鉄矢多美子 Field of Dreams

2007年02月27日

第141幕 「サミー・ソーサ、原点回帰を」

 サミー・ソーサが2年ぶりのメジャー復帰を目指して、テキサス・レンジャーズのキャンプ地で体を動かしている。だがその立場はマイナー契約でキャンプの招待選手扱い(桑田と同じ条件)だ。いくらソーサとはいえ、キャンプで他の選手との競争に勝ち抜かなければ、メジャー契約はもらえない厳しい状況にある。

 FAになった昨年、最終的にはワシントン・ナショナルズからのマイナー契約のオファーを断り、1年間「浪人」していた。過去の栄光に浸っていたソーサにしてみれば内心「この俺がマイナー契約だなんて…」とプライドが許さなかったのだろう。しかし、1年待った今年も結局、マイナーのオファーしかなかった。

 記者会見では「昨年のオファーを蹴ったのに、今年も同じマイナー契約の条件を受け入れた理由」を聞かれた。それに対してソーサは「昨年は精神的にも疲れ切っていたため、心の準備ができていなかったが、1年間ゆっくりして野球ができる準備が整った」という趣旨の答えをした。筆者にはいくぶん説得力に欠けている答えのような気がした。

 案の定、それが不自然だと感じていた記者から、600号まであと12本と迫っている本塁打記録に関する質問が出た。するとソーサは「私は600号を打つためにここに来たのではなく、700号を打つこと、チームの優勝のために貢献することが目標だ」と答え、あくまでも「あと12本」を打つことを目標にしているのではないことを強調した。

 シカゴ・カブス時代はクラブハウスに大きなコンポを持ち込み、大音量でメレンゲやバチャータを聞いていた。ロッカーが背中合わせだったケリー・ウッド投手は肘の手術で精神的に落ち込んでいる時期、苦虫をかみつぶした顔をして耐えていた。このように他の選手のことなどまったくおかまいなしの行動をとり、我が物顔でクラブハウスを闊歩していた時代があった。

 マグアイアーとの本塁打競争を演じている最中、千葉県習志野高校の生徒たちの寄せ書きが届けられたが、それをまともに見ることもなく、ロッカーにほったらかしにしていた。それで「日本でプレーすることも視野にある」などと言えるのだろうか。確かに、すごい選手ではあるが、真のスーパースターとは人の心を踏みにじるようなことはしないはずだ。ワシントン新監督からは「若手選手の手本」としての期待もかけられているが、過去の言動を省みたとき、果たしてそれがソーサにできるのか疑問である。

 2003年にコルクバットを使った時も「知らなかった」とシラをきり、ステロイド疑惑も依然として消えていないが、今は改心した様子を見せ、日々レンジャースの一員として溶け込もうと努力している。靴磨きで生計を助けていた貧しい少年時代の純粋な気持ちに立ち戻ることができれば、ソーサは再び輝きを取り戻せるだろう。それには原点回帰あるのみだ。

February 27, 2007 01:16 PM

2007年02月20日

第140幕 「R・ジョンソン、現役続行を支えるもの」

 3年ぶりにダイヤモンドバックスに復帰したランディー・ジョンソン投手が、キャンプイン初日に会見を行った。これまでは、どこか人を寄せ付けない雰囲気をかもし出し、会見もそそくさと終わっていたが、その同じ人物だとは思えない柔和な表情で、30分ほど実に和やかに、しかも理路整然と「今の自分」を語った。
 

 昨年10月26日に椎間板ヘルニアの手術を行い、43歳という年齢からも、現役続行が危ういのではないかと噂されていた。しかし、この日の会見では大事をとって今季の初登板を多少遅らせれば以降はローテーションを守って投げられると自信をのぞかせ、自分の投球に強い意欲と執念のようなものを見せた。

 「ワールドシリーズでは世界一にもなったし、多くの投手記録も樹立した。お金も十分にある」。プレーヤーとして、こうした達成感を十分に持っていながら敢えて「引退」という道を選択せず、体にメスを入れてでもなおマウンドに立ち向かおうとする。そのモチベーションを「私にはまだ“勝ちたい”という強い気持ちが残っているから」と説明した。

 質問はヤンキースの2年間にも及んだ。1年目、2年目ともに17勝と素晴らしい成績を残したにもかかわらず、ニューヨークという環境がランディーに適しているようには見えなかった。特に17勝しながら、防御率が5・00だった昨年は、きついことで有名なニュヨークのメディアやファンにまで叩かれ揶揄された。そのことに関しては「僕にコントロールできることではないから」とさらりとかわした。

 この日の会見中、たびたび見せたランディーの笑顔に「古巣に戻って居心地がいいからなのか?」という質問が飛んだ。すると「向こうでもマウンドでは居心地がよかったよ」と答えたが「ではマウンド以外ではどうだったのか?」と踵を返された。「あなたがたが、どんな答えを待っているか分かる」と苦笑しながら「でも僕はニューヨークを楽しんだよ」と模範解答を行った。

 Dバックスのメディアは、NYの件についてそれ以上深追いしなかった。背中の痛みと孤独な戦いに耐えながら、必死に投げ抜いてきたランディーの気持ちをよくよく知っているからだ。こうした人々の思いやりに囲まれ、「41」という違和感ある背番号に別れを告げて、再び自分の顔である「51」を背負ったことなどが、笑顔を取り戻した理由なのかもしれない。

