2007年07月30日

“彼”だけ性格、考え方がつかめない:村上秀明

 取材を続けていると選手の性格、考え方が少しずつ分かってくるが、彼だけはなかなかつかめない。と言うより、誰もつかめなくて当然と思わせる。今季途中から先発の一角を担っている2年目の武田勝投手だ。無表情でおもしろ発言を連発する変則サウスポーは取材陣からの人気も高い。

 典型的なポーカーフェースだ。7月25日にオリックスの主砲ローズに京セラドーム大阪の5階席に届く超特大の本塁打を打たれても、マウンドで顔色一つ変えなかった。すでに昨年以上の6勝をマークしているが、好投しても決して大げさに喜ぶことはない。試合中の一喜一憂はまったくない。見た目だけでは、何を考えているか見当も付かない投手だ。

 「淡々と投げるのが僕の持ち味」と話す左腕をじっくり見ていると、好投と無表情は決して無関係ではない気がしてくる。打者は打席から約18メートル先の投手の顔が見える。疲れた表情はもちろん、悔しそうな顔、自信満々の顔、いろんな気配を感じることが出来る。打者は捕手の配球を読むだけでなく、そこにも駆け引きが存在する。

 名将と呼ばれた駒大の太田誠・前監督は「感情を顔に出すな」と、投手に指導していたと聞いた。野球はメンタルスポーツと言われることもあり、感情を出して付け入るスキを与えてはいけないという理論を持つ指導者は多い。投手の表情は味方の守備陣だけでなく、打者の心理状態にも影響するからだ。

 そういった面では、武田勝は打者から言えば、かなり不気味だ。表情を見て、何か気配を感じることは難しい。7月25日の試合後、オリックス大石ヘッドコーチが「的を絞りきれない」と嘆いたが、どんな球を投げてくるかマウンドからの“サイン”がない。直球は140キロにも満たないのに防御率1点台をキープする。その快投は、制球力はもちろんだが、ポーカーフェースと無関係とは思えない。

 表情はないが、実はトークセンスは抜群だ。先日、札幌市内の百貨店で小谷野栄一内野手とトークショーを行った。質問コーナーで「試合で大変なことは」と聞かれ「お腹がすくつらさはある。あと、先発の前日は必ず下痢になる」と真顔で返答。文章では伝わりにくい独特の間合いで次々と爆笑を誘っていた。

 球団もこのイベントの出演依頼を受け「面白くて盛り上がるから」と真っ先に武田勝を指名した。投げ方も変則だが、醸し出す雰囲気も独特だ。球界を見渡せば感情をむき出しの投手は多いが、異彩を放つ武田勝のポーカーフェースも強烈な個性で、立派な武器だと思う。

July 30, 2007 11:44 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)

2007年07月26日

もう一つの“熱い”戦い:高山通史

 高校野球の地方大会が真っ盛りの今。プロ野球取材の現場でも、その熱気を感じることができる。外国人選手以外は全員が目指していた甲子園。プロへとステップアップしていった原点といってもいいだろう。この時期の試合前などでの練習中。取材をしている記者は、もう1つの業務を兼任することが多いのだ。「今、どうなっていますか? 」。それは、各地方大会の試合結果、経過の“速報係”として奮闘するのが、夏の風物詩になっている。

 7月23日。その日のターゲットは福岡県大会の東福岡-福岡一戦。田中賢介と陽仲寿、ともに全国でも名が知れた母校対決が、ちょうど後半戦開幕前の最終調整中に行われていた。大阪入りする前の新千歳空港。陽と出発ロビーの売店で会うと、唐突に我々、新聞記者の「対決」も幕を開けた。「今日は、ケンスケさん対陽ですよ」。戦いの号砲が鳴ったのだ。

