2006年07月15日
第119幕 球宴出場を糧に進化する新人左腕
前半戦終了直前にア・リーグ防御率1位に躍り出た新人のフランシスコ・リリアーノが、後半戦のスタート(13日)で5回を投げ5失点して敗戦投手になった。この試合では三振を6個奪ったが、ホームランも3本打たれる波のある投球で、最後まで本来のペースをつかむことができなかった。
22歳。新人ながら、前半戦に10勝1敗、防御率1・83と驚異の数字を残し、オールスターにも選出されることになった。ところが、リリアーノは球宴出場を辞退した選手の代替とあって、出場が決まったのが7月10日だった。このとき彼はオールスター休みを利用して、故郷ドミニカ共和国に帰国していたのだ。このため、なかなか連絡が取れず、危うく幻の選手になりかけるところだった。
困り果てていた関係者に、思わぬ助け舟が出された。同じドミニカ出身のビック・パピことデビット・オルティスが「アイツのことは俺にまかせてくれ」と「捜索」を名乗り出たのだ。早速サントドミンゴに住むオルティスの父・エンリケさんに「何としてでもリリアーノを探してくれ」と電話で依頼。その甲斐あって本人を発見したまではよかったが…。そのあとが大変だった。
リリアーノはオールスター当日(11日)の早朝にサントドミンゴを出て、ピッツバーグに午後3時すぎに到着。出場選手が赤絨毯の上をオープンカーに乗って優雅に球場入りのパレードを行っていたそのころ、荷物を担いであたふたとPNCパークに駆け込んだのだ。栄えあるオールスターゲームに選出された喜びに浸る間もなく、ア・リーグのクラブハウスに入ると、同僚のヨハン・サンタナが迎えてくれた。
「おめでとう! 待ってたぞ」の一言で、やっと気持ちが落ち着き、ユニフォームに着替えて、まわりを見渡すと、これまで自分があこがれていた選手が勢ぞろいしていた。「あんな場所に自分がいるのが不思議だった」と、そこが選ばれたものだけの特別な空間であることを悟った。選手紹介の時もサンタナが隣に並んでくれた。結局投球機会はなく、PNCパークにはわずか8時間の滞在で、リリアーノの球宴は終わった。
13日の試合では、球宴のあたふたが響いていたのかもしれない。「きょうは自分の投球をまとめられなかった。確かにちょっと疲れていたけど、それは(負けの)理由にはならない」。それでも防御率は2・12。10勝2敗で依然として新人王の有力候補の1人に名を連ねている。そればかりか、今後の展開では防御率、勝ち星、勝率などのタイトルにも絡むことが予想される。球宴出場を糧に22歳の若者はさらに進化を続けて行く。
July 15, 2006 01:43 PM
