2007年04月27日
第147幕 ドンペリがもたらした、とんだ災難
開幕から好調なスタートを切り、悠々ア・リーグ中地区の首位を走っていたミネソタ・ツインズが、4月20、21、22日のカンザスシティー・ロイヤルズ戦(アウエイ)で1勝2敗と負け越し、ホームに帰ってクリーブランド・インディアンズ戦に2連敗。続くロイヤルズ戦で1敗し、この時点で5位に陥落した。26日のロイヤルズ戦は延長11回でかろうじて勝ったものの、この1週間は2勝5敗と散々な出来だった。
こういうときはとかく実戦の分析より「何が悪かったのか」など、勝負以外の「犯人探し」に走りたくなるのが選手たちの常。ツインズにはこれを証明する立派な? 原因があったからもう大変だ。ことの始まりは4月20日からカンザスシティーへの遠征の際、トリー・ハンターがロイヤルズのキャプテン、マイク・スイニーに高級シャンペンのドンペリーニョ4本を差し入れた時からだ。
なぜハンターがこのような行動をとったのか? といえば、昨シーズン、ツインズがディビジョン優勝できたのは「ロイヤルズのおかげ」だったからだ。デトロイト・タイガースと激しい首位争いを演じていたツインズは、残り3試合というところで、ホワイトソックスに2連敗。一方、タイガースはロイヤルズ3連戦で1勝すれば地区優勝が決まるという熾烈な戦いを繰り広げていた。
ところが、最下位のロイヤルズが意外にも善戦し、タイガースに2勝。最終戦で勝ったツインズの地区優勝は、同じく最終戦でロイヤルズがタイガースを破ることでしか転がり込んでこない状況だった。このとき、格下のロイヤルズがタイガースに3連勝しようなど、だれも予想しなかったことだが、何とタイガースがスイープされてしまい、ツインズに地区優勝が転がり込んできたのだ。
こんな経緯があったから、ハンターは今季初対戦の際、礼を尽くそうとキャプテン、スイニーに「去年は本当にありがとう。みんなで飲んでくれ」とドンペリを差し入れたのだった。こともあろうに、このドンペリの差し入れを境にロイヤルズが勢いづき、ツインズはボコボコにされるという憂き目にあう。20日からの1週間は3勝4敗だったロイヤルズの、すべての勝ち星はツインズからというおまけつきだった。
さらに26日のロイヤルズ戦では、顔面に死球を食らい、流血騒ぎに発展。しかもこのドンペリが勝敗に関係した贈り物と解釈され、規則違反になる可能性まで出てきた。「僕はいいことをしたと思ったのに。これからはもう絶対敵にスキを見せるようなことはしない」。ハンターはドンペリ購入で大枚をはたいたあげく、チームは急降下、自らは顔面に死球を食らい、規則違反であわや出場停止かという問題にまで発展。ドンペリはロイヤルズ側から返却されて事なきを得たが、踏んだり蹴ったりな目にあったハンターは相当ヘコんでいた。
April 27, 2007 11:36 AM
2007年04月18日
第146幕 「母との約束」。大塚晶則の思い
これほど1冊の本が気になったことはない。レンジャーズの大塚晶則が、これまでの彼の野球人生を綴った『約束のマウンド』(双葉社刊)を出版した。
4月9日のことだった。レンジャーズのクラブハウスをのぞくと、大きなダンボールから1冊の本を取り出していた。「今度出る僕の本です。よかったら読んでください」。そう言って、サインを入れプレゼントしてくれた。表紙を飾っているのは、WBCで韓国戦に登板し「ヨッシャー」と叫んでいるシーンだ。帯にはかつての同僚、トレバー・ホフマンが大塚に対する心からの言葉を寄せていた。
その夜、ホテルに帰ると、時間がたつのも忘れて一気に読み終えた。野球人・大塚のあらゆるスパイスが詰め込まれた構成からなっていたが、中でも第2章の「野球との出会い~母との約束」は、何度も、何度も読み返した。そこには今ある大塚の原点と、思いの丈が素直な感情で、しかし熱い思いで綴られていた。
