鉄矢多美子 Field of Dreams

2006年05月26日

第112幕 鮮烈デビューを飾った亡命キューバ人選手・モラレス

 今季のスプリングトレーニングで、エンゼルスのクラブハウスに異彩を放つ22歳の若者がいた。何が「異彩」なのかというと、その態度。メジャーの世界をもう何年も歩いてきた大ベテランであるかのように態度がデカく、しかもふてぶてしい。少しも物おじをするところがない。2004年にキューバから亡命、同年12月にエンゼルスと6年契約したケンドリー・モラレスだ。

 そのモラレスが5月23日のレンジャーズ戦で華々しいメジャーデビューを飾った。初打席で初安打を放ったかと思うと、第2打席では初本塁打。結局この日は5打数3安打2打点の活躍を見せた。元は投手だったが、その非凡な打撃センスを生かして、打者に転向。その直後、19歳でキューバの新人記録9部門をすべて塗り替える活躍を見せ、キューバリーグの新人王に輝いた。

 その頃からすでに異彩を放っていた。何に対しても物おじせず、ふてぶてしい(実はそうでなかったりするのだが、そう映る)態度。19歳とは思えない堂々とした所作。社会主義国では、そうした態度が国のありようにふさわしくないと受け止められれば、呼び出されて矯正教育を受けるのが常。しかも、彼のまわりには常に「あいつは今に亡命する」というウワサが蔓延していた。

 そういう状況下で、政府機関から何度も呼び出しを食らい厳重注意を受けているが、それに少しも萎縮することなく、むしろ不敵な笑みさえ浮かべていた。そして、世間のウワサどおり、亡命を敢行するのだ。しかも、常に関係機関に見張られているため、何度試みても失敗する。それでもひるむことなく、成功するまで実に9回、亡命を試みたというから尋常ではない。

 キューバ時代の彼の自宅を2度ほど訪問したことがある。食糧事情の悪い中、モラレスの体を作るため、母親が裏庭でウサギを飼育しタンパク源の確保に努めていたのが強く印象に残っている。突然訪問しようものなら、飼われているウサギの1匹が犠牲となり、食卓に上る。アロス・コングリという赤飯のようなキューバの米料理と、犠牲になったウサギ料理をもりもり食べ、力こぶを作っていた彼を思い出す。

 貧乏ながら、あれこれ工夫して息子のために手料理を作っていた母親も昨年、亡命に成功し、今はマイアミに住んでいる。モラレスが柔和な物腰になるのは、その母親に電話する時くらいだ。これまでの母の苦労を身染みて感じているだけに、母親にだけは楽をさせてやりたいと願っているのだ。普段はふてぶてしく見えるモラレスも、母親の前ではごく普通の孝行息子になってしまう。

 早い時期からメジャーの球団が水面下で争奪合戦をくりひろげてきた。それほどの逸材も昨年はマイナーリーグで壁にぶつかり、思うような数字が残せなかった。争奪戦に勝ってモラレスを獲得したエンゼルスには当然のごとく非難の声が上がり「キューバ選手の実力もこんなもの」というタイトルが新聞の見出しを飾った。今後、亡命キューバ選手に大金をつぎ込むのことに疑問を感じるという特集まで組まれた。

 様々な雑音を耳にし、壁にぶち当たりながらも、モラレスはそれらを乗り越え、最高のメジャーデビューを果たした。その場にはいなかったが記者に囲まれ、おそらくふてぶてしく、不敵な笑みを浮かべながら、質問に答えていたに違いないことが容易に想像できた。その態度も、プレーも…。近い将来何かどでかいことをやってのけそうな匂いのする、近年まれに見る大物選手の誕生である。

May 26, 2006 05:07 PM

2006年05月19日

第111幕 ボンズ、本塁打狂想曲の舞台裏

 打ってもボンズ、打たなければなおさらのこと…。ベーブ・ルースの歴代本塁打記録714号にあと「1」と迫って、なかなか本塁打が出ないボンズに関する報道が過熱している。5月15日からヒューストンで行われた3連戦に、いずれも2けた得点でアストロズをスイープしたジャイアンツだが、勝利に貢献した選手はそっちのけで、メディアはむしろ本塁打不発のボンズの方を追い掛け回している。

