2007年07月26日
第159幕 メジャーリーグに挑む日本人審判

「あ~。僕もいつかこんなところでやりたいなあ」。きらきらと目を輝かせて、試合前の練習を見ていた彼の目の前には、サンフランシスコのAT&Tパークが広がっていた。「やっぱり、メジャーの球場はいいなあ。でもマイナーの球場にも、いっぱい、いいところはあるけど…」。そう言いながら「もうそろそろ審判が出てくる頃ですね。この時間が審判にとって、とても重要な時間なんです」と真剣な表情で時計を見る。
その彼とは、メジャーリーグの審判員を目指し、現在1Aのカリフォルニアリーグで審判員として活躍している平林岳さんである。今年の前半戦はミシガン州、インディアナ州、ウイスコンシン州、オハイオ州、アイオア州などに点在する1A(Low)のミッドウエストリーグでジャッジメントを行っていたが、7月10日にカリフォルニア州に点在する1A(High)に昇格し、現在、更なる昇格を目指して南北に長いカリフォルニア州のチームを転々として回る日々をおくっている。
7月23日。カリフォルニア南部のバイサリアからサンノゼに北上し、移動日だったその日に、電車を乗り継いで、サンフランシスコにやってきた平林さんは、これまで1度も見たことがなかったAT&Tを訪れ、美しい球場の佇まいを目の当たりにして、しきりに感動していた。我々ならばその感動で終わるとこだが、そこは審判員としての虫が騒いだのだろう。試合開始時間から逆算して、プレーボールがかかるまでの手順をしっかりとチェックしていた。
筆者は92年に平林さんがアメリカでアンパイアーにチャレンジを始めたころ、アリゾナのルーキーリーグを見に行って、偶然お目にかかったことがあった。それからパ・リーグの審判員を経て、40歳になった昨年から再び渡米し「メジャーリーグ」を目指しての挑戦を決意したと聞き、オハイオ州やミシガン州など何箇所かにお邪魔したことがあるが、長い車の移動や安月給などの苦労も感じさせず、実に嬉々として々を過ごしていることに驚かされた。
平林さんくらいの年齢になる日本のサラリーマンは、会社と家庭の不満をタラタラと漏らしながら、満員電車に詰め込まれて毎日を漫然とやり過ごしていることも少なくないのではなかろうか。40歳にして一念発起し、マイナーリーグの底辺から、メジャーを目指す大きな目標を持った平林さんは、日本の同年代の男性が持っていない目の輝きをたえずその目にたたえている。メジャーリーグ審判員への道は、決して生易しいものではない。しかし今、平林さんは一歩一歩地道に階段を登り始めている。
現在、平林さんをはじめ、他に何人かの日本人マイナーリーグ審判員がステップアップを目標に頑張っている。メジャーを目指すのはプレーヤーだけではない。そのことを常に心のどこかに留め、彼らの夢にも、惜しみない応援を送り続けたい。
※日本人初の1Aオールスターゲーム球審を務めた平林さん
July 26, 2007 06:52 PM
2007年07月19日
第158幕 ボンズの苛立ちが頂点に達した日
ドジャースの斎藤が最後の打者バリー・ボンズを内野フライに打ちとって、昨年と同じ24セーブを上げたのは7月15日のことだった。試合後、特にアメリカの記者は、対ボンズに対する質問を矢継ぎ早にぶつけていた。斎藤はクローザーとしての自分の仕事ができた満足感をかみしめながら、しかしまた、オールスターでボンズの人間性に触れ「ナイスガイ」だったこともどこかで反芻しながら質問に答えているかにみえた。
記者たちが斎藤を囲んでいるちょうど同じ頃、一方のジャインツのクラブハウスではとんでもないことが起こっていた。ボンズが放送禁止用語を連発しながら、ユニフォームを入れるかごをひっくり返すなどして大暴れしていたのだ。多少の胸騒ぎを覚えていた筆者は、斎藤の取材を終えると、すぐにジャイアンツ側に移動した。そのとき騒ぎはすでに鎮まっていたが、クラブハウス内は、まだその余韻をとどめていた。
口では時々きついことも言うボンズだが、こんな風に暴れることはない。なぜそういうことになったのだろうか…。その時の様子を撮影したという地元のテレビ局に行き、VTRを見せてもらうと、そこには常軌を逸したボンズの様子が生々しく映し出されていた。長い間、ボンズを見続けてきた筆者も、こんなふうに自己コントロールを失くしたボンズの様子を見たのは初めてだった。
実はその日の試合前、クラブハウスにポツンと一人いたボンズが「ハグしよう。ラッキーがもらえるかもしれないから」と言った。その言葉に驚きつつも、現状の不振を何かによって変えたいという、いわば「藁をもつかむ思い」が伝わり、状況がよほど深刻なのだろうと感じていた。
それでも最多本塁打記録がかかっている今は、打っても、打たなくても、試合に出なくてもボンズ、ボンズと書き立てられる。7月3日に打った751号を最後に、オールスターを挟んで約2週間もの間、本塁打はおろか、1本の安打も出ていないことに対する苛立ちは、いかばかりのものだったであろうか。
試合前、斎藤がボンズについて言ったことを思い出した。「彼もここまで来るのに、いろいろなことを乗り越えてやってきたんだろうなと思うと、その苦労がみえる気がした」。わずかなやりとりの中で、それを洞察していたことに驚いたばかりか、相手へのリスペクトの仕方を学んだような気がした。筆者も含め、みんなが斎藤のような受け止め方ができていさえすれば、ボンズの苛立ちは最小限にとどまっていたのかもしれない。
