鉄矢多美子 Field of Dreams

2007年05月29日

第151幕 なぜか目薬…近頃メジャーで流行るもの

 松坂や岡島が日本から持ち込んだ「5本指の靴下」が、レッドソックスのチーム内で流行っているという。ニューヨークタイムスまでもがそれを取り上げ、話題を呼んでいる。だが、待てよ。たしか5本指ソックスは、野茂も愛用していたし、日本人プレーヤーの多くは、とっくに使用していたはずだが…。ここにきて突然、5本指の靴下がクローズアップされるなんて、さすがに注目度が高い2人だけある。
 

 さて、メジャーリーグの選手間では、これと同様に密かなブームを呼んでいるものがある。その筆頭が日本製の目薬だ。筆者にもここ数年「目薬を買ってきて」とのリクエストが相次ぎ、今季のキャンプの取材では、25個もの目薬を持ち込んだ。以前から注目されていたらしいのだが、その流行に火をつけたのは、どうやらカーディナルスの田口あたりだといううわさを耳にした。

 その実、カーディナルスの日本製目薬愛好者は多い。レジー・サンダースも愛好家の1人だったが、昨年トレードでロイヤルズに移籍し、田口とクラブハウスを共にしていた当時と同じ状況で目薬がゲットできなくなった。今年のキャンプで補給路を絶たれた? サンダースに目薬を持参すると「日本から僕の目がやってきたぞ!」と言って相好を崩し、喜んだ。

 ツインズのトリー・ハンターも日本製の目薬愛好者の1人。「これでボールがよく見えるようになった。次に来るときも持ってきてね」。そう言われてクラブハウスを出ようとすると、今度はステルメイゼック、ブルペンベンチコーチが追いかけてきて「僕の必需品なんだ。お金を払うから、たくさん買ってきて。頼むね!」との熱烈なリクエスト。

 アメリカには目薬ないの? と思いたくなるが、独特のクールな点し心地の品がないらしく、日本の目薬を1度使用すると、彼らの心を捉えて離さなくなってしまうらしい。この他にも、日本が関連するものでは「特製おにぎり」や、選手個々に持っている日の丸のついた「必勝」「闘魂」はちまきなどが、根強い人気を博している。5本指の靴下や目薬なども含め、メジャーリーガーたちの間で流行っているものは、エッ? こんなものが? という意外なものばかりだ。

May 29, 2007 07:23 PM

2007年05月22日

第150幕 「メチャメチャカッコイイ」男

 キャンプの時から、アスレチックスの選手たちの風貌の「むさ苦しさ度」は群を抜いていた。髭や髪は伸ばし放題。手入れをする暇がないのではなく、彼らはそれを楽しんでいるきらいさえあった。エースのダン・ハーレンなどは髭と長髪で顔全体が埋め尽くされ、チェ・ゲバラ風、あるいはヒマラヤの雪男風で、彼本来の顔の輪郭が確認できないほどだった。

 そんな「むさ苦しい」軍団にあって、チームNO・1のロン毛を誇っていたニック・スイッシャーが先週、肩まであった長髪をバッサリ切り落とした。さては失恋? いや、これから夏に向かうから暑さ対策? など、いろいろな憶測をしてみたがどれも違うらしいことがわかった。地元紙に「切った髪の毛は、チャリティーの一環で、がん撲滅運動の研究基金として利用される」という記事が掲載されていたからだ。

 その記事によれば、スイッシャーの父スティーブさんも断髪式に参加し、息子の行いを褒めつつも「髪の毛はもう切ってもいい時期にきていたけどね」と言って周囲を笑わせたそうだ。父、祖父とともに親子3代にわたるメジャーリーガーで、そうした身近の大先輩たちから、選手としてのプレー以外で、人間として何をしなければいけないかを教えられたのだという。

 日本語に興味を持ち、いろいろなバリエーションにチャレンジしているが、最近覚えたてのお気に入りは「カッコイイ」と「メチャメチャ」というカジュアルなフレーズ。特に「メチャメチャ」がオールマイティーに使えることを知ると、今季加入したマイク・ピアザに向かって「メチャメチャ オヤジ」と指差した。日本語にかけては数段上のピアザは「ったく、しょうがないヤツ」というような顔で苦笑していた。

 挙句のはてに、自分を指差して「カッコイイ」を連発する。イチローは? と聞くと同じく「カッコイイ」と答え、ではゴジラ松井は? と聞くとう~んとうなった挙句「…」。答えに窮するあたり、この言葉のイメージを把握しているのだろうか? 「カッコイイ」というのは、外見だけでなく、人間としての心が素晴らしい人のことも言うのだとレクチャーすると、すかさず「マツイ カッコイーイ」とフォローした。

 ともあれ、自慢のロン毛をバッサリ切って、チャリティーに参加するなんて、常々自分がアピールしている通り、スイッシャーもまた、メジャリーガーとして、男として「メチャメチャ カッコイイ」。

