2006年11月01日
第133幕 「世界一の田口、野球の神様からのプレゼント」
カージナルスがワールドシリーズを制し「世界一」になった。その瞬間をレフトの守備位置で迎えた田口は「夢の中にいるようだった」と振り返った。メジャーに挑戦して5年目。ここまで到達する道のりは、決して平坦なも のでなかった。それだけに「夢の中」という言葉にはさまざまな思いが凝縮されているように思えた。そして 「これがもし夢なら覚めないで欲しい」と、心のどこかで思ったかもしれない。
1年目に2Aで味わった苦労、2年目には開幕のその日にロースター(ベンチ入りメンバー)から漏れ、3A に行くという屈辱も味わった。投手枠の割を食ってマイナーに行かされたことなど、ここまでどれだけ悔しい思いをしてきたかわからない。周囲からは「日本でやっていれば」「出られるチャンスの多いチームを選べば」という声もあがったものだったが、どんなことに直面しても「メジャーで野球をやる」「カージナルスでプレーする」という彼の信念がブレることはなく、ただひたすらにチャンスを待った。
だが、そのチャンスとて究極の場面で巡ってくることが多かった。極めつけはこのポストシーズン。大きな重圧の中で立った打席で2度、チームを勝利に導く結果を残している。1度目はメッツとのリーグチャンピオンシップ2戦目。9回、同点の場面で放った勝ち越し本塁打。もう1度はタイガースとのワールドシリーズ第4戦、無死二塁の7回に代打で決めた絶妙のバント。これが投手の悪送球を呼んで、逆転勝ちにつながった。
とりわけワールドシリーズ4戦目のバントには田口自身も相当「しびれた」ようだ。絶対にバントしかないという場面でバントを成功させなければならない-。戦う舞台の大きさを思えば、その重圧は想像を絶するものだった。そんな中で見事に仕事を成し遂げたばかりか、それをきっかけに逆点を呼び込み、ついに「世界一」に王手をかけるというキープレーになったのだ。恵美子夫人によれば、その夜、「主人は興奮のため朝まで寝付けなかった」のだという。
ほとんど睡眠をとらないまま球場に向かった第5戦。先発は右腕のバーランダーだったが、ラインナップには「TAGUCHI」の名前が連なっていた。前日の記者会見でラルーサ監督が選手起用に関して「私は霊感のようなものを感じることがあるし、それがけっこう当たったりもする」と語っていたが、田口の先発起用は速球派投手に対する確実性の重視と、彼なら何かをやってくれるというインスピレーションによるものだったのだろう。
そして、この日の田口は3打数1安打。犠打も決め、ラルーサの「インスピレーション」に応えた。終わってみ れば、世界一という勲章を手にしていた。優勝パレードではピックアップトラックの荷台に立ち、沿道に詰め掛けたセントルイスのファンに両手をあげて「ありがとう!ありがとう!」と、大声を張り上げて喜びを爆発させた。「これをやりに来たんだ」「これがやりたかったんだ」といわんばかりのはじけようだった。人々の大きな祝福と、その興奮の空間がいかに彼にふさわしいものであったか。それは信念を貫き通した男に、野球の神様が与えた大きなご褒美だったように思えてならない。
November 1, 2006 01:08 PM