ステロイド疑惑で作られた注射器をデザインしたTシャツステロイド疑惑で作られた注射器をデザインしたTシャツ

 「クレージーだね」と眉をひそめるボンズに、迷惑とわかっていながら筆者も彼の一挙手一投足に注目し続け、大勢のメディアの行く方向に取り残されないよう、金魚のふんのように必死でついて歩いている毎日だ。1本は打つだろうと予想されていた5月9日からのホームゲーム6連戦で不発に終わり、ボンズの本塁打狂想曲は舞台をヒューストンに移すことになった。

 初日の試合開始前に記者に囲まれ少し口を開いたというボンズも、ヒューストンでは一切口を閉ざした。1戦、2戦目に出場し安打を放ってスランプから復調の兆しをみせたが、今のボンズは本塁打でなければ許されない雰囲気におかれている。3連戦の最終日には9試合ぶりに完全休養をとって、試合に出場しなかった。にもかかわらずやはりメディアの大半はボンズの動向に注目していた。

 サンフランシスコの選手たちがシャワーを浴び、慌ただしく帰りの準備をしているときすでに私服に着替えていたボンズは、とりまく報道陣から逃れるように出発時間までクラブハウスマネジャーの部屋で過ごした。その部屋には400個を越えるというバブルヘッド人形が並べられており、それをしばし眺めていたが、「BONS」のバブルヘッドのところで目が止まり、しばらく「自分」と相対していた。

本塁打狂想曲をよそにカメラ目線で柔和な表情を見せるボンズ本塁打狂想曲をよそにカメラ目線で柔和な表情を見せるボンズ

 そのとき彼がどんなことを思いめぐらせていたのかは分からないが、長い沈黙のあと、まるで魔法から解かれたように、世間話をしはじめた。ヒューストンで250ドルのボディーシャンプーを買ったことや、それをホテルに置き忘れてきたが、好きな香りだったため何としても欲しくて、取りに行ってもらったこと。ホテルのシャワーが壊れていて、急に熱湯が噴出し火傷しそうになったこと…などなど、たわいもない話に終始した。

 本塁打記録とあいまって、依然としてステロイド疑惑もくすぶっている。ヒューストンではボンズの記録を疑問視するアストリックマーク(*=注釈をつけるときに使用するマーク)がレフトの守備位置後方と、そこから見える1塁側の内野席に掲げられ、注射器のかぶりものや、注射器をプリントしたTシャツを着た人が出現した。そんな騒然とした空気とメディアの激しい攻勢の中、語られたボンズの「日常」は彼が「渦中の人」だけあって、かえって新鮮に聞こえた。そして狂想曲の舞台裏なんて、意外とこんなものだったりするのかも、と思った。

May 19, 2006 03:17 PM

2006年05月13日

第110幕 ボンズの本塁打記録をもぎとった男

大記録を達成するまでには、必ずといっていいほどその行く手を阻むものが現れる。ベーブ・ルースの本塁打記録「714号」まであと1本と迫っていたボンズも犠牲者の1人となった。5月9日のジャイアンツ戦で「714号目」になるはずだった大飛球を、ジャンプ一番、ホアン・ピエーレがもぎとってその記録に待ったをかけたのだ。

試合を見守っていたジャイアンツファンのだれもが、それをボンズの「714号」だと信じて疑わなかった。「入った」と確信したファンからは大歓声があがり、あるものは両手を突き上げ、あるものはハイタッチまでして喜び合っていた。その歓喜が頂点に達した次の瞬間、一瞬の静寂が訪れ、それが大きなため息に変わった。見るとボンズの打球はピエーレのグラブの先端に留まっていた。

「打者がバリーだったから、あらかじめ深く守っていたんだ。うまくキャッチできた」とサラリと言いのけたが、それだけであのスーパーキャッチが生まれたわけではない。その日もまた、いつもと同じように、だれよりも早くグラウンドに入って、センター付近の風や芝の状況を入念にチェックし、守備位置の確認作業を繰り返していた。そんな地道な努力があってこそ、なせた業なのだ。

