鉄矢多美子 Field of Dreams

2007年03月28日

第144幕 「ロイヤルズを揺るがす松坂騒動」

 レッドソックス・松坂大輔のメジャー公式戦初登板が4月5日のロイヤルズ戦と決まって以来、普段はおよそ日本人メディアとは縁のないカンザスシティー・ロイヤルズが、がぜん脚光を浴びている。広報部長のマイク・スワンンソンさんによれば「このところ毎日のように日本のメディアが取材にやってくる。多いときは3社、4社と重なることもあって、驚いている」という。

 バディ・ベル監督などは、次々にやってくる日本人メディアに、そのたびに同じことを何度も何度も繰り返し聞かれ、少々辟易とした感じにも受け取れた。中でも一番の「犠牲者」は、松坂との新人王争いが書きたてられたアレックス・ゴードン内野手だ。最初のうちはまだよかったが、あまりにも次々に押しかける日本のメディアにあきれ果てているようだった。

 一方、松坂との対戦が決まったザック・グリンスキー投手のもとにも、それが発表になった25日以降、続々と日本のメディアが訪れ、戸惑いさえみせているようだった。また他の選手たちにも、松坂がらみの質問が浴びせられ「知らない」「見たことがない」「まだ何も情報は入っていない」と答えているにもかかわらず、何とか関連性を引き出そうと躍起になるあまり、しつこく質問を続けている記者もいた。

 松坂の加入さえなければ、ロイヤルズもこんな騒ぎに巻き込まれることはなく、監督や選手たちも思わぬ犠牲を払うことにはならなかったはずだ。しかし、チームのキャプテンを務める、マイク・スイニー選手だけは「どんな形であれ、悪いことでさえなければチームが脚光を浴びることはいいことだ」と、辛抱強くインタビューに対応している。ロイヤルズを揺るがす松坂騒動は、初登板が近づくごとにエスカレートしていくかもしれない。

March 28, 2007 03:04 PM

2007年03月20日

第143幕 「日本語の野球雑誌が意味するもの」

 ミネソタ・ツインズのキャンプ地、フロリダ州フォートマイヤーズのクラブハウスで、日本語で書かれた野球雑誌が目に留まった。それには日本のプロ野球を代表する投手の投球分解写真が掲載されていて、もちろん、松坂、井川両投手のフォーム解析と、詳しい解説も載っていた。雑誌の持ち主はチームリーダーのトリー・ハンター。「これで、松坂と井川の研究をしているんだ」という。

 ツインズがヤンキースと対戦するのは開幕直後の4月9、10、11日の3連戦。レッドソックスとの対戦は5月4、5、6日の3連戦。その日に備え、日本の雑誌に載っている2人の投手の分解写真の1コマ、1コマを丁寧にチェックしては、対戦したときのイメージを作り上げているのだ。

 2002年の日米野球で来日したハンターは井川と対戦し、本塁打を放っている。「ほとんど忘れかけていたけど、あの時の投手だったんだ。でもあれからずいぶん時がたっているから、彼の投球も熟成し進化しているだろうし、そのときの本塁打なんて参考にならないね。むしろ彼のほうがよく覚えていて、僕を打ち取ってやろうという気持ちで向かってくるかもしれない。その時のために、こっちも準備をしておかなければ…」。

 そんな折、日本のファンからサインボールと、その雑誌を交換しようという申し入れがあったのだという。解説の日本語は理解できないが、1コマずつの投球フォームの分解写真はボールの出かたなどを、想像するのに役立つのだという。ハンターがサインボールを渡し、日米のトレード? が成立した結果、日本語の野球雑誌がツインズのクラブハウスに置かれていたのだった。

 少し前までは、日本から選手がやって来るといっても、それほど大事には考えていなかったメジャーリーガーたちも、WBCで底力を見せ付けたあの日本の強烈な戦いのイメージがこびりついていて、明らかに彼らを「うかうかしていられない」という気持ちにさせている。日本語の野球雑誌がクラブハウスに置かれていることは、彼らの安穏とはしていられないという気持ちを象徴しているように思えてならない。

March 20, 2007 05:41 PM

2007年03月06日

第142幕 「160億円男ソリアーノの実像」

 シカゴ・カブスのキャンプ地、アリゾナ州メサのクラブハウス。入ってすぐ右手の角にあたる位置に、アルフォンソ・ソリアーノのロッカーがある。カブスで13年間プレーしたサミー・ソーサが約8年ほど陣取っていた同じ場所である。はっきりとした決まりがあるわけではないが、そこはいわば暗黙のうちに「カブスの顔」となる中心選手に与えられることになっているスペースのようだ。

 メジャー史上4人目の40-40を達成した昨年オフに、8年1億3600万ドル(約163億円)という大型契約でカブスに移籍しただけに、なにかにつけ注目されている。今は少し落ち着いているが、地元のメディアを中心に、ひっきりなしにインタビューを受ける日々が続いたと聞いた。それだけ、ソーサが抜けたあと、新しいスターを待ち望んでいた地元の期待も大きいものがある。

 40-40とは本塁打、盗塁を同時に40以上記録しなければならず、長打力と走力を併せ持った優れた選手の象徴で、過去にはホゼ・カンセコ、バリー・ボンズ、アレックス・ロドリゲスの3人しか達成していなかった。ソリアーノは2002年に39本塁打、41盗塁で、惜しくも40-40を逃していたが、これまでに30-30も4度記録しているところから、史上初の50-50の可能性までささやかれている。

 広島東洋カープ時代を知る人は「あのころのソリアーノは足が遅かった。いつからそんなに足が速くなったのか信じられない」という。当時は鈍足だったソリアーノに「ロバ」というあだ名までつけられていたらしい。「広島時代はまだ若かったし、走るための筋肉ができていなかった」と本人は言っていたが、その「ロバ」が10年後に、パワーとスピードを兼ね備えたメジャーを代表する選手になるなど、だれが想像しただろうか。

 3度目の30-30を達成した2005年オフには、生まれ故郷のドミニカ共和国サンペドロ・デ・マコリスに荒地を切り開いて球場を作り寄贈した。「アルフォンソ・ソリアーノ球場」と名づけられたその球場では、地元の少年たちが明日のメジャーリーガーを夢見て練習に励んでいる。サトウキビ地帯で生まれ育ち、決して恵まれた環境ではなかった自分を省みて、子供たちに手を差し伸べる思いを具現化したのだ。

 優れた野球選手の象徴が40―40であるならば、故郷を思い率先して慈善事業などを押し進めている姿は、優れた人間の象徴でもある。160億円もの大金を手にしても、それによって人間が変わるようなことはない。むしろ、より謙虚に、より黙々と、よりひたすらに自分の歩いて行く道を切り開いて行こうとしている。それがこの男・ソリーアノの実像である。

March 6, 2007 08:13 PM