付きで掲載されている。

 二盗を試みたが、無理と判断し素早くホームに戻ったというもの。スタートを切りながら、瞬時に「勇気ある撤退」を下す赤星さんの走塁技術のハイレベルさを伝える原稿だった。確かに写真では捕手倉からの送球にも、ゆとりのスライディングで帰塁。『余裕で』と話す盗塁王のクレームからはプライドすら感じた。

 常々、赤星さんは「盗塁には勇気が必要。迷うと必ずいい方向にいかない」と話す。勇気とは…。オフには俊足の新人赤松に話していたこともある。「盗塁しないことも勇気の1つ」だと。細かいプレーなのだけど、広島戦で実践してみせた背番号53から、あらためて偉大さが伝わってきた。

September 10, 2005 08:31 PM | トラックバック (1)

2005年09月09日

「星野SD騒動」に…「トラ戦士は大丈夫」:柏原 誠

 1週間ぶりの甲子園ですが、とにかくムードが異様です。残念ながら優勝を控えた緊張感ではなく、まったく違うピリピリ感。試合前、甲子園にいる報道陣は選手にはあまり群がらず、背広姿の人たちばかりを追いかけます。牧田球団社長の顔にも疲労の色が見えました。お気づきかと思いますが「星野SD騒動」によるものです。

 朝、鳴尾浜に行っても記者はポツポツ。甲子園はチケット完売の満員なのに、記者席は試合が始まっても空席だらけ。フロント取材のため各社トラ番が他方面に散らばっているから。優勝争いと並行してのストーブリーグ取材はさすがにシンドい。ゆっくり野球を見たいなあ、というのが野球記者の本音でしょう。

 ただご安心を。トラ戦士は外野の喧騒に惑わされていません。御子柴広報によると「選手は大丈夫ですよ。そういう独特の雰囲気は現場まで伝わってきてないですし。少し話題にはなるみたいですけどね」。最後まで選手がグラウンドに集中できる環境が続くよう、祈るばかりです。

September 9, 2005 07:10 PM | トラックバック (1)

2005年09月07日

番記者浜ちゃんのストレス解消は…「そら太るわ」:浜田 司

 トラ番になってから、食べることでストレス解消している。遠征先の名産を食すのはもちろん、ホームゲームになると1日4食イッてしまうこともある。一般的な時間帯に朝&昼食をかきこみ、さらにナイターの前と後…。岡田監督の口ぐせ「そら」をプラスして、「そら太るわ」と周囲から猛省を促される日々だ。

 そんな肥満記者へのメッセージか。中日との天王山初戦があった6日、牧田球団社長は昼食抜きで球団スタッフとの会議をこなした。「食べられへんのですわ~」。星野SD騒動もあって、忙しいのだと勝手に想像している。少なくとも午前9時半前に球団事務所に現れ、午後3時20分に電鉄本社に入るまでの約6時間は食事していなかった。

 そんな社長は、なんと8日が55歳の誕生日。定例報告会でSDに続投要請する予定の“Xデー”と重なるとは…。「大変な日? いやあ、そんなことないでしょ。55歳? 松井(ヤンキース)の背番号と一緒ですなあ、ハハハハ」。果たして8日、社長は何食、口にできるのだろうか。

September 7, 2005 05:24 PM | トラックバック (0)

2005年09月06日

虎の進撃を支えるトレーナー『モミの杉田』:酒井俊作

 ナゴヤドームで打撃練習を見ていると、怒声を浴びせられた。「見えないやないか!」。振り向くと三塁ベンチ前の柵に腰掛ける杉田トレーナーがニヤリと笑う。「ケージ裏まで行くのがしんどいんやわ」。阪神の進撃を底から支える名物トレーナーだ。『モミの杉田』の異名を取り、江夏、掛布、現役時代の岡田監督ら歴代の名選手の体をマッサージしてきた。

 かつて内臓を患い、入院生活も過ごした。食事制限をするほどで、いまも体調は万全ではない。それでも遠征に帯同する。札幌、そして名古屋。連続フルイニング出場を続ける金本らをケアする。過酷な長期ロードにも付き添った。「オレが行かんとあかん」。8月19日からは神宮へ。同16日からの横浜3連戦中に急性胃腸炎で苦しんだ金本の体を守るためだった。