試合に敗れたというのに、「714号」になるはずの打球をキャッチしたとあって、ピエーレはその日一番のヒーローとして大勢の報道陣に囲まれていた。ボンズが右手で「何であの打球を捕るんだ」というしぐさをしていたことに触れると「だから(彼とは視線が合わないように)グラブで顔を覆(おお)っていた」と言って笑いを誘った。

「顔を覆った」というそのグラブをよくよく見ると、手の差込口はほつれかかり、ところどころ方々に色落ちした部分が目立っていた。だが、いかにも大事そうに使われていたグラブについて聞くと、ロッキーズ時代からすでに5年も使い込んだもので「今ではすっかり手になじみ、体の一部のようになっている」のだという。そのグラブでボンズの本塁打記録を阻止したのだった。

周囲の騒ぎをよそに当初、「バリーがその記録を超えたとき、自分がそれを1日遅らせただけなんだと思うだろう」といかにも冷静に装っていたピエーレも、時間がたつにつれ、自分のしたことの大きさを実感してきた。自分が捕球したボールは記念にもらっており、それを自宅に持ち帰ってケースに入れて飾るのだという。「僕がしたことを信じない人たちのために、あのプレーのビデオも手に入れておきたい」。本塁打記録をもぎ取った男は、自分の中に歴史の断片を閉じ込めておこうとしていた。

May 13, 2006 10:31 AM

2006年05月05日

第109幕 タイガース、負け犬返上の裏に

 デトロイト・タイガースが大健闘をみせている。5月4日終了時点で19勝10敗と「9」つも勝ち星が先行しているのだ。過去10年間を逆上っても、タイガースは勝率が5割に達したシーズンがなく、しかもその間3度も1シーズン100敗以上を喫する不名誉な記録まで残している。典型的な負け犬軍団に定着しつつあったチームが、どうしたことか、今年は大変身したのだ。

 名将ジム・リーランド新監督は「まだまだ、始まったばかり。本当の勝負はオールスター後」と慎重だ。しかし、開幕5連勝で好スタートを切ったことに関して「たしかに、あれは大きかったね」と満足げにうなずく。その開幕5連勝は、メジャー3年目の「クリス(シェルトン)の活躍が際だっていた」と評価する。

 そのシェルトンが開幕から5試合に残した数字は、本塁打5、打点11、打率7割という驚異的なものだった。しかも開幕から13試合で9本塁打をたたき出し「開幕からの本塁打最速ペース」2位タイにランクされて、メジャー記録更新か、と一躍時の人となった。そればかりか、4月20日時点ではア・リーグの3冠王にまで躍り出たのだ。

 結局それは一日天下に終わって、その後は徐々に打率も下降線をたどっているが、それでもまだまだ、しぶとく3割をキープ(5月4日現在3割1分1厘)している。あれほど騒がれた本塁打ペースは9号以降ガタ落ちで、現在10号にとどまっているが、「大きい打球に意識が行くより、返すバッティング、あるいは後につなげるバッティングをしてほしい」と、むしろリーランド監督はこの傾向を歓迎している。

 シェルトン自身も名だたる本塁打バッターと自分を比較されて悪い気はしなかったが、それは決して自分本来の姿ではないと思い続けていた。「僕自身、ホームランを打とうと狙って打席に立ったことはこれまで一度もない。ボールを強くコンタクトすることだけを心がけてきた。ホームランはその延長線上にあるものだ」と言っている。

 メジャーに昇格した04年、さあこれからだと思っていた矢先に、右足の故障で1ヶ月半ほどプレーできなかった。その悔しい思いを晴らすかのように、この年のオフに参加したアリゾナ・フォールリーグで活躍し、見事MVPに輝いている。これで05年への足がかりを固め、107試合で本塁打18、打点59、打率2割9分9厘という数字を残して今季を迎えることになった。

 そして今年絶好調で迎えた開幕。打棒爆発の秘密については「オフにパーソナルトレナーを雇ってフィジカル面の強化を図ったくらいで、他には何も変化はない」とひょうひょうと語るシェルトンだが、ともあれ、これで開幕ダッシュに成功したデトロイトナインは、すっかり自信をつけた。5月に入っても昨年の覇者ホワイトソックスのあとにピタリとつけて2位、Aクラスをキープしている。25才の若武者の活躍が、負け犬返上の引き金になったことは否めない事実である。

May 5, 2006 03:33 PM