2006年08月18日
第123幕 過酷な試練はチャンスの入り口
1シーズンに何度か、突然、マイナーからコールアップされた選手のあたふたした光景に出会うことがある。7月11日にピツバーグで行われたメジャーのオールスターゲームの直後、ミネソタ・ツインズの3Aロチェスターから昇格したジェイソン・タイナーもそんな一人だった。だが、彼がメジャーのクラブハウスにたどり着くまでには想像を絶する過酷な試練が待っていた。
7月12日にオハイオ州トレドで行われた3Aのオールスターゲームに出場したタイナーは、翌13日にカナダのオタワで行われる3Aの公式戦に出場するため、トレドを早朝4時に出て、クリーブランド、ワシントンと飛行機を乗り継ぎ、目的地カナダのオタワに着いた。何とかその日の試合に出場しようと球場に駆けつけたまではよかったが、荷物が届かずその日のプレーは断念せざるをえなかった。
その夜、やっと荷物が届いてほっとしていたところに、今度はツインズのハンター、スチュワートという正外野手の故障により、急きょ、昇格するという電話を受けた。メジャーの試合に間に合うように、翌14日の早朝、オタワからミネアポリスに飛んだ。着いていきなりスタメン出場。そしていきなり2安打2打点の大活躍をみせた。次の日も、また次の日もマルチヒットを放ち、守備でも貢献して、瀕死状態だったツインズの外野を救った。
とはいえ、ハンターが復帰したら、再びマイナーに戻るのは必至とみられていた。しかし、それまでに印象深い活躍さえ見せておけば、マイナー落ちも防ぐことができる。「何とか、自分がこのチームに必要であるかということを証明しておきたかった」。そのモチベーションがプレーにも表れ、7月は8度のマルチヒットで3割2分8厘という高打率をたたき出し、首脳陣に強烈にアピールした。結果的にハンターの復帰後もマイナー降格にはならなかった。
2000年にメジャーデビューを果たしてはいるが、その後、大半はマイナー暮らしだった。デビルレイズからツインズに移籍した昨シーズンも、メジャーの試合に出場したのはわずか18試合。とてもツインズの仲間になれたという雰囲気ではなかった。だから、今季いきなりにメジャーに昇格したときは「初めてのヒット、初めての守備。初めてみんなと飲みに行く」と、すべてが初めてのできごとのように新鮮だったのだという。
「僕はただこのチームの一員になろうと頑張っているだけ。チームが勝つためにいいプレーをすることに集中するだけだよ。今年、もしこのままいい仕事ができれば、来年の仕事にもつながる。だから毎日、毎試合、毎打席に命をかけている。もうマイナーにはもどりたくないからね」。ロチェスターで借りていたアパートも引き払い、退路を断ってメジャーに定着することのみに照準を合わせている。「7月の過酷な試練は大きなチャンスの入り口だった」。そう思える日がきっと来ると信じながら、タイナーは毎日のプレーに没頭している。
August 18, 2006 05:31 PM
