2007年08月27日
第163幕 ボンズとともに…海の上の夢追い人
マコビー・コーブでボンズのホームランボールを待つBONDS NAVYのメンバー
バリー・ボンズの本塁打新記録フィーバーで沸き立ったサンフランシスコは、記録を超えたその翌日から「日常」を取り戻している。連日400人以上詰め掛けボンズを悩ませた報道陣も今はどこかに消えて、プレスボックスにもゆったりとした日常が戻ってきた。ボンズも「クレイジーだったよね」と他人事のように言いながら、ほっとした表情を見せていた。
そんなところに「756号のホームランボールを拾ったニューヨーク在住のマット・マーフィーさんがボールをオークションにかける」というニュースが流れた。ボンズは「打ったのはボクだけど、ボールは拾った人のもの」とクールな反応を見せていたが、50万ドルは下らないといわれるお宝ボールは、周囲からみれば垂涎の的といったところだ。
とりわけ、サンンフランシスコのライト側後方に広がるマコビー・コーブにカヤックでやってくる「常連さん」たちにとって、その記念ボールがスプラッシュにならなかったことがちょっぴり残念な様子だ。彼らの中には2000年に球場がオープンした時から通い詰めている人や、試合開始の2時間以上も前にやってきて、打撃練習のスプラッシュボールから拾い集めるという熱心な人もいる。
そんな仲間たちの間にはいつしか、友情と連帯感が芽生え、気の合う仲間で結成したのが「BONDS NAVY」だ。現在のメンバーは12名で、オレンジ色に黒というジャイアンツカラーで染め抜かれた旗をカヤックに取り付け、マコビー・コーブにやってくる。彼らの中にはボンズがメイズと並ぶ660号、それを抜いた661号のスプラッシュを連続して獲得した、ラリー・エリソンさんの顔もある。
そこに集まる人々のほとんどが、当初はチケットを買って外野席で試合を見ていた。ところが球場内ではボンズのホームランボールを追いかけるのに、競争率も高く、ボールの争奪戦は命がけに等しいなど危険も取り巻いている。スプラッシュに目をつけた彼らは、ならば…と「陸」から「海」に獲得場所を切り替えたのだ。「海の上では入場料もいらないし、命がけになることもない」と、次々に海に入って行った。
海に浮かぶ彼らをよくよく観察していると、思い思いに作ってきたサンドイッチ、ホットドッグ、クッキーなどの交換会を行い、さながら海上ピクニックを楽しんでいる。が、ボンズの打席になった途端、せわしくオールを動かし、ここぞという位置取りをする。ボンズにホームランが出ずそれがヒットであっても、彼らは惜しみない拍手を海上から送るなど、応援は球場内にいるファンとも連携している。
現在、彼らがマコビー・コーブにやって来る楽しみは、ボンズがホームランを打つたびに本塁打記録が更新されて行くそのボールを獲得することだが、早くも「800号本塁打、3000本安打など区切りの記念ボールが海に飛び込んできてくれればいい」という期待も寄せている。お宝ボール獲得を巡って、海の上の夢追い人たちの旅はまだまだ続く。
August 27, 2007 12:12 PM
2007年08月18日
第162幕 全身全霊をかけた桑田真澄の挑戦
桑田真澄が8月14日にパイレーツから戦力外通告を受けた。野球選手であるならば、だれもがフィールドから去らなければならない日はやってくるが、運命の「その時」を迎え、会見した桑田は「もう十分。何も悔いなしです」と、しっかりと現実を受け止め、実に柔和な表情で受け答えていたのが印象的に映った。
その予感はあった。8月10日からサンフランシスコの遠征に来ていた桑田が、11日の登板で打者2人に四球、右前安打を許し、1死もとれないまま降板した。試合後、それでもトレーシー監督が「桑田はいい仕事をした」と褒め上げた。それを聞いた桑田は「どこがいい仕事なんですかね」と苦笑しながら言った。打者を塁には出したが、足の速い走者を釘付けにしたことを評価したとも受け取れたが、実はその言葉を聞きながら、もしかすると…という思いが胸を横切っていた。
その日のジャイアンツの先発、ティム・リンスカムは今季彗星のごとく現れた若手有望株。小柄ながら90マイル後半の速球と変化球で小気味よく三振を取る投球を披露していた。桑田はそんな彼と自分の姿をどこかに重ね合わせていたようで「自分もああいう若いころがあったんだなと思いながら見ていた。体も大きくないみたいだから、頭を使いながら、いいピッチャーになってほしい。速いボールをもっているし、大きく育ってほしいね」と、敵の投手に対しても惜しみないエールを送った。
サンフランシスコのAT&Tパークは、桑田がアウエイの公式戦で投げる7つ目の球場だった。印象を聞かれると「いろんな球場で投げさせてもらうということは、非常にありがたい」と、さまざまな形の球場やマウンドなどで投げられることへの感謝の気持ちを口にした。バリー・ボンズとの対戦に関する質問には「どこかで対戦できたら非常に嬉しい」と答えて、そこからは自分が挑戦者としていられることの喜びが溢れ出ているようだった。
