鉄矢多美子 Field of Dreams

2008年01月31日

第180幕 中南米の野球事情・ウインターリーグ最終章

 野球が盛んな中南米、カリブ海一帯の国々は、シーズン最後を締めくくるカリビアンシリーズ(2月2日~2月7日)を直前に、異常な盛り上がりを見せている。それは彼らにとってのワールドシリーズであり、日本シリーズにも匹敵する。いや、もしくはそれ以上だと思わせるほどの、ボルテージのあがりようだ。時には死人が出るほどの騒ぎにもなるのだが、よしんば死人やケガ人が出たとしても、みんなの関心は「勝った、負けた」の方に向いていて、新聞記事にもならないほどだ。

 数年前、ドミニカ共和国のチャンピオンシップを見てホテルへの帰途、夜中の2時をまわっていたにもかかわらず、道の両側に立ち並ぶ群集に、いちいち車を止められ、その日対戦したチームのどっちを応援したのかを「尋問」されたことがある。

 もし、うっかり彼らが応援しているチームと反対のチーム名でも口走ろうものなら、タダじゃ帰れなくなる。車ごとひっくりかえされ、時には火をつけられることだってある。そんな危険をかいくぐりながらだから、いつもは1時間ほどで帰れる道のりが、3時間4時間とかかってしまうのだ。

 日本からすれば、そんな狂気は想像もつかないであろうが、日本と他の国では明らかに野球に対する群集、ファン心理などにおける温度差がある。そればかりか、野球を取り巻く環境にも大きな差異が見て取れる。

 たとえば、野茂がウインターリーグに参加していたベネズエラでは、石油産出国だけに、さぞかし国民は潤っているだろうと想像しがちだか、実はそうではない。5つ星のホテルに宿泊しても「きょうはミルクがないの。明日? それは明日にならないとわからない」という有様だった。

 食用油や日常生活必需品の不足は慢性化している一方で、ガソリンは1リットル約2円という安さ。とはいえ、貧富の差が大きく、車をもてる人間はガソリンの安さに十分な恩恵を受けているが、車を持てない貧困層の人々にとっては何のメリットもない。むしろ、経済格差が広がる一途をたどっている。そうした激しい経済のひずみを抱えながら、それでも野球は連綿と続き、人々はひと夏(季節が正反対だから)のゲームに酔いしれる。

 ベネズエラの野球場で、失業中だという中年男性に聞いた話を思いだした。「ここ(野球場)では、お金持ちも貧しい者もみんな平等だ。平等にヤジを飛ばし、平等に怒り、平等に拍手を送り、平等に喜べる。野球という名のもとでみんなが平等なんだ。球場に来ている間、僕らは魔法にかかっているように何もかも忘れて楽しめる」。シーズンオフに帰国し、それまでテレビで見ていた「おらが街のヒーロー」を目の当たりにした高揚感も手伝って、いやなことをすべて忘れてしまうというのだ。中南米では生活の中に生きづいている野球というものを強く感じる。だからこそ異常な盛り上がりかたをするのだろうと思った。

 ベネズエラで会った中年男性の言葉を反芻しながら、この週末から始まるウインターリーグの最終章、カリビアンシリーズ(ドミニカ共和国のサンチャゴ)を覗いてみることにしよう。

January 31, 2008 01:31 PM

2008年01月23日

第179幕 野茂やテハダが発する野球熱

 1月9日付けのコラム(177幕)で、ミゲル・テハダのことに触れた。その直後に大きな動きがあった。1月15日に薬物問題で偽証罪が問われたのだ。同日、6歳年上の実の兄が、自分の家の近くで交通事故死している。偽証罪疑惑と実兄の死という不幸に直面したテハダは、もう母国でのプレーをやめるのではないかと思っていた。ところが、17日からのファイナルチャンピオンシップの初戦だけ休むと、18日からは、まるで何事もなかったかのようにラインナップに名前を連ねてきたのだ。

 周囲が騒然としている最中、ファイナルチャンピオンシップに連日フル出場して、メジャーのシーズンさながらのプレーを見せている。全米にとどまらず、ある意味、全世界が注目し包囲網が敷かれている感のある状況下、この問題を自分の中でどう受け止めながらプレーしているのだろうか、集中力は途切れることがないのだろうかと、不思議でならない。ある意味、“乗り降り自由”のウインターリーグ。こんなことが自分にのしかかれば、プレーする必要もないし、第一、モチベーションもあがってこないことが予想される。

 もし日本でこんな状況下に置かれたとしたら、多くの日本選手はおそらく野球どころではないメンタリティーになるだろう。それでもプレーを続行するテハダのこの強靭な精神力は、いったいどこからやって来るのだろうか? 日本で野球をウオッチする我々にとって、彼らの行動は理解に苦しむことが多い。しかし今、そのナゾを解く答えをベネズエラのウインターリーグに参加した野茂が教えてくれたような気がしている。

 その功績はメジャーリーグで十分に認められており、なかなか人を認めようとしないあのボンズまでもが一目置き続けた野茂。肩や肘の手術を乗り越え、リハビリを経てドン底から這い上がろうとするその精神力とエネルギー。ベネズエラに到着した最初の記者会見で「何があなたをそうさせるのか?」という質問に対する野茂の答えはこうだった。「まあ、自分は野球が好き…。というより、野球をするのが好き。自分がしたかっただけ」。