 練習中、私も含めた新聞記者数人が携帯のボタンをピコピコ…。互いがそれぞれ自慢の我が社のHPの最新情報を更新して、いち早く経過を、その両選手へ伝えるため、惜しげもなく大量のパケット通信料を投入する。「今、1-0でリードしてるよ」。まずは日刊の私が自慢げに、陽へと伝えて“先制攻撃”を掛けた。すると、陽は「知っていますよ、もう」。ライバル者記者との対戦を前に、前哨戦から、まさか、まさかで、出はなをくじかれてしまった。

 そこからは、田中賢と陽は練習中で携帯を操れないため、記者同士でのガチンコ勝負に突入した。「●回終わって1-0」、「1-0のまま●回までいったよ」…。取材そっちのけで(デスクの方々、すみません)一進一退の攻防が続く。すると突然、ある回から更新スピードが明らかに遅くなり、全員の動きが止まる。すると、あるライバル紙の記者が田中賢に一言、「1-8のコールドで東福岡。6回に一挙8点だよ」。熱い? 戦いが終わった。私の夏の熱い1日だった。

 何とか一矢を…。その時、走塁練習をして近くにいなかった陽へ、せめて伝えて前哨戦の借りだけは返そう。ベンチへ戻ってくるところを狙い、待っていると、思わぬ伏兵が登場したのだ。田中賢が大声で陽へ、結果を伝えてしまったのだ。陽-ライバル紙の記者-最後は田中賢。結果は「0-3」の完封リレーを許しての完敗。次回こそは、まずはこの夏の1勝を目指す-。球児たちが目指している大阪で、記者も奮闘しているのだ。

July 26, 2007 03:39 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年07月23日

ひちょりパフォーマンスの舞台裏:村上秀明

 今年も華やかなオールスターが終わった。マー君こと高卒ルーキー楽天田中将大投手の先発登板など話題も多かったが、日本ハム森本稀哲外野手も球宴ならではのパフォーマンスで、場内を沸かせていた。東京ドーム、フルキャスト宮城の2戦とも現場で取材したが、慌ただしい舞台裏だった。

 第1戦。選手紹介の時に、森本は頭に突起物をくっつけた、とんがり頭で登場した。製作期間は2週間ほどで、材質は最後まで不明だったが、柔らかい素材で、本人いわく「時間を掛ければ掛けるほどうまくいく」。頭に完全に同化するような特殊メークだった。

 登場の直前、森本が東京ドーム内のある場所を“占拠”していた。選手が使用する風呂場だ。選手紹介の約15分前、守備練習を終えた森本が慌てて風呂場に直行した。硬化するパテを使用するため、風呂場が必要で「他の選手に出ていってもらって迷惑を掛けた」。メークは時間との戦いでもあった。

 「時間をかけたらもっと一体化した。ちょっとすべり感が…」。頭の部分だけだったので遠目には気付きにくく、場内は爆笑ではなく、気付いたファンだけがクスクスと笑った。翌日は「ゼロだと思ったら、100のうち30はうけていたかな。40は気付かれてなくて、30は見られてもいなかったかな」。少し悔しそうだった。

 さらに追い打ちをかけたのが携帯電話に届いた1通のメールだった。送信元は、テレビでパフォーマンスを見た同僚の稲田直人内野手からのもの。第1戦の後に届いた文はわずか1文字。「大丈夫」。滑ったことに対する慰めだったが、森本は「その(同情の)メールが一番いらないよ」とフルキャスト宮城で叫び声を上げていた。

 第2戦のムエタイボクサー姿も、試合前のシートノック後に急いで着替えた。1回表の守備に就いた全パの選手たちをベンチ前で激励した後、再びユニホームに着替え、1回裏にはベンチに戻って座っていた。「今日はばっちりだったでしょ」。途中出場の試合では優秀選手賞の活躍で、有意義な「衣装直し」だった。

 “ご意見番”の稲田も、第2戦のムエタイ姿に「あれは面白かった」と絶賛だった。野球以外のパフォーマンスに異論を唱える人もいるだろうが、グラウンドでは全力プレーをしているのだから、個人的にはファンが笑って喜べば大賛成。「エンターテイナーとしてはまだまだ発展途上ですよ」。演出に一生懸命だった舞台裏を見て、森本のさらなる発展? を見届けたいと思った。