ともあれ、取材者側にいる者としては、いろいろなことを考えさせられるできごとだった。
July 19, 2007 03:42 PM
2007年07月12日
第157幕 球宴の向こう側に見えた熱い男の魂
イチローのMVPで幕を下ろしたMLBオールスター。その2日前には文字通り、未来のメジャーリーガーを目指す「フューチャーズゲーム」が行われた。このゲームに出場し、さらにMLBオールスターにも選出された選手はこれまで31人にも上っている。ここに選ばれてきた選手にとって、この試合は単にメジャーへの登竜門というばかりか、スーパースターへの階段にもなっているのだ。
そんな将来を嘱望されている若者たちの試合のあとに、オールドタイマーたちを交えたソフトボールゲームが行われた。試合終了後、参加者の1人リッキー・ヘンダーソンがテレビのインタビューで「僕は現役に戻ってプレーしたい。どこかの球団から声がかかるのを待っている。そのためにいつでもプレーできるようにコンディションも整えている」と答えていたのが印象的だった。
2003年のドジャースでのプレーを最後に、実質的にはメジャーの選手として引退状態になっているが、2004年と2005年には独立リーグでプレーしながら、メジャー球団からのオファーを待った。親子ほど年の離れた選手たちとクラブハウスを共にし、椅子に腰を下ろして試合に向けた準備をしている姿を何度か見たことがあるが、その姿からは現役にこだわる強い意思がほとばしっていた。
独立リーグでは自分の練習を終えると、自らトスを上げて若い選手たちの打撃練習の相手になっていた。ひとたび「教える」モードに入ると、時間のたつのも忘れて指導に没頭。現在も時間の許す限り、少年野球のクリニックなどに積極的に参加している。「彼らを教えるのは楽しいし、そうしていながら、いつ(メジャー球団から)オファーが来てもいいように、自分の準備もしているんだ」と、常にメジャー復帰を口にする。
25年間プレーしたメジャーリーグでは、通算1406盗塁など、いまだ破られていない記録も多い。これだけ偉大な記録を残しておきながら、50歳になろうとする彼を、いまだメジャー復帰に向けて突き動かすものとは何なのだろうか。それを聞くとヘンダーソンは「野球を愛しているからだよ」とだけ答えた。彼がそう言えば、計り知れないほどの重みを感じる。
「チャンスはきっとあると信じて、いつまでもあきらめずに待つ」。
そう言い残してヘンダーソンがAT&Tパークを去ると、球場はオールスターゲームの準備に向けてあわただしく動き始めた。ついさっきまで熱く語っていたヘンダーソンの現役復帰への夢が、その動きに飲み込まれ、かき消されてしまいそうで、なんだか切ない気持ちにさせられた。いや、熱い男の魂はそんなものでは決して消されたりはしない。この直後にヘンダーソンはメッツの打撃コーチに就任した。そうしていながら彼は現役への夢を持ち続けるのだろうか…。
July 12, 2007 02:45 PM
2007年07月04日
第156幕 ボンズが松坂に求めるもの

レッドソックス松坂とボンズの対決から2週間が過ぎた。松坂に対しての印象などをテレビカメラの前では一切口にしなかったボンズに「もうそろそろ、いいのでは?」と促すと、「彼は僕たちのリーグじゃないし、たった1試合きりの対戦だけでは印象も意見も言えない」と、相変わらずコメントを拒否する構えだった。
それでも、ここで取り逃がすと永久に何も言わなくなるかもしれない。クラブハウスへ帰ろうとするボンズを何とかくい止めなければという思いから、気がついたらユニフォームを少し引っ張っていた。と同時に、とっさに新庄の話題を持ちかけてみた。すると不思議にもボンズの足がピタリと止まったのだ。そして「Shinjo,That's my boy! How are you doing dog!」と叫んだ。
しめしめ、敵は乗ってきたようだ。そこで機を見て再度「松坂の…」と迫ると「野茂みたいに多くの対戦をしていれば、いろいろ言えることもあるけど…」と逃げの一手。たとえ1度の対戦でも、そのときの印象くらいはもっているはずだ。それでも、なかなか胸中は語ってくれない。これ以上迫っても無理だと思い、引っ張っていたユニフォームを離したとたん、ボンズの口から驚く言葉が飛び出した。
「もし俺と再度挑戦したかったら、今度はストレートを投げ込んで来い! そしたら俺は水の中にボールをブチ込んでやるよ」。そういうボンズの視界にはスプラッシュヒットで有名になったマッコビー・コーブが入っていた。そして、このコメントの奥には、初対決でいきなり敬遠された際の、ボンズの心の様相が如実に写し出されているような気がした。
ともあれ、何とか松坂に関するボンズの生の声を録画できてほっとした。それにしても、この言葉を引き出す触媒的な働きをしてくれたのは新庄だった。彼の名前を出すだけで、相好を崩すボンズを過去に何度も見てきた。ボンズがなぜこれほどまでに新庄を支持しているのかといえば、その一つは「思い切りのよさ」にあるのかもしれない。
松坂と対戦したときもボンズは「新庄」のそれを求めていたにちがいない。もし、今の松坂ともう1度対戦したなら、今度はボンズの口から別の言葉が飛び出してくるだろう。今季2人が合間見える可能性はほとんどないが、意としていなかった投球で悔しい思いをした松坂と、仕切り直した2人の対決は是非見てみたいものだ。
※写真は松坂について語るボンズ
July 4, 2007 07:25 PM