May 22, 2007 12:19 PM

2007年05月15日

第149幕 恐るべし「40歳の新人」選手

 現在メジャーで活躍している40歳代の選手は20人を超えている。メッツのフリオ・フランコ(実際は50台らしいが…)を筆頭に、バリー・ボンズ、ランディー・ジョンソン、ロジャー・クレメンスなど、やたらと「40代が元気」なのが目につく。そんな中、また1人40代のプレーヤーが誕生した。ジャイアンツのオマール・ビスケルが4月24日に40歳になったのだ。

 4月22日のことだった。地元サンフランシスコでデーゲームの取材が終わり、球場を出ようとしていたところ「きょう僕の誕生パーティーがあるんだ。よかったら来てよ」と招待状を渡された。その夜レストランを貸しきって行われたパーティーには、親しい人や母国ベネズエラなどから大勢の友人がかけつけていた。飲んで、歌って、踊って、おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎが続き、その中心には弾け切ったビスケルがいた。

 その誕生パーティーでも着用していたが、通常球場にやってくるときの私服は「花柄」が中心。「カラフルだから心をハッピーにさせてくれる」というのがその理由らしいが、暇を見て描く絵画もプロはだしで、画家としての才能もその色彩感覚とは無縁ではないようだ。「要するに、仕事でも何でもチャレンジするものに対しては、好きで、楽しいという気持ちで取り組むことが大事。そうすれば大方のことはうまく行くものさ」と、超ポジティブ人間でもある。

 35歳を過ぎてから、ダイエットを始めた。俊敏な動きが要求されるショートを守る上で「体型の維持」は最も重要なことと考えたからだ。体の中で糖分に変わるという白米を避け、主食をブラウンライスにして、エネルギーへの変換が早いといわれる鶏肉中心のメニューに変えた。「といっても僕の場合、ストイックなダイエットじゃない。たまには、体によくないものだって口にするよ。それが長続きのコツなんだ」と、自分を追い込まないバランス感覚も心得ている。

 40歳を迎えてからは「僕は40歳の新人。新人だから若い。だからこれからもどんどん若々しいプレーを見せるんだ」と、つじつまは合っていないが、気持ちだけは伝わることを言っていた。そのビスケルが、5月13日のロッキーズ戦で、通算1591回のダブルプレーを成立させた。それまでオジー・スミスが持っていた記録を抜いて史上最多を記録したのだ。

 また、この日遊撃手としての出場は2462試合を数え、2511試合で2位にランクされているオジー・スミスまで49試合、1位のルイス・アパレシオまで121試合と迫った。こんな記録に関しても「長くやっていればね…」と淡々としている。思えばあの誕生日を境に、まるで年齢を逆行するようなパフォーマンスを続けているビスケル。恐るべし「40歳の新人」選手である。

May 15, 2007 08:24 PM

2007年05月08日

第148幕 かけがえのない時空。オリンピック

 北京五輪を目指す、野球の日本代表第1次候補選手の60名が発表された。10月に30名に絞り、最終的には24名が日本代表としてアジア予選を戦う。その先にはオリンピックという大舞台が控えているが、この特別な舞台を踏んだ経験は、野球選手としての自信を深め、あるいは持てる才能を大きく開花させるきっかけになることは間違いない。

 2000年のシドニー五輪にアメリカ代表として参加したダグ・ミンケイビッチ(ヤンキース)もそんな1人だった。99年にメジャーのスポットをもらいながら定着できず、マイナー暮らしが続いていたが、金メダルを獲得して帰国した後からはメジャーに定着。「あの時の多くの経験が、僕の野球人生を大きく変えた」と7年前を振り返る。

 それまではメジャーとマイナーのボーダーライン上にいた。「そのレベルで失敗したら、それをすぐに成功に変えなければ、チャンスがもらえないというプレッシャーとの戦いでもあった」と語る。オリンピックという特別な舞台は「お金や契約、打撃成績といったことに一切とらわれず、純粋にゲームにフォーカスしていればよかったから、これまでになくリラックスして野球に取り組めた」ということが幸いした。

 翌2001年には、いきなり開幕からメジャーに定着し、この年の4月にはシアトルに入団したイチローと首位打者争いまで演じた。結局、自身初のメジャーフル出場で3割6厘を残し、ゴールドグラブ賞も受賞した。「オリンピックを経験したおかげで、野球を続けてきたことを誇りに思えるようになり、一生野球とかかわって生きて行きたいと思えるようになった」と世界観まで変えられていた。

 そして、今、感慨深く思うことの1つに、シドニーで戦った松坂が、レッドソックスに入団し、今度はメジャーの舞台に立っていることなのだという。「あの時から、彼はアウトスタンディングだった。いつの日かメジャーで成功を収めるにちがいないと思っていたが、まさかこうして対戦相手になるなんて」と再びのめぐり合わせに、少なからず不思議な因縁を感じているのだという。

 メジャーの道に続く指標を見つけ出すきっかけとなったオリンピック。ミントケイビッチは、オリンピックの話題が取り上げられ、その時期が巡り来るたびに、自分が身を置いていた、かけがえのない時空を思い浮かべている。

May 8, 2007 12:21 PM