July 23, 2007 03:37 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)

2007年07月19日

寡黙な「薩摩隼人」に注目:高山通史

 7月13日の楽天戦。フルキャスト宮城での練習開始前に、ほほえましいシーンがありました。主役は飯山裕志内野手。寡黙な「薩摩隼人」がその日、28歳の誕生日を迎えました。日本ハムでは各選手がバースデーを迎えると、トレーナーが全体ウオーミングアップの前にほかの選手に「今日は●●の誕生日です」などと知らせて祝福し、その誕生日の選手が短いスピーチをするのが恒例。しかし飯山は最後まで「拒否」したのです。

 みんなが第一声を待っているにもかかわらず、せかされても輪の中心に立とうとしません。坪井ら先輩に「ユウジ行けよ」と言われても、苦笑いするだけでまったく身動きなし。まさに“テコでも動かない”とは、このことです。結局、みんなに何を言われても、からかわれても断固としてポリシーを貫き、最終的にはスピーチから逃げ切ったのです。

 極度のシャイですが実は飯山は、かなりユーモアあふれる人。契約更改で年俸アップした時の会見では「これでコロコロに変えることができます」。ちなみにコロコロとは移動の時に使用するスーツケースのことらしい(それまではスポーツバッグを使っていたと思うので間違いないと思います)。取材をしていても、あまり多くを語りはしませんが、最後にはいたずらっぽく「(取材は)大丈夫ですか」と記者に一声掛けてくれる、気遣いの人でもあります。

 今季は開幕1軍で、ほぼ守備固めだけで前半戦の61試合に出場。記事にはあまりしていませんが、先行逃げ切りが勝ちパターンのチームカラーの中では、立役者の1人です。言葉を発することは少なくても、見ているだけで「何か」を感じる数少ない選手です。

 ちょうどその飯山の誕生日の翌日の7月14日。個人的にですが1年間、365日の中で忘れられない特別な日でした。かなり尊敬し、愛すべき人の誕生日。ちょっと連絡がとれない状態で、お祝いの言葉を伝えることができず、モヤモヤとしていたところに、この飯山選手のほのぼのシーンです。「誕生日おめでとうございます」という言葉を届けられなくても、きっとそんな思いは届いているだろう-。飯山のキャラクターを、自分に都合よく解釈をし、言い訳をしてしまう仙台の夜になりました。

 チームだけではなく、記者のピンチをも助ける? いぶし銀の飯山クンに、ちょっと注目してみてください。

July 19, 2007 12:59 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年07月16日

日本ハムを支える「あの人」の門下生:村上秀明

 練習前の直立不動が、楽天戦のいつもの光景になっている。日本ハムだけでなく、楽天以外の11球団の選手もそうだろうが、ノムさんこと楽天の名将野村克也監督へのあいさつだ。野村監督がかつて指揮を執ったヤクルト、阪神の選手たちは当然だろうが、意外と日本ハムにも“野村門下生”が多い。

 14日のフルキャスト宮城でも、同じようなシーンがみられた。まずは日本ハム2年目の左腕武田勝が、野村監督が報道陣と談笑している三塁側の楽天ベンチに向かった。社会人シダックス時代の恩師の前で約5分、直立したまま会話を交わした。

 野村監督「今何しとるんや」

 武田勝「先発です」

 野村監督「うちに投げたいやろ」

 武田勝「(苦笑いで)……」

 さらに楽天の「ナベツネ」こと左腕渡辺恒に「チェンジアップを教えてやってくれ」と真顔で「臨時コーチ要請」も受けた。武田勝は「機会があったら」と交わしたが、野村監督の真剣な言葉が印象的だった。

