鉄矢多美子 Field of Dreams

2007年06月27日

第155幕 ロバーツの祖母、孫を訪ねて10000キロ

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 サンフランシスコ・ジャイアンツのデーブ・ロバーツ外野手の祖母・トミさん(84)が、孫の応援のためサンフランシスコのAT&Tパークに駆けつけた。イチローの大ファンだというトミさんは、孫のロバーツがいるサンフランシスコより先に、沖縄から成田を経由してシアトルへ。一足先にマリナーズ戦を観戦してイチローを応援し、その後、サンフランシスコにやってきた。

 前日、ロバーツは「沖縄からおばあがくるんだ。初めて飛行機に乗るし、初めてアメリカに来るんだけど大丈夫かなあ」と期待半分、心配半分の顔をしていた。その不安を吹き飛ばすかのように、球場にやってきたトミさんは元気いっぱい。ロバーツは休養のため、先発から外れていたが、それでもジャイアンツの応援で声援は飛ばすわ、みんなと一緒に手拍子は送るわ。ポップコーン片手に野球をエンジョイしていた。

 ジャイアンツの選手1人1人に拍手を送っていたトミさんだったが、ボンズの打席になると突然手がとまり、固まったように動かなくなった。本塁打記録のことを知っているトミさんは、もしや…と思うあまり、息を呑んで見守っていたのだ。ボンズが内野ゴロに終わると、その固まりも解け、ちょっと残念そうな顔をした。

 7回までジャイアンツがリードしていたところで、寒さもあってトミさんは球場をあとにした。とたんに8回に逆転されてしまうが、それを知らないロバーツは「調子がいいから行かせて欲しい」と、監督に代打志願。見事にライト前に同点打を放ち、その後、盗塁まで見せて、沖縄から来たおばあにいいところを見せたつもりでいた。

 ちょっぴり残念ではあったが、それでも、チームが延長戦を制すると「おばあが力をくれたおかげ」と、笑顔を作った。ホテルに帰ったトミさんは結果を知って残念がったらしいが、こうしてメジャーのグラウンドで孫が活躍している姿を見て、はるばる10000キロを越えてきた甲斐があったと思った。このあともしばらくメジャーリーグ観戦が続くが、野球好きのトミさんにとって孫の応援で興奮の毎日が続きそうだ。

※写真はAT&Tパークでピースサインをするロバーツの「おばあ」トミさん

June 27, 2007 01:18 AM

2007年06月19日

第154幕 近頃メジャーで蔓延する高度な?日本語

 「チーィース」「おなかすいた」「ダメだよ」「もう、痛いでしょう」「やめてよお~」「アッチイケ」「いいねえ」などなど、ここはどこ? と疑いたくなるほど、メジャーリーグのクラブハウスには日本語が蔓延し、しかも彼らがごく自然にそれを使いこなしているから驚きである。

 当初は「おはよう」「こんにちは」程度の日本語だったものが、昨今はえっ! と思わず聞きなおしてしまいそうな、高度なフレーズがフツーに使われるほどレベル・アップしているのだ。しかも、上記の日本語などは、まだかわいいもので、放送禁止用語に属する言葉にいたっては、覚える方の飲み込みも早く、けっこう自由に飛び交っている感さえある。

 そんな中、日本語の勉強を単なるお遊び気分ではなく、本気で言葉をゲットしようとする人物が現れた。ロッキーズのラトロイ・ホーキンズだ。常に「日本語ノート」を持ち歩き、これは…と思ったものを書き留めては、ボキャブラリーを増やそうと頑張っている。松井稼や彼の通訳から聞き出した日本語をしっかり書きとめ、語彙の習得に余念がない。

 しかし、そのノートをのぞいてみると、いきなり「MIZA CUDA SI」と意味不明の文字が並んでいた。そのわきには英語で「CAN I GET WATER」とかかれていた。どうやら「水ください」の意味らしいのだが、それを発音してもらうと何度言っても「みざくらさい」。

 次は「CHILDREN」を「KODOMO」と書いていて、それはバッチリOKだと褒めると「I HAVE NI KODOMO」と単語をつないできた。これで「僕は子供が2人います」という日本語を完璧にしゃべっている気になっているらしい。だが、このフレーズを突然聞かされた人は、理解に苦しむだろうことが容易に想像できる。

 試合が終わり、次の遠征地に向かうホーキンスのバッグには、しっかりと「日本語ノート」が詰め込まれていた。それには数字の6が「ROKA」と書かれており、いささか不安は残すものの、1日1語のゲットを目指す心意気だけは買ってあげたい。それにしてもメジャーリーガーたちの間で、日本語の習得が密かなブームを呼ぶなんて、少し前までは考えられなかったことである。

June 19, 2007 07:58 PM

2007年06月12日

第153幕 苦節12年。初昇格の喜びと険しい道のり

 6月9日。試合に敗れたサンフランシスコ・ジャイアンツのクラブハウスは、まるでお通夜のような重い空気が流れていた。そんな中、この日、3Aのフレズノからコールアップされたギジェルモ・ロドリゲス捕手だけは、1人嬉しさを隠しきれない様子で、顔から笑みがこぼれていた。無理もない。プロ生活12年目にして初めてメジャーのユニフォームに袖を通したのだから…。

