2006年07月31日
そこは40度の世界だった:進 尚幸
7月31日はチームが移動日で休み。函館~東京の遠征に帯同しなかった投手陣の練習を雁の巣球場で見て来ました。
梅雨が明けたと思ったら、連日30度超えの真夏日、ほんと暑い。2日前に登った函館山は、Tシャツ1枚では寒くて耐えられないぐらいだったというのに。日本も広いですね。
さて、雁の巣は1軍の投手陣だけでなく、2軍も一緒に練習。2軍の若鷹ナインは、真っ黒に日焼けしてレンズでのぞいても、よーく見ないと誰が誰だか分からりゃしない。試しに温度計をグラウンドへ持って行くと、グングン上がって軽く40度を超えちゃいました。ナイター中心の生活をしている僕には酷な環境だぁ。30分でグロッキー状態ッス。
しかし、練習するナインには関係なし。コーチからは、お構いなく厳しい激が飛んでました。
「オラオラ!もう熱中症かぁ」「点滴持ってきてやろうか」。凄まじい…
暑さに強いと思われる陽耀勲に秋山2軍監督が「陽は台湾出身だから大丈夫だろ?」と聞くと「いえ、台湾ではこんなに暑い時は練習しません」と言ったそうです。
実力の世界ですもんね、数字を残さないと1軍には行けない。1軍に上がっても、数字を残さないとまた逆戻り。そして、過酷な環境はベテランもルーキーも選ばない。厳しいですなぁ。
July 31, 2006 08:17 PM 投稿者:進 尚幸 | トラックバック (18)
2006年07月24日
藤川投手の速球は究極の技:石田泰隆
まさにプロならではの、力と力の勝負だった。
21、23日に行われたプロ野球の球宴取材に行った。球界を代表する選手が集う場での取材は、初めてだった。というより、仕事以外で、プロ野球の球宴を生で見たこと自体、初めてだった。
一番印象に残ったのは、やっぱり阪神藤川投手の剛速球。直球を投げてくると分かっていても、トッププレーヤーたちのバットは空を切るばかり。初速と終速の差があまりないから、藤川投手の球はバットの上を何度も通過した。投げている本人も気持ちいいだろうが、見ているこちらも爽快感に浸ることができた。
ホークス戦士も同じような言葉を並べた。中でも一番興味を抱いていたのが、同じストッパーとして活躍する馬原投手。初出場となった今回は、第2戦の8回、同点の場面で登板したが、阪神藤本に決勝の2点適時打を浴び、敗戦投手となった。藤川投手のように150キロ台の直球を連発。最速は155キロを計測したのにも関わらずだ。
馬原 藤川さんの投げる球は、異次元ですよね。抑え投手として、直球と分かっていても打たれないのは理想かな。そりゃ、連続イニング無失点(47回2/3)をあれだけ長く継続できますよ。あれこそプロ中のプロ。究極の技だと思う。
本誌評論家の佐々木主浩氏も24日付の評論で『今回ほど、中継ぎ陣にスポットライトがあたった球宴は珍しかった』と述べられていた。自分もそう思う。スポーツは何でもそうだが、終盤になるほど試合の行方が左右される。
出てきただけで相手チームが怯(ひる)む。馬原投手にも、そんな藤川投手のような「絶対的守護神」になってもらいたい。
July 24, 2006 08:42 PM 投稿者:石田泰隆 | トラックバック (4)
2006年07月18日
会話重視の森脇監督代行:中村泰三
王監督不在のホークスで、監督業は森脇チーフコーチ兼内野守備走塁コーチが代行している。森脇コーチは96年シーズンを最後に現役を引退し、そのまま育成コーチに就任。その後、2軍監督なども歴任し、1度もユニホームを脱ぐことなく現在に至っている。その経歴を見れば生え抜き選手のように思えるが、プロ入りは78年の近鉄(ドラフト2位で入団)。83年には広島に移籍し、その後シーズン中の87年5月に南海(現ソフトバンク)へトレードで移籍している。
ホークス担当になったばかりの94年オフ。自主トレ中の森脇コーチ(もちろん、当時は現役)を取材した。取材といっても、そのときは選手名鑑に記入する「趣味」を聞くためだった。雑誌や漫画を読む「読書」、定番の音楽鑑賞など適当に答える選手も多かった。その中で森脇コーチは30分以上にわたって、その1つの質問に真剣に口を開いてくれた。
