2006年09月29日
第129幕 ペドロの涙は今もなお
ペドロ・マルティネスに異変が起こっている。右足ふくらはぎの故障から約1か月。満を持して復帰した9月15日のピッツバーグ戦で、3回4失点。22日のフロリダ戦では5回4失点。さらに27日のアトランタ戦でも3回途中7失点と3試合連続でノックアウトされた。検査の結果新たに左足ふくらはぎ筋の腱断裂が判明して、プレーオフ出場が不可能となった。
地区優勝まで「マジック1」で、復帰第1戦のピッツバーグ戦に臨んだペドロは、通常なら「胴上げ投手」になってもおかしくない状況だった。ところがストレートが全く走らず、90マイルが最速で、それも全投球数68球のうち、たった1球という、およそ彼の投球イメージとはかけ離れた内容だった。ランドルフ監督やメッツ首脳陣はこれを「1か月ぶりのマウンドだから」とかばっていたが、すでにその時点でペドロに起こっている異変を感じていたにちがいない。
この時、3回でマウンドを降りたペドロは、ベンチにとどまり、焦点も定まらないうつろな目をして天を見上げていた。テレビ画面を通して映し出されたその目には、涙がいっぱいたたえられ、今にも堰(せき)を切って泣き出しそうな表情が痛々しかった。試合後、報道陣に「泣いたのか?」と何度か聞かれたペドロは「今にも泣きだしてしまいそうだったが、ウィリー(監督)が来て、肩をポンポンと叩いてくれたので、泣き出さずに済んだ」と答えた。
そこからポストシーズンまでは2週間以上もあり、本人も首脳陣もそれまでに何度か登板することによって、本来の投球を取り戻せるものだと期待していた。しかし、それ以後2度もKOされ、しかも、あまりにも悪いその投球内容に、抜き差しならぬ状態にあることが、容易に想像できた。
ドミニカ共和国にいるペドロの個人トレーナーは「痛めた右足親指の付け根は7~8割方回復していた。その時点で、今季のメッツのキャンプに合流した。完全ではない分、どこかに負担がかかって、他の箇所の故障を誘発する可能性もある」と心配していた。それが尾を引いてのふくらはぎの故障かどうかは定かではないが、人一倍責任感の強いペドロは、開幕から無理を押してマウンドに登り続けていたのは事実だろう。
30球団の先頭を切って、ぶっちぎりで地区優勝を成し遂げたメッツにとって、ペドロの離脱は痛い。レッドソックスで世界一になった後、オマー・ミナヤGMが激しい争奪戦の結果「優勝請負人」として獲得したペドロ。「今度はメッツで世界制覇して、ア・ナ両リーグのチャンピオンリングを揃えるんだ」と張り切っていた。2週間前、目にいっぱいたたえていた涙は、プレーオフ出場断念という最悪の状況を受けて、今もなおペドロの心に溢れているにちがいない。
September 29, 2006 08:22 PM