忘れもしない。大塚がDバックス戦でメジャー初勝利を飾った2004年4月24日。遠征先からサンディエゴの家に戻ると、棚に飾られた小さな写真の前にポンとボールを置いた。52歳で亡くなった大塚の母の写真だった。メジャー初勝利のボールを母にささげた瞬間、そこに母と息子だけの会話があったようにもみえた。取材のため偶然その場にいた筆者は、胸にこみ上げる熱いものが抑えられなかった思い出がある。
そのシーンが今でも鮮やかに目に焼きついているからか「母との約束」の章は文字が読めないほど涙があふれ出た。小学4年のとき、母親に練習をサボったことを見つかり「野球なんてやめてしまいなさい」と、ピシャッと平手打ちをされて以来、反省し「絶対、野球をやめません」と心に誓ったその思いが、大塚を支えてきていると言っても過言ではないのだ。
今でこそ、メジャーリーガーとして他チームの打者から一目置かれる投手になったが、振り返れば、ここまで彼の野球人生は決して順風満帆ではなかった。山あり谷あり壁ありと、いくつもの障害が立ちはだかってきた。その度に「母との約束」を胸に思い、苦難を乗り越え、自分の道を切り開いてきたのだ。
大塚の著書は、興味深いメジャーリーグの舞台裏、投球術、イチローや松坂の素顔など伝えつつ、マウンドで激しく燃える男の秘密と生きざまを余すところなく教えてくれる。
April 18, 2007 12:06 PM
2007年04月07日
第145幕 変貌したボンズ、22年目のイメチェン?
開幕第2戦目でバリー・ボンズが今季1号本塁打を放った。新装なったAT&Tの大型ビジョンに通算本塁打数「735」の大きな文字が浮かぶ中、ネット裏に勢ぞろいした家族の視線を受けながらダイヤモンドをゆっくりと走り抜ける。割れるような場内の歓声を浴び、ハンク・アーロンの世界記録755号まであと20本と迫った瞬間、それでもボンズは冷静沈着だった。
「カウントダウン? まだ早すぎる。それは(あと5本となる)750号になってからのことだね。みんなそれまで家で休んでていいよ」とジョークを交え、はやる記者団の言葉をかわす。開幕してわずか5打席目で飛び出した本塁打。いやがおうでも記録更新の期待が膨らむが、そうした周りの押せ押せムードに乗せられることなどなく、あくまでも自分のスタンスをしっかり保っている。
それにしてもボンズの変貌ぶりには驚かされる。彼の中で何が起こっているのだろうか? ここ数年悩まされてきたひざの調子がよく、走り込みができたため、体が絞れてコンディションがいいことが気分を快活にさせているのかもしれない。開幕日の試合前にはこれまで行わなかった記者の囲みインタビューを受け、開幕戦で意表をつく二盗までしてみせた。たとえ本塁打が出ても試合に負けた場合はコメントしないことが多かったが、今年は1号本塁打のあときちんと話をしている。
その都度とまではいかずとも、このように節々で報道陣とのやりとりを行う姿は、これまであまり見られなかったことだ。キャンプ中から「今年は楽しく野球をやりたい」と言い通してきた。その言葉どおり、練習の前後にはジョークを飛ばし、監督やチームメートとも楽しそうに会話を交わしている。今のところ記者団ともいさかいは起こしていない。少しイメチェンしたそんなボンズに対し、取材記者たちは軽い衝撃さえ受けているようだ。
一時はハンク・アローンを超えたら引退も…とささやかれていたが、それがほぼ確実になった今、もう一つのマイルストーン2000打点、3000本安打を今季中に達成することも視野にある。よしんばそれに足りなければ、来年もという腹づもりを持っているのも確かだ。ただし、それには故障さえなければという条件がつく。いずれにしろ、ボンズの中で何かが変わった。22シーズン目のイメチェン? いや、実は今の姿が本当の彼なのである。
April 7, 2007 12:46 PM
