鷹番日記

2006年11月27日

12月はプロ野球のゴルフシーズン:梅根麻紀

 ソフトバンクを少し離れましてゴルフに行ってまいりましたばい。女子プロ公式最終戦のリコーカップ。この大会は賞金ランク20位までの選手のみが出場するプロ中のプロの大会。

 賞金トップの大山志保選手は軽く1億円越えてるっぺ。すっげー。お父さんは個人タクシーの運転手で車は「マジェスタ」。もちろん娘からのプレゼント。やるう~! 

 そういえば去年、藤井かすみ選手のキャディーを松中信彦選手がやってたなあ。バンカーの砂をならしてる写真を撮った記憶がある。今回は残念ながら藤井選手は出場していない。

 ん? 忘れてた。この12月あたりはプロ野球選手のゴルフシーズンだった。選手会の納会や球団の行事、個人的に好きな人(笑い)など。

 選手会のゴルフは見ていて楽しい。成績は年俸にひびかないし、「ボク、ゴルフ好きじゃないんすよ」なんてはっきり言う人もいるし。ティーショットは豪快だし。いろいろなカタチで楽しむ。

 ゴルフが大好きな王貞治監督って今年はゴルフに行けてるのかなあ。病気しちゃったからセーブしてるかもかなあ。監督は野球は左打ちだがゴルフは右だ。なんでかっつうと監督がゴルフを始めた頃は左きき用クラブが流通してなかったかららしい。でも違和感なく使いこなしてます。やっぱスゴイ。

 私はゴルフは苦手だ。ティーショットを打つ順番を待つ時間がイヤだ(笑い)。向いてないと思う。ま、私のことは置いといて…。

 リコーカップは見事横峯さくらちゃんが優勝。父・良郎さんがキャディーでともに頑張って得た勝利だ。最後はさくらちゃんから良郎パパに握手を求めた。いままで「親子ゲンカ」ばかりが目立っただけにとても良かった。良郎パパが少し照れていたのはさらに良かった。

 ゴルフは年に2度くらいしか取材に行かないけど野球と違った良さがあっていい。またソフトバンク取材に戻るけどがんばろー。でもあんまし気がすすまないなあ、だって契約更改なんだもん。アップ(年俸)は良いけどダウンはね~。撮りづらいっス!。また鷹番日記がまわってくる頃はラグビー取材行ってます。書きづらいっッス! ではまたね~。

November 27, 2006 05:59 PM 投稿者:梅根麻紀 | トラックバック (0)

2006年11月20日

小久保選手お帰りなさーい:進 尚幸

 今年はFAや自由契約で球団を去って行く選手もおらず、我々報道陣ものんびりしたオフ過ごしてます。こんなにのんびりしたオフは、久しぶりやないかいな。毎年、何かしらドタバタしてますからね。そんな落ち着いたオフでも、小久保裕紀選手のホークス復帰は盛り上がりました。

 小久保選手には個人的に勝手な思い込みがたくさんあるんすよね。94年ルーキーイヤーは僕もルーキー。当時ダイエーホークスの選手など誰も知らず、下位打線を打っていた小久保選手は、北九州市民球場でパカーンと本塁打を放った。ぼーっとしてわけじゃないないんだけど「あ、入った」と自分で呟いたもんね。会社で「何で撮ってないんだ!」とカミナリを落とされ、衝撃的に名前を覚えた。翌年の95年は、本塁打王になってるし。入団2年目で本塁打王になる選手なんて近年では、そうそういませんよ。

s-ta-061120-1.jpg 中でも一番の思い出は97年シーズンのオフ。脱税事件で判決を受けた名古屋裁判所。取材で追いかけて行っていた僕は、会見場に向かうエレベーターに飛び乗った。しかし、そこに乗っていたのは小久保選手。慌てて乗り換えようとしたけど「ええやんか」と引き止められてご同乗。たった数階の移動だったと思うが、その時間の長いこと長いこと。ずっと上を見たままで、階が変わっていくのを固唾を飲んで見つめた。でも、それから何故か妙な親近感がわいちゃって。巨人へ移籍した後も、テレビで打席に立つのを見ると「打てっ!!こんにゃろー」と思った人はいっぱいおるはず、いつかの復帰を願って。

