2007年05月08日
第148幕 かけがえのない時空。オリンピック
北京五輪を目指す、野球の日本代表第1次候補選手の60名が発表された。10月に30名に絞り、最終的には24名が日本代表としてアジア予選を戦う。その先にはオリンピックという大舞台が控えているが、この特別な舞台を踏んだ経験は、野球選手としての自信を深め、あるいは持てる才能を大きく開花させるきっかけになることは間違いない。
2000年のシドニー五輪にアメリカ代表として参加したダグ・ミンケイビッチ(ヤンキース)もそんな1人だった。99年にメジャーのスポットをもらいながら定着できず、マイナー暮らしが続いていたが、金メダルを獲得して帰国した後からはメジャーに定着。「あの時の多くの経験が、僕の野球人生を大きく変えた」と7年前を振り返る。
それまではメジャーとマイナーのボーダーライン上にいた。「そのレベルで失敗したら、それをすぐに成功に変えなければ、チャンスがもらえないというプレッシャーとの戦いでもあった」と語る。オリンピックという特別な舞台は「お金や契約、打撃成績といったことに一切とらわれず、純粋にゲームにフォーカスしていればよかったから、これまでになくリラックスして野球に取り組めた」ということが幸いした。
翌2001年には、いきなり開幕からメジャーに定着し、この年の4月にはシアトルに入団したイチローと首位打者争いまで演じた。結局、自身初のメジャーフル出場で3割6厘を残し、ゴールドグラブ賞も受賞した。「オリンピックを経験したおかげで、野球を続けてきたことを誇りに思えるようになり、一生野球とかかわって生きて行きたいと思えるようになった」と世界観まで変えられていた。
そして、今、感慨深く思うことの1つに、シドニーで戦った松坂が、レッドソックスに入団し、今度はメジャーの舞台に立っていることなのだという。「あの時から、彼はアウトスタンディングだった。いつの日かメジャーで成功を収めるにちがいないと思っていたが、まさかこうして対戦相手になるなんて」と再びのめぐり合わせに、少なからず不思議な因縁を感じているのだという。
メジャーの道に続く指標を見つけ出すきっかけとなったオリンピック。ミントケイビッチは、オリンピックの話題が取り上げられ、その時期が巡り来るたびに、自分が身を置いていた、かけがえのない時空を思い浮かべている。
May 8, 2007 12:21 PM
