2007年12月29日
あの挑発的な発言の裏側:村上秀明
07年、日本ハムだけでなく、球界の顔となったダルビッシュについて、最も印象に残った出来事を紹介したい。パ・リーグのクライマックスシリーズ第5戦を翌日に控えた10月17日、挑発的な発言をし、そして勝った。心理戦を仕掛け、チームを2年連続の日本シリーズ進出に導いたが、強気発言の裏には、したたかな計算が隠されていた。
2勝2敗で迎えた最終決戦で、舞台は札幌ドーム。のちに北京五輪アジア予選で両輪として日本代表を支えたロッテ成瀬が相手だった。注目の大一番に向けた前日練習後、約50人の報道陣に囲まれたダルビッシュはこう言い切った。「向こうも大観衆なら多少、自分のピッチングができないと思うし、自分はできる。勝てると思います」。
強気なスタイルはいつもだが、今季最も挑発的な言葉といえた。新聞などには発言が大きく取り上げられ、注目を浴びたが、きっちり有言実行した。3ランを浴びるなど4回途中降板の成瀬と対照的に、7回途中1失点。「緊張はなかったが…」と話した成瀬だったが、パ・リーグ相手に今季初黒星を、最後に喫してしまった。「あれは(成瀬の)心の乱れを引き出そうと、あえて言ったんです」。後日、いたずらっ子のように、ダルビッシュはにやけていた。
こうも振り返っている。「先に成瀬さんが点を取られると、ダルビッシュがあんなこと言ってたけど、ホンマに自分の投球ができないのかな、という風になっていくじゃないですか。札幌ドームでは何かあるのかなって思っちゃうから。あの試合は、先制本塁打が出たときに絶対勝ったなと思いました。何があろうとも」。
強気発言は思い付きではなく、取材を受ける前から“戦略”を練っていた。「強気で言っているように見せてるんですよ。オレ、もう勝てるよみたいに。自分はけっこう有言実行じゃないけど、今までそういうことをやってきたじゃないですか。最後は疲れていたし、あういうのは大事だと思う。あそこまで言う必要は全然ないんですけどね」。
父ファルサ氏の教えの1つに「言動が注目されるが、有はそういう人生なんだから。球界のためになると思ったらどんどん言えばいい」という姿勢がある。この時ばかりは、その影響力をチームの勝利のために有効活用した。「挑発」「勝利宣言」などの見出しが躍った新聞を、ダルビッシュは「記事? ありがたかったですよ」。不敵に笑った表情が今でも目に焼き付いている。
December 29, 2007 03:10 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)
2007年12月23日
ある若手選手へひと言:高山通史
一抹の不安、もどかしさを感じた1日だった。さらに若返る来季の動向が気になり、若手選手が多い千葉・鎌ケ谷へ先日、取材へ行ってきた。優勝旅行帰りの主力も含め、数人の選手がランニングなどで汗を流していた。球場までの道中、東武線の鎌ケ谷駅へ向かう電車内で、ふと目を奪われる人物がいた。日本ハムの、ある若手選手だった。
派手なダウンジャケットに身を包み、髪形は茶髪というより、金髪に近いほど染められていた。しかもバリカンか何かで、オシャレ? な切り込みが、頭部のところどころに入っている。球場には不似合いだから-、野球選手で体格が大きいから-などではなく、一般の生活シーンの中でも目立つほどのいでたちだった。潜在能力が高く、来季以降はもとより、将来を嘱望されている選手だ。
2軍選手に定められた球団のルールでは、染髪が禁止だ。ではなぜ、その選手は規則を破っていたのか-。その日、球団関係者との雑談の中で説明していた理由の1つとして、数日後に実家に帰省するから、とのことを話していた。帰省期間は、球団関係者の誰にも分からない、からなのだろうか。その発言から、きっと自主トレのため鎌ケ谷へ戻ってくる時には、しっかりと黒に近い色に染めてくるのだろうと推察した。
本人にもやはり、ルール破りの自覚があるようだった。その日の練習を見ていると、スケジュール的なものもあったのかもしれないが、他選手がいなくなった後に練習をしていた。防寒のための通常スタイルなのかもしれないが、ニット帽も目深にかぶっていた。髪形は、はた目には一切、分からなくして練習をしていた。私には、ごまかしている、または人目を避けているようにしか見えなかった。室内練習場への移動の時などもキョロキョロと挙動不審のように見えたので、きっと、そうだと確信もしている。