 契約年数は4年。てか、最後まで出来るんやろうかって、そっちのほうが心配やわ。でもまぁ、兎にも角にもとりあえずはお帰りなさ~い。

写真=17日、移籍会見を終え4年ぶりにホークスのユニホーム姿を披露する小久保

November 20, 2006 11:28 PM 投稿者:進 尚幸 | トラックバック (0)

2006年11月13日

精神的支柱が戻ってくる:石田泰隆

 巨人からFA宣言した小久保選手のホークス復帰が決まった。日本一に輝いた03年シーズン終了後、主力選手の無償トレードという何とも不可解な“事件”とともにチームを去って3年。ホークスファンの胸にポッカリと開いた穴が、ようやく塞(ふさ)がろうとしている。

 私が入社した1カ月後(10月入社のため)に巨人へ移籍したため、直接会ったこともなければ、取材したこともない。だからどんな方なのか、はっきりとは知らない。ただ、小久保選手にかかわったことのある大半の方から、人間としての器の大きさ、野球人としての品格、それ以外にも挙げればきりがないほど、小久保選手の「偉大さ」というものを、伝聞だけだが感じてきた。

 野球選手としての経験、実績はここに記す必要もないだろう。私が言うのもおこがましいが、申し分ないものをすでに残されている。小久保選手に期待されるのは野球の成績もそうだが、チームの精神的柱として再び、常勝ホークスを築き上げるところにある。

 今季はシーズン中盤に王監督がチームを離れなければならなくなり、チームは迷走した。ホークスにとって王監督の存在というものは計り知れないものであり、「舵役」を失ったチームはこんなにもろくなるのかと思うほど、チームとしてのまとまりを失っていった。結局、4年ぶりのシーズン3位フィニッシュ。仮に小久保選手がチームにいたら、結果も違うものになっていたのではないか。そう思ってしまうのも、小久保裕紀という1人の男の「偉大さ」を、常に聞かされてきたからだろう。

 王監督は小久保復帰に関して、次のようにコメントを寄せた。「今のホークス魂をつくり上げてきた仲間であり、また一緒に戦うことができてうれしい。心強い限り。3年間優勝を逃しているだけに、一緒になって来シーズンこそ優勝、日本一をつかみたい」。待ちに待ったチームリーダーの復帰。17日に行われる入団発表会見が、ソフトバンクの小久保“初お披露目”の場となる。

November 13, 2006 09:06 PM 投稿者:石田泰隆 | トラックバック (7)

2006年11月06日

情熱にあふれた熱血コーチが再出発:中村泰三

 1人の熱血コーチが去った。今季限りで退団した6人のコーチの中に、中居殉也2軍バッテリーコーチも含まれていた。90年にドラフト外で金沢高からダイエーに入団。5年間の現役生活で1軍出場は全くなかったが、その人柄を評価され、96年からスタッフに転身し、03年からコーチに昇格。実績が後ろ盾になるプロ野球界では、異例ともいえる人事だった。

 経験、実績のなさを選手への情熱、野球への愛情でカバーしてきた。選手の視点に立ち、基礎から徹底的に鍛え上げた。今季、1軍に定着した山崎には、入団時から下半身の強化メニューに取り組ませた。見た目には、しごきにも近いトレーニングに、高卒の若手捕手は涙さえ見せたこともあったという。「あのカツキがですよ…」。今シーズン中には、スタメンマスクもかぶるまでに成長した山崎をそう言って懐かしがった。

 キャンプ中に、悩みを持つ選手を部屋に呼び、深夜まで2人きりで話し込んだ。「野球を辞めたい」と漏らした選手を、朝方まで励まして翻意させ、翌日の練習に参加させたこともあったという。ときには鉄拳制裁を科すこともあった。行きすぎの教育を懸念する声もあったが、それも選手に対する情熱の裏返しだと受け止めていた。

 将来の夢として「故郷、石川で少年野球の指導者になりたい」と話したことがある。16年間、プロ野球界に在籍し、その専門技術は蓄積しただろう。何より指導者に不可欠な野球への熱意と情熱がある。いつか、夢をかなえてほしい、と思う。

November 6, 2006 04:20 PM 投稿者:中村泰三 | トラックバック (1)