2005年09月06日
第97幕 世界一を勝ち取るために
抑えたかと思えば突然乱れ、乱れたかと思うと完璧に抑え込むという予測のつかない投球が続いていたホセ・コントレラスが、このところ3連勝して安定感が増してきた。とりわけ8月9日にニューヨークで古巣ヤンキースから勝ち星を挙げたときは、相好を崩して喜びをあらわにする姿が印象的だった。ヤンキース時代はちょっと打ちこまれると蜂の巣をつついたような騒ぎになり、気の優しいコントレラスは険しい面持ちで球場をあとにすることが多かった。それだけに、古巣からの勝利には特別な思いが去来したのだろう。
ヘルナンデス(左)とコントレラスのツーショット写真に井口(右)も参加?
投球に安定感が出てきた理由はいくつか考えられるが、何と言ってもキューバナショナルチーム時代からの先輩、オルランド・ヘルナンデスがチーム内にいることが大きい。精神面に弱さのあるコントレラスにとって、何かとアドバイスをもらえるのはこの上もなく頼もしい。実際、コントレラスが登板する試合でヘルナンデスは、パーソナルコーチのような役割を果たしている。コントレラスがダッグアウトに戻ってくるたびに真っ先に飛び出して出迎え、細かなアドバイスなど与えながら叱咤(しった)激励して投球を支えているのだ。
ギーエン監督と直接スペイン語でやりとりできることも気持ちにゆとりをもたせた。自分の言葉で細かなニュアンスなどを伝え聞くことができるため、ストレスをためなくて済むのだ。コントレラスは「監督やチームメイトが居心地の良い環境を作り出してくれている。本当に気分よくプレーできている」と、ホワイトソックスの野球環境にすっかり満足している。ニューヨークと違って、メディアもファンも寛容性があることも好都合だった。
だから気持ちに余裕が出てきた。それを1番感じたのは、チームが休みだったある日。「バーベキュー・パーティーをやるから」と家に招待してくれた時のことだ。気のおけない友人たちも集まり、高級アパートのテラスで肉を焼きはじめ、そのそばで葉巻をくわえビール片手にドミノを始めた。ドミノの勝負に一喜一憂するコントレラスは、決して野球場では見せない普段着の顔だった。そこで完全に気持ちを解き放ち、またそれをエネルギーに変えようとする姿があった。
96年、アトランタオリンピックで対戦した井口とチームメートになったことも感慨深いものがあるのだという。「あの舞台で対戦した井口と同じチームになるなんて予測もしていなかった。日本とキューバからメジャーにやってきて、同じチームになるなんて…」と言ってちょっと間があいた。そして「人生、何があるか分からないね」と言葉を続けた。その言葉の向こうには紆余(うよ)曲折を重ねながら、今、やっと自分の投球ができるようになったことへの思いの深さがみえる。
ホワイトソックスは地区優勝をほぼ確実にしている。ヤンキース時代の2003年にポストシーズンで敗戦投手になった時は、身の置きどころもなかった。もうあんな惨めな思いは2度としたくない。ギーエン監督を中心にした家族的な雰囲気のチームで、コントレラスは蘇った。世界一を勝ち取るために、日々、モチベーションが上がっていく。
September 6, 2005 02:56 PM
