2007年12月25日
王監督が胴上げされる年でありますように:梅根麻紀
原稿出すの忘れてた。でもそんなの関係ねえ! だけどもだっけ~ど! いや、すいませんでした。上司から連絡もらったとき酔って寝てた。
小学校で「そんなの関係ねえ」が禁止されたらしい。先生が「そんなことは関係ない」って言うと、生徒がおもしろがって「関係ねえ」の大合唱になるんやて(笑い)。子供が健全な証拠だ! 小島よしおもうれしいだろう。
今年も終わるね。このブログのトリっちゅーわけやね。
今年の1番のニュースはやっぱ、ソフトバンクが優勝できなかったことかなあ。契約更改のときにほとんどの主力選手が「ダントツで優勝できる戦力がありながら」ってセリフを口にしたよね。ソフトバンクの選手にとって来年が良い年でありますように。
王監督、胴上げされてうれしくてどうにかなりそうなくらい楽しい年でありますように。
私の友人、知人が楽しく笑って暮らせる年でありますように。
貧しい人、少しでも多くのものが口に入りますように。
ケンカしてる人、早く相手をゆるすことができますように。
毎日のささやかな幸せが続きますように。
私、チヤホヤされますように(笑い)、コレは無理か。
27日から全国高校ラグビーで花園に行きます。極寒だと思うので、その環境で今年を反省し来年の目標を決めたいと思います(笑い)。
今朝、6時くらいに姪っ子の「サンタがきたー、サンタさんがきたー」って声で目が覚めた。オイオイ、お父さん、アタシにはねーのかよ! アンパンマンのお菓子ボックスくれよ!
私らしいブログの内容で終わります(笑い)
また来年~。ブログも良いけど、新聞も買ってね~。
「読んでます、ブログ」って言ってくれる記者やアナウンサーの人達~、来年も読んでちょんまげ!!
あ、大晦日もう1回あるか、あ~! ヘタこいた~。(最初にもどる)
December 25, 2007 02:40 PM 投稿者:梅根麻紀 | トラックバック (0)
2007年12月17日
行きたかった鐘つき取材:進 尚幸
いや~早いもので今年ももう終りますね。師走ですよ、師走。師走と言えば紅白歌合戦、紅白歌合戦と言えば大晦日、大晦日と言えば年越しそば、年越しそばと言えば除夜の鐘、除夜の鐘と言えば王監督(苦しいなぁ)

2005年の暮れまで王監督は毎年、除夜の鐘をついておりました。場所は葛飾柴又は帝釈天。映画「男はつらいよシリーズ」の寅さんでお馴染みの場所です。除夜の鐘をお寺でつく行事は知ってましたが、お寺に初詣へ行く習慣には、いまいちピンとこなかったですね。九州の初詣って、神社へ行くのが一般的やないですか? まぁいいけど。
高校サッカーの取材で年越しは、必ず東京。例年だと大晦日は高校サッカーの取材をした後、会社で紅白歌合戦を見つつ終盤の盛り上がりにさしかかるころ、帝釈天へ出発。初めは「王監督の取材で来ました」と言っても、怪訝(けげん)な目で見られ、つまみ出されそうになったりして。毎年顔を出すうちに「あぁオメーさん、今年も来たか」みたいな雰囲気になってきて、自分の中でも「楽しみな取材」のひとつだったんですがね。
昨年は術後とあって静養、今年は年末年始をハワイですごすとあって、2年連続で欠席だそうです。今年は行きたかったなぁ鐘つき取材。自分の中では、その年の最後に撮影するのが王監督、明けて最初に撮影するのも王監督とゲンを担ぐわけじゃないけど、縁起の良い取材になってたので残念っす。
「来年が最後の年」と公言している王監督、日本一になって笑顔で鐘をつく姿に期待させてもらいましょうかね。
December 17, 2007 04:19 PM 投稿者:進 尚幸 | トラックバック (0)
2007年12月10日
ソフトB山田の8年目の決意:石田泰隆
