2006年06月02日
第113幕 日系4世が体験した激動の6日間
日系4世のトラビス・イシカワ(22)が激動のメジャーリーグ6日間を体験した。2Aのコネティカットに所属するイシカワが、正一塁手のランス・ニークロの右肩痛により「守備要員」として緊急招集されたのが5月25日。背番号「1」をつけたイシカワはボンズやビスケルなどのいるクラブハウスで「興奮しているけど、ちょっと緊張している。突然だったのでまだ両親も上にあがったことを知らない」と、初々しく語っていた。
5月26日にいきなり初スタメンに起用されると、4打数3安打3打点と打棒爆発。4月18、19の2日間、すでにメジャーを体験していたが、その時はいずれも代打でアウエーゲームだったため、彼にとって初スタメン、地元デビュー、猛打賞と重なったこの日がメジャリーガーとしての感触にドップリ浸れる記念日になった。
周囲はボンズがいつベーブルースを抜き「715号」を打つかの一辺倒だったが、イシカワが初スタメンで活躍したこの日ばかりは、あのボンズさえも陰が薄くなるほどだった。試合終了と同時にダグアウトでヒーローインタビューが行われ、質問に嬉しそうに答えるイシカワに、シェービングクリームをいっぱいに載せたパイが顔にぶつけられ、メジャー式の手荒い祝福を受けた。
翌5月27日もスタメンに名を連ね、3打数1安打。28日は代打で1打数1安打。4月の2打数1安打も合わせると、メジャーデビューして以来ここまで10打数6安打、実に6割という驚異的な打率を残していた。28日にはボンズが「715号」を放ち、ベンチで歴史的な一発も目撃した。その日の試合後、チームはサンフランシスコからマイアミに移動し、翌29日の試合では2打数ノーヒット。ここでニークロの復帰が決まり2A行きが言い渡された。
2Aでは2割5分前後しか打っていなかったイシカワに、アルー監督は何度も「あくまでも守備要員としてコールアップした。しっかり守ってくれさえすればいい。それが彼の役目だ」と繰り返していた。だが、通算12打数6安打数字を残したルーキーに「5割打っている選手をマイナーに落とすのは自分の経験でも始めてだ」と苦笑いしながら、戦力として使える手応えに内心嬉しい誤算を感じていた。
シアトルで生まれ育ったイシカワは、5才の時、父親の手ほどきで野球を始め、地元マリナーズのケングリフィーJrやイチローのファンだった。02年のドラフトでジャイアンツが21巡目(637番目)で指名。ミドルネームに「タカシ」という日本名を持っているが、4世ともなるとどんな漢字なのかわからないといい、日本語も話せない。ただ曾祖父、祖父、父から受け継いできた「日本人の血」は自分の中にいつも感じているという。
6日間の移動距離をおおまかに計算してみると、5月25日のコネティカットからサンフランシスコの大陸横断が約4800キロメートル。5月28日のサンフランシスコから敵地マイアミまでの移動が約5000キロメートル。そして2A行きを言い渡された5月30日のマイアミからコネティカットまでが約4600キロメートル。実に6日間で約1万4200キロメートルの移動をこなしたことになる。
30日にマイアミからコネティカットに戻ったイシカワは、6月1日から再び2Aの試合に出場している。「素晴らしい経験になった。近いうちにまたメジャーにもどれるよう頑張りたい」。23才までにメジャー定着という目標を持っていたイシカワは、激動の6日間を糧に、その目標に向かって突き進んでいく。
June 2, 2006 03:10 PM