 昨年まで楽天に在籍したグリンも、野村監督の前で「すいません、すいません」と日本語で平謝り。野村監督から「お前がいれば楽天はチャンピオンや」と直接ぼやかれたからだ。日本ハムの移籍が決まった昨年オフ、グリンが野村監督に宛てた3ページにわたる英語の「わび状」は知られているが、野村監督が本気で残念がる右腕の存在が頼もしく見えた。

 野手陣では、元ヤクルト稲葉、元阪神坪井がそろってあいさつに足を運んだ。元指揮官から「茶髪軍団」と呼ばれ、ほぼ黒髪の坪井もなぜか茶髪扱いになっていたが、プレーの褒め言葉も聞こえてきた。特に稲葉に対しては「返球がNO・1なんだよな。ノックでもほとんどストライクだったからな」と認められていた。

 考えてみると、中継ぎから先発とフル回転で投手陣を支える武田勝、すでに昨年の7勝を上回る勝ち星をマークしている助っ人右腕グリン、不動の3番でチーム最多の打点をたたき出している稲葉、いぶし銀の坪井と、“元野村ファミリー”が首位を快走するチームを支えているといえる。

 野村監督が親しみを込めながらポツリと吐き捨てるように言った「みんな裏切り者だな」のセリフが、何となく心地よく聞こえた。野村監督の野球界への多大な貢献度、偉大さを実感するとともに、これからも門下生たちの活躍に期待したい。

July 16, 2007 01:56 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (0)

2007年07月12日

大人の態度で接して欲しい:高山通史

 ほのぼのとしていた空気が一瞬にしてピリピリした。7月11日の札幌ドーム、オリックス戦。試合終盤の記者席から見ていたのは完投勝利目前の金村ではなく、スタンドだった。B・Bが激走している。顔はもちろん笑ったままだったが、動きは荒々しく「野生化」していた。記者席の後方にあるバックネット裏最上段の席を、全力疾走で駆けていたのだ。

 B・Bをアテンドしている女性スタッフが追い付かないほどのトップスピードだ。追いかけているのは、小学生と思われる男子たち。「B・B待て~」などと大声を上げている。集団で「熊狩り」をしているような光景が目の前に広がっていた。もしB・Bが転んでいたら、きっと大ケガをしていただろう。12球団のマスコットで競った短距離走の企画でトップになった俊足で逃げ切り、ことなきを得ていたが、ちょっとゾッとするシーンだった。

 きっと大人に引率されて球場を訪れた子供たちだ。その時、大人の人たちは何をしていたのだろう。今でも子供だと思うが、私もかつては「歩きタバコ」をしたこともあり、電車内で携帯電話を使用もした。だが最近になっていろいろなマナーを極力守ることがポリシー。周りに迷惑を掛ける、または掛けそうな行動を気付く限りは控えるようになった(あとで気付き、失敗したと後悔することも多いですが)。だから見方を変えれば、そんな子供たちの無邪気に見える行動に対しても、ちょっと腹が立つ。

 球場では試合以外でも、さまざまなファンサービスを提供してもらえる。だがこの時、B・Bに何かあったとしたら、もうスタンドを回るサービスをやめてしまうかもしれない。

 札幌ドームの試合前練習では限定されたファンの人たちがグラウンドレベルで見学する試みがずっと行われている。以前、その試合で先発するダルビッシュに「ダルビッシュさん、写真お願いします」と声を掛けていた40代くらいの男性ファン2人組を見たことがある。気持ちを集中しているダルビッシュは、もちろんその要求に応じることはなかった。報道陣もその日の先発投手には試合前は取材しないという、暗黙のルールがある。

 B・Bの騒動を見届け、グラウンドへ目を戻した。金村は大人の投球で9回を投げ切り、復活の白星を挙げた。大人は大人らしく、日本ハム球団、選手と「キャッチボール」をして欲しい-。移転4年目で一気に近づいた距離が離れるのではなく、もっと縮まっていくためにも…。自分のことを顧みて、ふと思った。

July 12, 2007 01:50 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (1)

