鉄矢多美子 Field of Dreams

2007年10月30日

第169幕 「ヤギの呪い」を解いた日本のテレビ番組

 ワールドシリーズも終わり、激動の2007年が締めくくられた。今季も数々の出来事があったが、中でも、日本のテレビ番組によって「ヤギの呪い」が解かれたことが、今、カブス関係者の間で話題になっている。

 ことの起こりは今年3月。テレビの企画でキャンプ地にヤギのぬいぐるみを持ち込んだところ、いきなりそれをピネラ監督が「これで呪いとおさらばだ!」と言って、踏みつけ、蹴飛ばしてからだ。

 意表を突くピネラ監督の行動に担当記者は笑い転げていたが、彼らはしっかりとその出来事を記事にしていた。この時の様子を見ていたアーニー・バンクス(カブス出身。殿堂入り選手)が「ボクも同じようにおまじないをしたいから、ヤギを送って欲しい」と申し出てきた。それほど好評を博した企画になったのだった。そして、今季のカブスは出足こそモタついていたが、オールスター前後からグングン巻き返し始めていた。

 「春にヤギをやっつけておいたから、こんな素晴らしい展開になってきた。本当に日本のテレビ局の企画に感謝したい」。真顔でバンクスからお礼を言われたときは、こちらが戸惑うほどだった。終盤にはブルワーズと激しい首位争いを繰り広げるまでになり、ますますヤギを蹴飛ばした「ご利益」がクローズアップされていた。万が一、カブスが敗れたりしようものなら、反対にこちらが何を言われるかわからない。そんなドキドキ状態で勝ち負けを見守る日が続いた。

 結果的には、一時大きく水をあけられていたブルワーズを大逆転して、カブスは見事、中地区で優勝を果たした。ディビジョンシリーズではDバックスに3タテを食らってあえなく世界一の夢は消えてしまったが、ピーター・チェイス広報部長は「球団やチームは決してガッカリしていない。むしろこれだけやれたんだからと、みんなハッピーに感じているんだ。それもスプリングトレーニングでヤギを踏みつけ、カースを蹴飛ばしたことが少なからず影響したのかもしれないね」と言った。

 時としてテレビの企画、演出は過度になりすぎるあまり、顰蹙(ひんしゅく)を買うケースがある。だから、こちらも現場の雰囲気とか、状況を見回しながら、恐る恐るお願いしたのだったが、ピネラ監督の思わぬリアクションによってチームに「幸運」がもたらされたと言われれば、思わず胸を張りたくなる。これにより、ちょっぴり調子に乗って、来季のキャンプには少し多めにヤギのぬいぐるみを持参しようかなどと思っているところである。

 ◆ヤギの呪い カブスは1908年以来、世界一と縁がなく、ワールドシリーズからも45年以来、遠ざかっている。当時、ヤギを連れたファンの入場を断ったことから「ヤギの呪い」と語り継がれている。

October 30, 2007 03:47 PM

2007年10月03日

第168幕 スパイダーマンが迎えたシーズンの終わり

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 いよいよポストシーズンの始まりだ。だが、それに残れなかったチームの選手たちの中には、どこかでこれが最後になるかもしれないという思いを抱きながら、最終戦に臨んでいた。その日までともに戦ってきたチームメイトと、必ずや次の年も一緒にプレーできる保障はどこにもない。だからこそ、選手たちはいつもより感慨深げに別れの挨拶を交わしあう。そんなシーンをあちこちで見かけるシーズンの終わりは、取材する側の我々も妙に感傷的になったりするものだ。

 このオフ、フリーエージェントになるツインズのトリー・ハンター外野手もそんな1人だった。試合前は「ちっともツキがまわってこない」とぼやきながら、トランプに興じていたが、9月30日のリーグ戦最終日は「ツインズ最後のユニフォーム」になるかも知れないところから、テレビや新聞などのインタビューが相次ぎ、仲間たちとの最後の勝負? の楽しみを途中で取り上げられた格好になった。それでも自分を取り巻くデリケートな質問に、快く答えていた。

 「できることなら残りたい」。ここまで15年。人生の約半分をツインズ一筋に歩いてきただけに、このチームには特別な愛着も持っているし、残留したいと思う気持ちに嘘はない。ツインズも、2002年オフにデビット・オルティーズを失った経験から、チームの「核」がいなくなることがどれほど大きなものかを懸念している。ただ現時点では、3年契約を提示している球団に対し、5~6年契約を要求するハンター側とは条件面で大きなへだたりがあり、バゼットの少ないツインズがそれを飲めるかどうかは、限りなく不可能だと見られている。

 ツインズ時代、苦楽をともにしてきた間柄のデビット・オルティーズとは、いわゆる「まぶ達」。最終シリーズでボストンにやってきたハンターは、試合後、オルティーズと食事を共にし、今後の身の振り方について相談した。「彼と話して結論が出たわけじゃないが、チームに残りたいという気持ちは強い。だが、その一方でビジネスだと割り切らなければならない面があるのも事実」。そう答えるのが精一杯だった。

 身体能力がズバ抜けて高く、2001年から6年連続でゴールドグラブ賞を獲得するなど、もともと守備には定評があったが、とりわけ2002年のオールスターではボンズの本塁打性のあたりをジャンプ一番、塀にグラブを差し込んでもぎ取り、外野の守備から帰ってくるハンターを待ち受けていたボンズが彼を担ぎ上げて悔しがったシーンは今も語り継がれている。ハンターは、このときから「スパイダーマン」の異名を取ることになった。

 最終戦には、アウエイゲームであるにもかかわらず、「行かないで!」「ミネソタにとどまって」「私は(残ることを)信じてる」などのメッセージボードを持った熱心なファンが本拠地ミネソタから押しかけた。それらのファンに、まるで別れを惜しむかのように、黙々とサインを書き続けた。「これからテキサス(自宅)に戻って、いろいろなことをゆっくり考えるよ」。苦しい決断に迫られる複雑な心境のまま「スパイダーマン」はシーズンの終わりを迎えることになった。

※写真は、ファンにサインするハンター

October 3, 2007 07:22 PM