 前夜。正捕手のベンジー・モリーナと交代し、途中から出場したエリエサール・アルフォンゾが、ホームで走者と交錯し太ももの怪我をした。2名しか捕手の登録がなかったジャイアンツが、第3の捕手に任命したのは、内野手のペドロ・フェリスだった。「捕手? 全く生まれて初めてだったんだよ」というだけあって、投手のボールを受けることで精一杯。急造捕手はランナーを許すと好きなだけ走られまくって、当然のごとく試合は負けた。

 故障者リスト入りしたアルフォンゾに変わって、マイナーから急遽呼ばれたのがロドリゲスだった。これまでのマイナー生活12シーズン中、11シーズンをジャイアンツのマイナーで過ごし、いつもあと一歩というところで、メジャーに残れず、涙をのんでいた。今季はジャイアンツの開幕日が4月3日だったが、その1日前に3Aに行かされている。その時点で「今年もまたマイナー生活が続くんだろうな」と覚悟していたのだという。

 同じ日、ロジャー・クレメンスがヤンキースに復活し勝利を決めて、アメリカのスポーツチャンネルは、どこもかしこもその話題でもちきりだった。当然のことながら、苦節12年目にして初めてメジャーに上がった選手の話題など、スポットが当たるはずはなかった。だが、この11年間、マイナー一筋にやってきたことを思えば、初めてのメジャー昇格は、大きなスポットライトを浴びているに等しい思いだった。

 ただ、悠長なことは言っていられない。怪我をしたアルフォンゾが15日間の故障者リスト明けで戻って来る頃には、どちらかがマイナー行きになる運命が待っているからだ。ロドリゲスにしてみれば、苦節12年、やっと掴んだこのチャンスを何とかモノにしたい思いでいっぱいだ。だが、12日現在、いまだ試合には出ておらず、メジャリーグデビューは飾っていない。

 「何とか出場チャンスを得て、生き残りをアピールしたい」。こんな切なる思いは、7月に故郷のベネズエラからやってくる家族に「メジャーリーガー」の自分を見せたいからだ。それには激しいサバイバルを勝ち抜き、生き残っていかなければならない。思わぬ形で手にしたメジャー切符。それを手放すことなくどこまで遠くに走れるか。いまだ、険しい旅は続く。

June 12, 2007 07:09 PM

2007年06月05日

第152幕 ボンズ金縛り? 大記録に向け大スランプ

 ボンズが大スランプに陥っている。まるで金縛りにでもあっているかのように、打てない。ハンク・アーロンの通算本塁打記録755まであと21本としてシーズンインし、4月は本塁打8、打率3割5分6厘と好調な滑り出しを見せた。「記録更新はオールスター後の7月中旬から下旬」と予想していた「ボンズ番」の記者たちは、この滑り出しを見て、「Xデー」の予想を大幅に変更せざるをえなかった。

 5月に入ると、すぐさまボンズの本塁打記録更新の取材用特別パスの申請受付が行われ、メジャーリーグ機構も記録を達成した際、本塁打を識別する特別な刻印ボールの準備をするなど、舞台裏もあわただしくなっていた。ところが、肝心のボンズが5月8日に10号を打ってから14試合ノーアーチ。結局5月は本塁打4、打率1割9分4厘と、全く期待はずれに終わった。当然のごとく、新聞には「SLUMP」の文字が躍る日が多くなっていた。

 こうなれば、ブツブツと文句も多くなる。夜間は冷え込むサンフランシスコの気候に「寒い」を連発。そのため球団は今季からボンズのために(と言っても過言ではない)ホームのベンチに暖房設備を整えた。そこで「暖」をとりつつ「僕は42歳で、もう年なんだ。22歳ではないから、寒さが身に堪えるんだよ」と、ブツブツ。春先に全米を襲った寒波には「野球をする気温じゃない。70度(摂氏では約21度)を越えないとね」とブツブツ。

 その気温に関して言えば、このところ、ジャイアンツが試合を行っている地域は、連日70度を越えている。「野球ができる気温」になっているのだが、肝心の「ボンズの温度」が上がってこないのだ。6月5日からの試合は、現在95度~105度前後(摂氏=35度~40度)の真夏のアリゾナで行われる。そこはボンズが大学時代(ASU)を過ごした愛着のある場所で、ジャイアンツのキャンプ地でもある。「気温」と「環境」が揃った第二のふるさとで、リラックスできれば、復調のきっかけをつかめるかもしれない。

 振り返れば「ベーブ・ルースまであと6本」から始まった昨年も、記録に到達するまであと1本になってから、12試合、40打席と足踏みしている。ボンズは否定するが、プレッシャーも尋常ではないのだろう。シーズン前には「あとたったの21本じゃないか。そんなものすぐだよ」と豪語していたが、シーズンに入ってからは「俺は(記録達成を)引っ張るよ」と訂正した。すぐ手の届くところにあるように思えても、実際はなかなかつかめないというのが現実なのだ。スランプに陥っている今、先人の残した偉大な記録がどれほどのものであるか。ボンズは、ひしひしと感じているに違いない。

June 5, 2007 12:05 PM