2007年07月09日

価値ある“子どもたち”との交流:村上秀明

 先発は左腕新浦寿夫、口ひげをはやした屋敷要がいて、マリオ似の助っ人打者カルロス・ポンセもいた。記者が小学生のころ、初めてプロ野球を球場で観戦したときの記憶だ。旭川スタルヒン球場の外野芝生席で観戦した大洋-広島戦だったが、シーンを鮮明に覚えている部分もある。小さいころの記憶はずっと残るものだと思う。

 日本ハムは9日に札幌市内の6つの小学校に、各2選手ずつが訪問した。地域貢献を推し進める球団が選手会の協力を得て、昨年から実施しているもので、今年は2回目となった。田中幸、金子誠、金村らチームの中心選手たちも「休日返上」で、小学生との交流に参加していた。

 球団は04年の移転後、トークショー実施など地域密着の数多くの活動を行ってきたが、小学校訪問は個人的には一番見ていてほほ笑ましく、好感が持てるイベントだ。プロ選手との触れ合いに、子どもたち以上に学校関係者、集まってきた母親が興奮しているケースもあるが…。

 それはさておき、球団、学校の互いにメリットのある交流イベントだと思う。学校側は、子どもたちがプロ選手との触れ合いやメッセージから、何かを感じることが十分に見込める。夢を実現させたプロ選手にあこがれを持ち、子どもたちも夢に向かって頑張ろうという活力になるかもしれない。

 球団側も地域貢献だけでなく、いやらしい言い方をすると将来的な“先行投資”になるはずだ。触れ合った小学生たちが大人になったら、交流したチーム、選手をひいきにする確率は高いはず。学校訪問初体験となった田中幸も「逆の立場だったらずっと記憶に残ったと思う」と感慨深げに言っていた。

 日本ハムが移転してくるまで、北海道は巨人ファンが大多数を占めていたと言っても過言ではない。地方都市は全国的にそうかもしれないが、テレビをつければ巨人戦だけで、極端に言うと巨人の選手しか名前を知らない人も多かっただろう。そんな少年時代を過ごせば、自動的に巨人ファンにもなる。

 記者も初のプロ野球観戦以来、大洋、広島は気になるチームになった。小さいころの記憶は、とてつもない影響力を及ぼすと思う。選手とハイタッチ、握手をした子どもたちは一生の宝物になるだろう。将来的に日本ハムをもっと北海道に浸透させるには、こういった小学校訪問は最も有意義だと思う。シーズン中の選手たちは大変だが。

July 9, 2007 10:58 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (1)

2007年07月05日

真のスター選手が出て欲しい:高山通史

 毎年だが、今年のオールスターはいろいろな意味で楽しみだ。パ・リーグのファン投票で楽天の選手が8人も選ばれた。田中、松本、福盛、ルーキー嶋、高須、礒部、鉄平、山崎武…。一部では「組織票」とか、うがった見方をされてはいるが、立派に票を集めたのは事実だ。ただ1人、両リーグで100万票を越えた山崎武の結果は痛快だ。自分がもし投票する立場だとしても、何部門かの中で、迷わず1票を投じたのが山崎武だろう。今年の活躍は野球ファンの琴線に触れる、素晴らしいものだ。

 今年の第2戦は仙台、フルキャスト宮城で行われる。地元ファンからの熱い1票もあり、それが投票結果に結び付いていることだろう。だが仮定の話でそこに「組織票」というものの影響があった、とする(ちなみに楽天球団は否定しており、あくまで仮定の話です)。個人的には何も問題ない、と思う。ちなみにファン投票選出ゼロだった日本ハム球団内では「やっかみ」なのか、そんな声もチラホラと聞いた。だが、楽天の選手には罪はないし、それは自軍の選手に問題があるのだと、と思う。

 正真正銘のスター選手なら-。そんな「組織票」には負けないだろう。現にソフトバンクの松中、小久保、川崎、オリックス・ローズはきっちり選ばれている。野球ファンなら名前を見て、納得する選手だろう。仮に「組織票」があったとしても、楽天の選手に勝っているのだから。だからそんな議論や批判をすることが、いかに本筋を外れているか、ということだ。そんな力に負けてしまうようでは、スターでも何でもないし、そんな選手に「オールスター」の出場資格はない、と個人的には思う。成績で選ばれるのであれば、ファン投票する必要はなく、あくまで人気が指標だ。

