2007年11月17日
第171幕 指揮官たちを成功に導いたものとは
今年の最優秀監督にア・リーグはインディアンズのエリック・ウエッジ、ナ・リーグはダイアモンドバックスのボブ・メルビンが選出された。両監督とも前年のBクラスから、今季地区優勝へと導いた手腕が高く評価されたものだ。だが、両監督は一貫して「主役は常に選手たち。監督としてできることなんて実に限られているものだ」「選手あっての自分」というポリシーでチームの指揮をとってきた。
個性派集団を率いる現場責任の長ともなれば、そのポリシーを貫くことは易しいことではないはずだ。そして、この2人の監督には、11月13日に他界した稲尾和久氏とどこかオーバーラップするものを感じる。当時、いわゆる「オレ流」を貫いていた落合博満(現中日監督)を稲尾監督が「甘やかしすぎる」などと揶揄されることも少なくなかった。しかしそれは「甘やかす」という概念ではなく、まさに「選手を信じる」ということに他ならなかった。
稲尾氏は、選手の性格、個性、能力を見極め、それを信じてやるということが、何倍もの力になって跳ね返ってくることを知っていた。実際、稲尾氏がロッテの監督を務めた3年間のうち、主砲の落合は85、86年と2年連続で三冠王に輝いている。この快挙をなし得たことは、監督と選手の信頼関係の深さなくして語れないものがあると思う。
たとえば、インディアンスのCC・サバシアや、ダイアモンドバックスのリバン・ヘルナンデスを例にあげるとすれば、とかくこの2人は問題児として扱われることが多かった。しかし、それぞれ2人の監督は、ある意味彼らの「超個性的」な部分を、自分の型にはめて矯正しようとしなかった。サバシアとヘルナンデスが「自分たちの能力を信じ、見守ってくれている」という指揮官のポリシーを理解したとき「やらなければ」と奮起したのだ。
当然のことながら監督に要求されるのは「強いチーム作り」である。ウエッジ、メルビンとも、この数年は率いるチームが低迷し、自分との葛藤、せめぎあいを重ねてきた。そうして苦労した分、選手たちを信じてあげられる許容量も、より広がったのではなかろうか。「選手あっての自分」。そのスタンスと選手を信じる許容量こそが、指揮官たちを成功へと導いたのだ。
November 17, 2007 12:40 AM