「98マイル投げても打たれるときは打たれる。野球はわからない。簡単なときは簡単だけど、アウトを取れなくなると本当に取れない。だから全身全霊で戦いたいと思うし、野球って素晴らしいなと思う」。球場の通路でそんな話をしていた桑田を見てだれかが「彼は神様のような表情で話すんだね」と言って通りすぎた。「全身全霊」をかけ、メジャーに挑んで行った桑田真澄。その彼の挑戦、生き方こそが、野球の素晴らしさそのものを教えてくれたのだ。
August 18, 2007 12:32 PM
2007年08月10日
第161幕 亡き父に導かれたボンズの756号
バリー・ボンズがついにハンク・アーロンを超えた。筆者はその瞬間をAT&Tパークのライト寄り外野席付近で迎えた。ボンズ本人はもとより、観客も打ったと同時にそれを「確信」する文句のない当たりだった。マコビー・コーブに花火があがり「バリー、バリー」の大合唱の中、ホームインしたボンズが両手の人差し指を大きく、高く、そして長く、天にかざした。
これまで本塁打を打つたびにそのポーズを続けてきたボンズが、なぜか今季からそれを封印していた。755号でアーロンと並んだときも、そのポーズは出なかった。だが756号を打ったあと、封印を解いたのだ。試合を中断して行われたセレモニーでマイクを握ったボンズは、感謝の言葉の最後に、天を見上げて「DAD!」と大声で叫び、こみ上げる涙を必死にこらえていた。
ボンズには、酒やギャンブルに浸り、やたらと厳しい面を持っていた父ボビーとの間で親子断絶した一時期があった。しかし父親がガンに侵され、命の期限を知らされたとき、心の垣根はなくなっていた。やせ細り歩くこともおぼつかなくなってからも父は病院を抜け出し、死の3日前まで球場に通い続けた。ボンズもまた病院に寝泊りしながら、そこから球場に通った。父ボビー・ボンズは2003年8月23日に他界した。
その父に向かって、息子は「やったよ!」と誇らしげに報告したのだ。それは、天の上にいる父と地上の息子の2人だけにしかわかりえない魂の交信のようにも映った。試合直後に行われた記者会見でも「ビデオで打撃フォームをチェックしていたとき、父親からアドバイスされた細かな点を思い出した」と、それまで口にしていなかった父を語り始めた。
754号のあと1週間ほどホームランが出ず「頭の中が混乱して気が狂ってしまいそうだ」と、フラストレーションが極限に達したときもまた、父が言っていたことを思いだしていた。「何かあったらジョーのところに行け」。ジョーとはジャイアンツの打撃コーチ、ジョー・ラフィーバー。ボンズの父ボビーとともに1997年からジャイアンツのマイナーリーグの打撃コーチだった彼が、最もボンズをよく知る1人だった。
相談に行くとジョーは「少し周りが騒がしいようだから、早出してだれにも邪魔されず、リラックスして打ってみたらどうだろうか」と提案した。それがサンディエゴで放った755号につながったのだ。ボンズはそれが魔法の言葉のように思えた上、どんな時にも亡き父が自分を見守り、導いてくれていることをより強く実感したことだろう。
「掴めたよ。もう大丈夫だ」。ボンズがそう言ったのは757号を久々のスプラッシュでマコビー・コーブに叩き込んだあとのことだった。3000本安打まであと84。2000打点まであと17(8月10日現在)となり、よほどのことがない限り、これらのマイルストーンには到達するだろう。しかし「掴めた」という言葉は、それらを通り越し、800号へとつながる自信のようにも響いてきた。
August 10, 2007 04:37 PM
2007年08月02日
第160幕 ボンズの本塁打記録にあやかる便乗商売
ドジャースタジアムではボンズがフィールドに出るころを見計らったかのように、上空を小型飛行機が旋回。その尾につけられた文字には「BARRY,YOU SHOULD HAVE EBOOSTED! GO TO EBOOSTED.COM」とメッセージが書かれていた。どうやら、エネルギー補給のための栄養ドリンクのサイトのようだ。ボンズの名前を引きにして、ちゃっかり商品を宣伝しようとしているのだ。
そういえば、サンフランシスコで、ボンズのスプラッシュボールを519号、609号、621号、648号、685号の5個を拾ったジーン・ポインターさんは、ホームページを開いて、5つの本塁打の数字を入れたTシャツを作成して売り出し、一攫千金を狙っている。そればかりか「映画やコマーシャルの出演にも応じます。興味のある方はお電話ください」などと、ホームページで堂々と自己アピールまでしている。
サンフランシスコの球場周辺では、いわゆる「バッタもの」のボンズTシャツを、球場の値段の3分の1以下で売りさばく人や、外野ではボンズのボールを取るため、アルバイトで立ちんぼしている若者まで出現。当のボンズは、7月27日に754号を打って以来、8月1日まで4試合連続ノーアーチ。それでも本塁打記録にあやかる便上商売は、下火になるどころか、手を変え品を変えし、益々ヒートアップした展開を見せている。
August 2, 2007 06:54 PM