 日本ハムからはダルビッシュが監督推薦で初出場する。田中にファン投票で敗れて2位だった。投票がスタートしてから一貫していたのは「勝つのは無理だと思っていた」、「田中君が出た方が盛り上がる」などという姿勢。今の自分の置かれた位置を見つめ、客観的に戦況を判断していた。田中が“旬”だと、しっかり認めていた。「1位になったら-」などと、終わってみれば“過信”していた選手もいた中で、好感が持てた。

 ダルビッシュも含め、日本ハムにもほかを寄せ付けないほどの人気、知名度を誇る、真のスター選手が出てきて欲しい。楽天の選手たちを好奇の目で見る時間があるなら、もっと自分の個性を、人間を、また選手としての魅力を磨いた方がいい。昨季までの新庄氏、小笠原…を含め、日本ハムには押しも押されもせぬスターがいた。今、チームは好調でニュースターが生まれやすい状況にある。スター不在とも言われるが逆に言えば、誰でも日本ハムのスターになるチャンスがあるということ。選ばれて晴れやかに会見した楽天の選手たちのように、来年は日本ハムの何人かがスポットライトを浴びて欲しい。

July 5, 2007 05:43 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年07月02日

プロならではの“技”:村上秀明

 堂々としたセオリー無視も、プロならではの技なのかもしれない。そう思わされたのが、6月26日で幕を閉じたセ・パ交流戦の広島戦だった。終わってみれば日本ハムは対広島4連勝を飾ったが、変則右腕フェルナンデスの攻略なしには、全勝はなかったと思う。

 来日1年目の広島フェルナンデスは、日本球界では非常に珍しいナックルボーラーだ。投球の6~7割で魔球と称されるナックルを駆使する投手のことで、米大リーグではレッドソックス松坂の同僚ウェイクフィールドが代表格だが、多くはいない。

 ほとんど回転しないボールが、打者の近くで不規則に変化して落ちてくる変化球で、メジャーではナックルボーラー専用捕手がいるほど捕球が難しく、投手もどこに行くか分からないというのが魔球と呼ばれるゆえんだ。当然、制球が良かった場合に打ち崩すのは一苦労で、日本ハムには徹底した指示あった。

 白井ヘッドコーチが明かしてくれた。「打者の左右は関係なく、ナックルは急に落ちてくるので落ちてくるボールの軌道に合わせて打つということ。つまりアッパースイングで外野フライを打ちましょうという指示だった」。複雑な変化球の攻略法にしては、驚くほど単純明快な答えが返ってきた。

 言葉通り、フェルナンデスが登板した2試合でセギノールの3本塁打など計5発と完全に打ち崩した。6月19日は狭い広島市民球場という理由もあるだろうが、まさに外野フライの延長線上が3本塁打になったという魔球攻略だった。自分自身の中にあった常識を逸脱したKO劇に、感心させられた。

 自分も少年野球をやっていたころ、どの指導者からもアッパースイングをよく矯正され「上からたたけ」と口酸っぱく指導されたものだ。アッパースイングは悪い例で、バットは上から力強く振り下ろすという基本的な考え方は今も昔も変わらないと思う。それだけにセオリーに縛られない、チーム統一の指示は印象深かった。

 もちろん少年野球とプロ野球は違う。大人になり技術が向上すると意図的に外野フライを打つようにもなるが、少年時代は楽しみながらも徹底的に基礎を繰り返すことが大切だと思う。良い子には、打撃フォームを崩しやすいアッパースイングは決してマネしてほしくはない。ただ、臨機応変な考え方もプロフェッショナルであることを少しでも知ってもらえたら、と思った。

July 2, 2007 02:08 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (6)