答えは「人と話すこと」だった。「人にはそれぞれ人生があるし、それぞれ経験していることが違う。特に僕たちは野球界という狭い世界で生活をしている。知らないことの方が多い。人と話をするだけで、気が付くこと、勉強させられるんだよ」。ジャンル、年齢を問わずに会話を積極的に行い、言葉の財産を培ってきたという。
練習後、試合後、報道陣との取材で、森脇コーチは時間をかけて話す。グラウンド上でも、選手と1対1で話すシーンをよく見る。技術を指導し、鍛えるコーチには実技も必要だが、何よりその考え、理論を教える会話が重要になる。森脇コーチが今季、指導者として10年目を迎えたのも納得できる。
July 18, 2006 01:32 PM 投稿者:中村泰三 | トラックバック (0)
2006年07月10日
王監督早く戻ってきて:梅根麻紀
王貞治監督が入院した。胃の腫瘍(しゅよう)除去手術を受けるためだ。5日、西武戦の試合終了後に自ら会見を行ったのは記憶に新しい。
そういえば、3日の食事会の席で様子が違っていた。食事会とは王貞治監督、チーム関係者、報道陣で行った親睦会みたいなもの。親交を深めると同時にお互い担当者同士、顔ぐらい知っておこうというのが目的だ。まあ、ただの飲み会なんだけどね。いつもは・・・。
その日はたまたま監督の隣の席になった。夕方の早い時間だったからまだ集まりが悪い。監督の隣を空けるのも失礼だし、私が行くのもどうかなと考えたが、せっかくのチャンスなので光栄にもお隣に座らせていただいた。
監督はビール党。乾杯はもちろんビール。瓶ビールがまわってきたから監督に注ごうとすると「あ、いや、僕は今日はいらない、医者に止められてるからね、氷無しのウーロン茶で」。「え、そうなんですか? 」「だからボクのぶんまでしっかり飲んでね」。
いま考えてみると大変な病気を抱え、そんな心境じゃないはずなのにちゃんと食事会に参加してくれた。そう思うとなんとも言えない気分になる。しかも、自分が進んで食べないと報道陣が食べないのを分かっているのでフライや炒め物などをつまんでいた。しかもしっかり最後まで付き合ってくれた監督。その2日後にあの会見・・・。
5日の西武との試合はさぞかし勝ちたかったろう。ナインのガックリ度はすさまじいものだった。話を聞く記者もつらかったはずだ。こんな形で監督が休養するなんて誰も夢にも思わなかったから、少しでも監督を知っている人なら心配でたまらないはずだ。
森脇監督代行もかなりプレッシャーだ。WBCのときの代行とワケが違う。もっとも私が焦って書いたって仕方ないんだけど…。
とにかく、しっかり治して、1日でも早く戻ってきてもらいたい。私たちができることはホントに少ないけど、球場に戻ってこられたら、われんばかりの拍手を送りたいと思う。
July 10, 2006 03:48 PM 投稿者:梅根麻紀 | トラックバック (8)
2006年07月02日
スコアブックって意外と粋?:進 尚幸
6月30日、今回の千葉遠征には行かなかったので、会社でスコアブックをつけながら観戦してました。
スコアブック。原稿を書く記者達だけがつけてるもんじゃないんですよ。我々カメラマンもちゃんとつけてます。選手からは「へぇ~つけられるんだ」とか「書くんだね」と時々言われます。入社した時に、カメラの使い方と同時にスコアブックのつけ方も教わりました。
10年ぐらい前、あるベテラン選手から「何でつけるの?憶えてないの?」と聞かれて「試合後に写真を送る時必要ですからね」と答えると「俺は全部憶えてるよ~全試合全打席ね」と力強く言われ閉口してしまいました。
あくまでも僕の予想ですが、プロ野球選手って案外スコアブックをつけられない人が多いんじゃないかって思うことがあるんですよね。どこに球が飛んだとか三振はわかっても、いざつけなさいってなると…。特に現役選手は。子供の頃からレギュラーはってた人の集まりですからね。実際に僕がつけたスコアブックを手にして「ふーん、でどうなってるの?」と聞き直す選手も多いんです。おかしいですよね。
ホークスをテレビ応援する時に、スコアブックをつけながら観るってのはどうですか。デジタルな世の中ですが、3色ボールペンをカチカチッと操りながら静かに観戦。試合数が増えると、見返す楽しみも増えるだろうし、球場で試合観戦しながらスコアをつけるのは、さらに粋な感じ。スコアブック、流行らんかな~。
July 2, 2006 11:01 PM 投稿者:進 尚幸 | トラックバック (6)