実家へ帰って、友達を含め、年上、年下などいろいろな知人と会うことだろう。少なくとも、その時に接した人たちには、この姿が日本ハムのその選手、ひいては球団の「イメージ」にもなりかねないだろう。しかも野球は団体スポーツ。だがまずは投手対打者、1対1、正々堂々の勝負から、すべてのプレーがスタートする。個の強さが求められる部分は、個人スポーツとの種類の違いはあれ、重なる部分が多い。普段の生活で、たった数日間であれ、堂々とした立ち居振る舞いができない、この選手。大丈夫なのか、と思った。
この日が、たまにしか来ることができない、今年の鎌ケ谷での取材の最後の日だった。ほかの多くの選手は、はつらつと来季へ向けての練習をしていた。そんな取材でのすがすがしい気持ちは、吹き飛んだ。しかも今季最後のブログになった。私は「部外者」で、余計なお世話ということは承知の上で、しかも華々しかった07年のラストにふさわしい話題とは思わない。だが来季、外見だけではなく、心身ともに変身している、その選手の取材をしてみたいと思う。数年前に仮契約した時に取材したことがある。その当時はプロ野球選手になれることに喜び、大きな夢を抱き、純真に熱く語っていた。思い入れがあるから、あえて厳しく言いたい。
December 23, 2007 10:34 AM 投稿者:高山通史 | トラックバック (1)
2007年12月17日
まじめにマイケル・ジャクソン:村上秀明
全身をつかった強烈なメッセージだった。森本稀哲外野手が10日、守備での活躍が目立った選手に贈られるゴールデングラブ賞の表彰式に出席。都内の高級ホテルで開催されたが、何とマイケル・ジャクソンの変装で現れたのだ。会場内が仰天したのは言うまでもない。

オーダーメイドしたという赤色のレザーの上着に、赤色のズボン。「何言ってるんですか。地毛と地肌ですよ」と笑いながら語気を強め、最後まで自前であることを主張したが、ソバージュパーマのかつらを付け、顔や上腕までメイクする徹底ぶりだった。スタイリストさんが仕上げた、本気のスタイルだった。
ゴールデングラブ賞のほかの全受賞者が、スーツ姿で登場しただけに、異彩を放った。立食の会場は、タキシードやドレスでもいいくらいの雰囲気があるフォーマルな場所。「こういう会でやるのは初めてなので大丈夫かなという不安があった」と本人が漏らしたように、まさに常識を打ち破る挑戦だった。
実際、今回の会場も大爆笑よりも驚きのリアクションが大きかったように感じた。森本はパフォーマンスが1つの代名詞となっているが、今季も球宴でキックボクサーなどに扮した。だが、あくまでも球場内でのファンサービスだった。招待客、報道陣など300人程度だった会場で、いつもの演出とは少し意味合いが違ったようだ。
マイケルの姿をした森本が真顔でこう力説した。「マイケルになったというよりも、ゴールデングラブ賞がもっと注目されてほしい。守備をもっと重要視してほしいんですよ」。表彰式自体の注目度アップを狙っての“戦術”だった。1週間前から考え、「場違いかもしれない」という不安と格闘しながら実行に移していた。
守備のこだわりが強いからこその“奇襲”だった。高校時代は遊撃手だったが、日本ハム入団以降に外野手に転向。「(00年に)1軍に初めて上がったのは守備固めだった。しばらくは守備で1軍に残れるかどうかだったし、守りで貢献できる、そういう存在でありたい」と熱く語ったのが印象深い。
日本ハム関係者によると、ゴールデングラブ賞の主催者側も喜んでくれたという。見た目は「ふざけている」と言われても仕方ないが、単なる遊びだけでやっているわけではない。ちなみに、白色のソックスに黒色の革靴と、赤色の上下とミスマッチな足下だけは、最初から最後まで“まじめ”だった。
【写真】ゴールデングラブ賞の表彰式で、ただ一人だけ真っ赤なマイケル・ジャクソンに扮した日本ハム森本(撮影・神戸崇利)
December 17, 2007 02:53 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)
2007年12月10日
ダル貴重な体験生かして:高山通史
北京五輪アジア予選の取材から12月4日、帰国した。フィリピン戦をのぞけば、韓国、台湾戦とも見どころある展開。さすがに仕事を忘れることはなかったが、試合自体が面白かった。昨年のあまり熱気がないアジアシリーズをのぞけば、国際試合の現場は初めて。日ごろの日本ハム、プロ野球取材ではできない体験をした。
それは21歳にしてチームの、日本代表のエースのダルビッシュもそうだろう。記者の経験と一緒にはできないが今後、さらにレベルアップするためにも、いろいろな体験をしたはずだ。あの台湾戦の一時は逆転となる2ラン被弾。厳しい寒さに、慣れないマウンド。事実、関係者によればマウンドが高くてフィットせず、足、腰にかなり負担が掛かったままの投球だったという。