 すっーという感じで野茂が言ったこの言葉を反芻し、よくよく考えてみると、そこからは野球に対する気持ちの傾け方が尋常ではないものが見えてきた。それはテハダとて同じなのだ。誰よりも、何よりも深く野球を愛し、それが生活の一部、もしくはリズムにもなっていて、すでに、彼らの中にはプレーせずにはいられないという「野球DNA」のようなものが体の中に生まれているのではないだろうか…。彼らからほとばしり出る熱は、そんなことを思わせてしまうほど熱い。

January 23, 2008 04:32 PM

2008年01月17日

第178幕 左手に彫られた「楽」が意味するもの

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 エンジェルスのエルビン・サンタナが、15日に行われたドミニカ共和国のウインターリーグ(リセイ・タイガース所属)で6回を無失点に抑え、キャンプに向けて上々の仕上がりを見せている。

 2005年5月17日に22歳でメジャーデビューを飾ると、この年いきなり12勝(8敗)して、ポストシーズンにも出場するなど、彗星のように現れた若きエースに注目が集まった。翌06年には16勝(8敗)と、まさに日の出の勢いでのし上がり、周囲からの期待は大きくなるばかりだった。

 だが、昨年は思うように調子があがらず、7月に入ると打ち込まれる試合が続く。ついには月間防御率が12・56までハネ上がり、夏場の約1カ月、3Aでの調整を余儀なくされることになった。三振のとれる投球も陰をひそめ、これまで簡単に料理できていた打者からも容赦なく襲いかかられた。こうなると悪い展開が次々に巡り、ついには自信喪失へ…。

 出口のない迷路で、自分を見失いかけていたとき、サンタナはふと自分の左手の甲に目をやった。そこには漢字で「楽」という一文字がタトゥーで刻まれていた。もちろん「enjoy」というその意味を知った上で彫りこんだ文字だったが、そこで、すべてにおいて「楽=enjoy」できていない自分に気づく。

 それからはマイナーリーグでの登板でも何かしらの「楽」しみを感じつつマウンドに立つことにした。エンジェルスは快進撃を続け、優勝へ向かってまっしぐらに突っ走り始めた8月中旬、メジャーに呼び戻された。チームが地区優勝を決めた9月23日のシャンパンファイトの歓喜の輪の中にサンタナはいた。その騒ぎが一段落すると左手の「楽」という一文字を感慨深く眺め、それから軽くキスしていた。

 年明けにホワイトソックスのポール・コナーコとのトレード絡みで名前があげられるなど周辺は騒がしかったが、雑念を打ち払い自分の投球に集中しようとする姿勢が、15日の素晴らしい投球に結びついたのだと思う。その日は「楽」という一文字が一層輝いて見えたことだろう。しかし、苦しいとき、いや苦境に陥ったときこそ、その一文字が自分の支えになってくれることをサンタナは知っている。


 ※写真は、左手に刻まれている「楽」

January 17, 2008 12:01 AM

2008年01月09日

第177幕 母国と、メジャーと、時々日本

 メジャーのシーズンが終わり、母国のドミニカ共和国に帰ってからもミゲール・テハダはほとんど休むことなく体を動かしてきた。生まれ故郷の「バニ」に自ら出資して作った「ミゲール・テハダ球場」で、チャリティーゲームを主催し、子供たちに野球を教えて回る日課も続けている。そして、まるで年明けを待ち構えていたかのように、この2日から母国のウインターリーグでプレーも始めた。

 「シーズンオフは、自分が育ててもらった国や地域に恩返しができる絶好のチャンス」。スーパースターになってからも変わることのないそんな思いが、テハダを野球場へと駆り立てる。同様の気持ちでプレーしていた、ヤンキースのロビンソン・カノには、昨年末、ケガを懸念する球団から「出場禁止令」が出された。テハダは「母国」と「メジャー」の板ばさみになり、出場できなくなったカノの分まで背負ってプレーしている。

 また、今年は所属するチーム(アギラス)の地元・サンチャゴで、2月2日からカリビアンシリーズが開催されることになっており、ホスト国の中心選手としては特別な思いがある。一昨年、ベネズエラで行われたこのシリーズには、プライベートジェットを駆って乗り込むなど、どの国で行われようと参加には常に前向きだ。そこからは、母国のユニフォームを身にまとい、母国の人々に自分がプレーする姿を心行くまで見せたいという強い思いが感じ取れる。

 そのカリビアンシリーズが終われば、キャンプインはもう目の前だ。アストロズに移籍したテハダが特に楽しみにしているのは、松井稼頭央と二遊間を組むことだ。「いつの日か日本でプレーしてみたい」と言うほど、日本びいきのテハダにとって、日本のトップクラスの選手とコンビを組み、シーズンを戦い抜くことはこの上もなくいいモチベーションになるのだという。

 母国を思い、アストロズでのプレーを待ちわび、いつの日か日本でも…。あれこれと思いを巡らしながら、今年もテハダは有意義なオフを送っている。

January 9, 2008 11:38 PM