 「勝ちたい」という気力が失せた時、この世界から「引退」という引導を渡される。それをしっかりと心に刻みながら、ランディー・ジョンソンは20年目のシーズンに立ち向かおうとしている。

February 20, 2007 01:40 PM

2007年02月13日

第139幕 「ん? 桑田も井川も松坂も同一人物?」

 パイレーツとマイナー契約した桑田真澄投手が、キャンプ地入りした。米フロリダ州タンパの空港に到着した際、レッドソックスの松坂と間違えられたことが報じられているが、外国人からみると、どうも日本人は皆同じ顔に見えるらしい。先週のコラムでも紹介したが、2004年の日米野球で井川から本塁打を放っているレッドソックスのデビット・オルティスが、井川の顔をなかなか思い出せなかった。

 それでは、同じく2004年の日米野球に出場し、チームメイトになる松坂は覚えているだろうと思いきや、バツの悪そうな顔をしながら「いや~、それがその~~、どんな顔してたか覚えてないんだ。どんな球投げてたかも…」。松坂のレッドソックス入団が決まった後で、テレビで見て凄い球を投げるんだと、初めて知ったのだという。日米野球で松坂とは対戦しなかったこともあるが、では、どこを見ていたのであろうか?

 それはさておき、昨年はオルティス自身、ア・リーグの2冠王に輝く活躍を見せたが、彼がいくら打っても打ってもレッドソックスは勝てなかった。原因は「弱投」にあった。そんなレッドソックスの救世主にもなろうかという男に対する主砲の認識の甘さに内心ムッとしたが、顔を「覚えていない」のではなく、正確には同じように見えて「判別できなかった」という方が正しいのかもしれない。

 よくよく思えば、筆者がメジャーリーグの世界に足を踏み入れた当初も、向こうの選手の顔が同じように見え、だれがだれだか判別できず、同じ選手に何度も質問を浴びせ「それ、さっき答えたよ」などと言われて、初めて同一人物だということに気がついた苦い思いで出がある。桑田のそれも、オルティスのそれも、同じ現象なのだ。

 これと同様なことを、キューバのアナ・フィデリア・キュロット(アトランタ、バルセロナ五輪で銀と銅メダルに輝いた陸上女子800メートル選手)にこんなことを言われた記憶がある。「何度日本に来ても、日本人の顔が皆同じに見えてしまうの。日本人は単一民族で混血していないせいなのかもしれないけど、一応に目が細くつりあがっていて、それが見分けるのを困難にしている気がするの」と。

 今季は招待選手も含めて、一昨年につぐ最多タイの16人の日本人選手がメジャーの切符を目指しキャンプのスタートを切る。彼らの投球がベールを脱ぐと、いやがおうにもそのインパクトで、強烈な印象とともに、忘れ得ない顔になるだろう。桑田も井川も松坂も同一人物に見えるらしい外国人に、しっかり顔を判別してもらえるまで、もう少し。

February 13, 2007 12:43 PM

2007年02月05日

第138幕 「井川を待ち受けるメジャーの猛者」

 井川慶投手が自主トレのためヤンキースのキャンプ地、米フロリダ州タンパに入った。

 成田を発つとき、ニューヨーク行きの飛行機が出発する30分前に空港に到着するなど、いかにもマイペース人間らしい滑り出しを見せた。あたふたした旅立ちだったが、高校時代からメジャーを意識し、20勝した2003年オフからメジャー行きを求め続けてきた井川にとって、夢の舞台に飛び立つ思いはいかばかりか察するにあまりある。

 しかし、その夢の舞台の向こうには、メジャーを席巻する猛者(もさ)たちが、腕をぶして待ち受けている。その猛者たちの長、レッドソックスの主砲、デビット・オルティスだ。昨年は本塁打、打点の堂々たる2冠王。メジャー最強の打者と恐れられている。しかも2004年の日米野球で来日した折に、対戦した井川から本塁打を放った。左中間に上がった飛球は思わぬ伸びを見せ、井川はメジャーのパワーをまざまざとみせつけられている。

 そのオルティスに、井川について聞いた。

 Q 井川を覚えてる?

 オルティス 覚えてないね。

 Q 日米野球であなたがホームランを打った投手

 オルティス あ~。俺がホームラン打ったアイツか?(と、思い出した様子)

 Q 井川が今年からヤンキースでプレーすることになった

 オルティス えっ! なんだって!? そんな無茶だよ!! と、このまま彼に伝えておいてくれ。

 Q 彼の印象は?

 オルティス あんまり覚えてないけど、左投げだった?

 Q 左対左だが打てる自信は

 オルティス (自信ありげに)俺はこの野球で飯を食ってるんだ。自分の仕事をするだけだ。

 Q 井川にメッセージを

 オルティス この世界(メジャー)にいったん足を踏み入れたら「生き残る」ように努力することだ。フィールドで再会するのを楽しみにしている。だが、決して容赦はしないよ。

 日米野球で、オルティスをはじめバリー・ボンズやライアン・ハワードという猛者たちと対戦した井川が、今度は舞台をメジャーの本場に移し相対する。ヤンキースとレッドソックスは因縁のライバルチームとあって、注目度も高い上、ア・リーグ東で同地区のため、両者の対戦カードは年間18試合が組まれている。井川との対戦を思い出したオルティスは「今度俺と対戦する時は気をつけろ」と早くも挑戦状を叩きつけている。

 「井川対メジャーの猛者たち」。彼らの対決を想像するだけで興奮が抑えられない。

February 5, 2007 04:39 PM