個人的に思う一番の経験は、さらには球界のトップ選手との呉越同舟の生活だったのではないかと思う。主将のヤクルト宮本、投手キャプテンの巨人上原…。日本ハムにはいないタイプのリーダーシップがある選手の下で長期間、過ごす貴重な時間を過ごした。ダルビッシュは来季4年目とはいえ、名実ともにチームの顔。しかも若返りしている投手陣の中で、将来的に求められていくのがリーダー的役割だ。
あくまで私見だが、現状では人格、性格的には武田久が、周囲の誰もが認めるような立場にいるという空気を取材をしていて感じている。人望も、おおらかさもあるように思う。特に来季は、そうなるだろうと感じる。選手はあくまで個人事業主。周囲との調和だけを図る必要はないが、大黒柱がしっかりしていないと、全体が機能しないことがある。順調にいけば数年後には、ダルビッシュが要職を担うべき存在に、きっとなるだろう。
来年8月には北京五輪の本大会が行われる。順当にいけば選ばれ、またさまざまな体験をするだろう。今回の合宿では同期の西武涌井とほぼ毎日、行動。また同じパ・リーグで世代の近い、ソフトバンク川崎、ロッテ西岡と一緒に食事をするシーンを多く見掛けた。選手宿舎内の生活は分からないが、先輩から吸収すべき部分も多いと思うが、残念ながら今回はそういうシーンをあまり目にすることはなかった。
ダルビッシュも1年ごとに先輩になり、後輩が少しずつ増えていく。自他共に認められるリーダーにふさわしい実績をこれからも挙げていくだろうし、またその「資格」を持つだろう。「球界の至宝」とも呼ばれる才能あふれる選手。日本代表のためにプレーした。それだけではなく、個人的にもすべての面でスケールの大きな選手になるきっかけに、今回の「星野ジャパン」の一員として過ごした時間を生かして欲しい。
December 10, 2007 01:38 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2007年12月04日
“見えない敵”との格闘:村上秀明
リーグ優勝の余韻が残る中、来季に向けた新しい戦いがすでに始まっている。2年目の今季、フル回転した左腕武田勝が“見えない敵”との格闘をスタートさせている。大幅アップした契約更改の会見の席で「細かい練習に取り組んでいます」と、この時だけは表情を引き締めていた。
細かい練習とは、自身のクセとの戦いだ。シーズンこそ中継ぎ、先発とフル稼働し9勝をマーク。だがクライマックスシリーズ、日本シリーズでは被弾を許すなど、白星を挙げることはできなかった。体の疲れ、制球ミスなどの理由はあるが、さらに感じたことは、投球フォームのクセが盗まれていることだった。
日本シリーズ後の練習から、ぼんやりとした敵の攻略を熟考。まずは打者からの目線で見てもらうことに主眼を置いた。11月上旬、五輪予選の合宿に向けた鎌ケ谷での自主トレ中、ブルペンでは小谷野、工藤らに打席に立ってもらい、自分自身の観察を依頼した。見えなかった敵が、バッター目線で少しずつ見えてきた。
最初に指摘を受けたのは小谷野だったという。「フォームの途中で握りが見える」という答えだった。変則フォームだが、比較的大きな動きをするため、投げる直前、グラブを持つ右手とボールを握る左手が伸びた状態の一瞬に、打者から何の球種を投げるか見える瞬間があるという。
自分では気付きにくかった敵の出現に「もともとそうなのか、疲れてきて終盤だけそういうフォームになったのか、これから見直したい」。おぼろげながら姿が見えてきた相手について、そう話した。2年目で投手陣の中心的存在になったが、3年目の活躍には“脱皮”が必要だと強く感じている。
契約更改の会見では、カメラマンの要望で来年度版のチームカレンダーを持ち、撮影に応じた。そこに掲載された武田勝の写真は、ちょうど球種が打者に見破られる瞬間で止まった投球フォームだった。「ここなんですよ、ここ。これはスライダーですね」。苦笑いした左腕だが、攻略への自信ものぞかせた。
相手が研究してくる中、さらにレベルアップを図るのは当然だが、実行させ、結果を残すのは簡単ではない。弱肉強食のプロの世界で生き抜こうとするニュースタイルの武田勝の出現が楽しみだ。
December 4, 2007 07:32 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)