来季にかける決意の表れだった。山田が入団以来、背負ってきた背番号「17」を返上し、来季は「34」の新背番号で、プロ8年目のシーズンに臨むことになった。契約更改を終えた記者会見では「何かのきっかけになればと思って(球団に背番号変更を)自分からお願いした。来年はチームの優勝の中心にいたい」と決意表明した。
入団は00年。立命大からホークス(当時ダイエー)を逆指名してのものだった。同期に同じく逆指名で入団し、今季、プロ初勝利を挙げた同い年の山村がいる。当時の大学球界を代表するダブル右腕獲得に、福岡のファンは「Y・Yコンビ」として大きな期待を寄せたものだった。
プロ初となった2月の高知キャンプ。故障でスタートダッシュに出遅れた山村とは対照的に、山田は順調なスタートを切った。開幕先発ローテーション入りを果たすと、プロ初登板初先発初勝利をマーク。7月8日の近鉄戦(大阪ドーム=当時)ではプロ初完封をマークした。2年目もおもに先発として5勝をマーク。3年目以降も中継ぎとして04年には35試合登板で6勝を挙げるなど、ホークス投手陣を支えてきた。
だが、ここ3年は度重なるけがの影響もあり、通算でも10試合しか登板できていない。背番号変更に関しては、今大学・社会人ドラフトで6球団競合の末、ホークスが交渉権を獲得した東洋大・大場が大学時代に「17」番を背負っていたこともあり、一部では球団から“没収”されたとの憶測も飛び交った。そんな“雑音”を、山田はきっぱりと否定した。
山田 時期的にそう思われても仕方ないけど、背番号変更をお願いしたのは本当に自分から。ここ2、3年は結果も残せてないし、何か流れを変えたかった。背番号を変えてよかったと思えるように、来年はしっかりと働きたい。
現在は西戸崎室内練習場でオフのトレーニングを行う、“元ドラ1右腕”。来年は30歳の大台に突入するが、老け込むにはまだまだ早すぎる。
December 10, 2007 04:18 PM 投稿者:石田泰隆 | トラックバック (0)
2007年12月05日
静まり返る球場に15年目のベテラン:押谷謙爾
オフの福岡ヤフードームは静かだ。報道陣は契約更改の取材に訪れるくらいで、記者室もちょっぴり閑散としている。シーズン中は毎日のように顔を合わせていた選手たちも、それぞれオフタイムを過ごす。その中でも何人かの主力がドームで来季に向けて汗を流している。佐藤誠投手(32)もその1人だ。
前年に右ひじの手術を受けた影響で開幕は遅れた。中継ぎ陣の不調もあり、前倒し気味に4月20日に1軍招集。ウエスタン・リーグで4試合3回1/3を投げた段階だったが、チームの窮状を救うため戦った。テレビドラマ「スクールウォーズ」のテーマ曲「ヒーロー」とともにマウンドに駆け上がり、初登板から16試合連続無失点。「苦しんだ2軍の時のことを忘れないようにという思いで、曲を選んだんです」。2軍生活の間、移動バスの中で見ていたビデオだった。落ちこぼれ軍団が全国制覇を成し遂げるドラマに、けがから復活をかける自分を重ねていた。開幕前に二女誕生という発奮材料もあっただけに、燃えていた。
ただ、前半戦で9ホールドを挙げた踏ん張りは、後半戦にダメージとなって右腕を襲った。「9月くらいまで痛み止めを飲んだりしたけど、握力も入らないほどバテバテの状況でした」。球宴後は5試合に登板したが、4試合で失点するなど5回1/3を投げ8失点、防御率13・50。そのまま8月中旬から2軍暮らしに戻り、そのままシーズン終了を迎えた。
契約更改交渉では減俸でサインした。「後半の大切な時にいなかったし…」と不本意なシーズンを振り返る。来年は、的山、小久保、大村と並んでチーム最長のプロ15年目を迎える。人気のない球場で淡々とトレーニングする佐藤。静まり返る球場に麻倉未稀が歌う「ヒーロー」が聞こえてきそうで、思わず胸が熱くなった。
December 5, 2007 12:35 AM 投稿者:押谷謙爾 | トラックバック (0)