 遠征に帯同しないときは鳴尾浜で2軍選手の体を見ている。未来のスター候補に胸を躍らせた。「桜井がいい筋肉しとるわ。弾力性があって、柔らかくてな。監督の現役のときみたいやわ」。ベテランが1軍の首位快走の原動力になっているが、鳴尾浜にも常勝軍団を築く「宝」がいる。若き長距離砲はウエスタンで9本塁打。杉さんのひと言に虎の明るい将来を見た。

September 6, 2005 07:46 PM | トラックバック (0)

2005年09月04日

岡田監督が札幌ドームで“ご乱心”:町田達彦

 札幌ドームに入ると、岡田監督の奇行を目にした。三塁側ベンチ裏の通路奥で、壁にむかって手にしていたノックバットをガンガンと打ち付けていた。

 と、殿、ドーム中ですぞ。札幌の“ご乱心”にキョトンとしてる記者に向かって、岡田監督はニヤリと笑った。「昔、アリアスがこの壁をぶち破ったんやけどな。大丈夫、もう直っているな」。なんだ、破壊活動と思いきや、戦後処理活動でございました。

 チーム関係者に聞くと「アリアスが? そんなことあったっけなあ」と記憶はおぼろげだ。その点、監督の記憶力や洞察力は人並みはずれたところがある。なんて感心していると、話はプロ入り1年目のことに。

 「オレが阪神に入ったときは知能テストがあって、寮の食堂でやらされた。満点とったのはオレだけやろ。未だに記録や」。

 バカの壁なんてベストセラーがあるが、知性派の壁もずいぶん頑丈で破れないようだ。

September 4, 2005 06:28 PM | トラックバック (4)

2005年09月03日

殴られる意味を理解できたから今の自分がある:柏原 誠

 札幌に来ています。プライベートで5年ほど前に来て以来。ウニやらカニやらに胸を躍らせ、札幌駅を出ると巨大な垂れ幕が目に入りました。「優勝おめでとう」。くだんの駒大苫小牧です。浅岡編集委員が「独断流」で書いているように、僕も一連の騒動に少し違和感を覚えました。先に断っておくと、基本的に暴力はやるのも、やられるのも好きではありません。

 小1で黒板に頭を打ち付けられた時はさすがに親にチクりました。でも高校までグラウンドで日常的にあった「鉄拳」に首を傾げたことはほとんどありません。殴られる意味を理解できたからでしょう。「スクールウォーズ」の滝沢先生のパンチと一緒です。この数百発がなければ、僕は我慢することも知らない(もっと)自堕落な人間になっていたはず。理不尽な暴力しか知らない人(駒苫は知りませんが)は不幸です。

 昨年、高校の恩師が「生徒間の暴力」の責任をとって辞任しました。自らのこぶしが原因でないことに、少し安心しました。「歯をくいしばれ!」「ありがとうございます!」。意外にも北海道で我がルーツを思い返し「こんなうまいラムしゃぶを食えるのは、誰のおかげか…」などと思いはせるのでした。

September 3, 2005 04:17 PM | トラックバック (0)

2005年09月01日

藤本、健康と幸運願い長男に命名:酒井俊作

 し烈を極める首位攻防戦が粛々と行われている。緊迫ムードすら漂うなかで、虎ナインのほのぼのとした話題を贈りましょう。8月17日に生まれた藤本の第1子(長男)が「啓寿(けいじゅ)」と命名された。健康で長生きするという願いをこめて「寿」の一字を入れたかったそう。「啓」には明るい方向に導くという意味があるという。

 「もうちょっとで生まれるんですよ。心配は心配ですねえ…」。そう話していたのは、長期ロードが始まったばかりの8月2日。横浜から妻裕貴さんの体を気遣っていた。14泊のロードを終えて、1度関西に戻ってきた同15日は、早朝の新幹線で1人帰阪していた。つかの間の帰阪中にベイビーが誕生するのだから、幸運だ。半月後には生まれた子供の名前も決まって…。

 記者は独身だから、父親として実感できないが、藤本の期するところは大きいはずだ。この日は試合前とあって「いいじゃないですか」と言葉少な。それでも発奮材料が増え、キリリとした表情だった。

September 1, 2005 08:24 PM | トラックバック (1)